軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

137・ちょっとした悪い知らせ

ウェルテル様の復帰を祝って、今宵のデザートにはフルーツたっぷりの大型デコレーションケーキをご用意した。

苺をメインにしつつ、キウイ、パイン、ブルーベリー、ラズベリー、桃、洋梨、オレンジ、メロンなどを、たっぷりの生クリームの上にふんだんに盛り付けた豪華仕様である。

形状は丸ではなくて角型。

中心部を空ければメッセージなども書ける仕様なのだが、コピーキャットで先輩のケーキを再現しているだけなので、そこまで細かな対応はできない。

その代わりフルーツてんこ盛りであり、どこを切っても美味しく召し上がれる。

濃厚な甘みの生クリームと柔らかなスポンジ、新鮮なフルーツとの組み合わせは、王道にして一つの到達点。

見た目にもわかりやすい迫力があるし、こう「わくわく感」を刺激してくれるという意味で、とても思い出に残りやすい。実にイベント向きのケーキなのだ。

今日はウェルテル様のお祝いであり、こういう夜にはやはり特別なケーキをご提供したい。

というわけで、使用人の皆様にも食べていただけるだけの量をご用意。

ウェルテル様も、クラリス様そっくりのキラキラ笑顔を見せてくださった。母娘だなー……

そんな感じで、今夏は慶事が重なったリーデルハイン領であるが――

……良いことの後には、だいたい悪いことも起きる。

みんなでケーキを食べ終え、クロード様を士官学校まで配送した後。

今夜はさすがに、クラリス様もウェルテル様と二人でご就寝となり、俺はリルフィ様のお部屋で日課であるブラッシングをしていただいていた。

「にゃーん……にゃあああん……うにゃああーーーー……」

身をよじりながら荒ぶるルークさん。

ブラッシングの気持ちよさにくわえ、マタタビ的な香料を噴霧した猫用ミニクッションを抱っこしているのだが、これがまぁキく。酔っ払ったような陶酔感に、体がついつい動いてしまうのだ。

アルコール性のものではないので、思考は割とはっきりしているし、気持ち悪くなったりもしないのだが、寝っ転がったままでぐねぐねと踊りだしてしまう感じ。

マタタビ的な香料、とは言ったが、おそらくマタタビではない。

猫をデレさせる香水として王都で流通しているものを、アイシャさんが買ってきてくれたのだが、こちらの世界の植物からの抽出物に魔法的な処理を加えたモノらしく、成分の詳細は不明である。匂いそのものはバニラのようにちょっと甘く、有効成分が脳に染みるよーな感覚だ。にゃぁーーーーーん。

「ふふっ……ルークさん、楽しそうですね……?」

ぐでんぐでんに 酩酊(めいてい) する俺をブラッシングするリルフィ様のほうも、なんだか楽しげである。

「にゃああー……も、申し訳ありません……猫の身には少々、刺激が……うにゃああああ……」

いかん。たまらぬ。これが噂に聞く快楽堕ちというヤツか……

すっかり猫化してにゃーにゃー鳴いていると、不意に階下で玄関のドアノッカーが鳴らされた。

その音で俺は我に返る。

ここはリルフィ様の住む離れだが、リーデルハイン邸の敷地内であり、外から気楽に来客が入ってくるような場所ではない。既に夜も遅い。

「んにゃ……? ライゼー様ですかね……?」

「ルークさんに御用かもしれませんね……こんな夜遅くに珍しいですが……」

俺はとてとてと階下へ降りる。寝る時のリルフィ様はかなりの薄着であるため、何か着ないとさすがに人前には出られない。俺は猫なのでノーカウント。

……いいの? 後で神罰とかくだらない?

先に玄関へ辿り着いた俺は、ドアの向こうに声をかける。

「どちらさまですか?」

「ルーク殿か? 良かった、まだ起きていたか。私だ」

……知っている声ではある。

ただしリーデルハイン家の人ではない。名乗らないのも、向こうなりに「人違い」を警戒して気を使った結果だろうと察せられる。

「えっ……オズワルド様ですか? どうしたんです、こんな夜中に」

問いながら、俺はさっさと扉を開けた。

そこにはちょっと酷薄そうな顔をした親戚のおじさん……もとい、軍服姿のイケメン青年。

純血の魔族、オズワルド・シ・バルジオ氏である!

王都では一時的に対立したが、その後はむしろこちらがお世話になった。危険人物なのは間違いないし、ちょっと人命を軽視しがちなところもあるが、親しくなってみれば見た目よりも気のいいおっちゃんである。猫にも優しい。

「夜遅くにすまないな、ルーク殿。明日の朝でも良いかとは思ったんだが、昼間はどうせ忙しかろうと――実はついさっき、 正弦教団(うち) の諜報員から厄介な情報が上がってきた。取り急ぎ、そちらの耳に入れておこうと思ってね」

オズワルド氏は、苦笑とため息まじりに俺を抱え上げた。

「……『レッドワンド将国』で、とうとう内乱が起きたぞ。おそらくネルク王国にも混乱が飛び火する。ネルク王国側が負けることはないだろうが、ほうっておくと相当な被害が出るはずだ」

「えっ……」

――「そろそろかな」と、それなりに覚悟していた事態ではあったのだが、「侵攻」の前に「内乱」という単語が出てくるあたり、だいぶこじれていそうである……

そもそも「内乱」なのにどうしてこっちに飛び火するの……? それは普通に侵攻では……?

「く、詳しいお話をうかがいます……! 猫魔法、キャットシェルター!」

浴衣を着たリルフィ様も階上から降りてきて、我々は猫カフェへと移動した。ライゼー様はきっともうお休みであろう。ピタちゃんもクラリス様の護衛として、母屋のほうでもう寝ている。

そしてオズワルド氏から聞かされた最新情報は、いたいけな猫が頭を抱えたくなる程度には混沌として――案の定、ちょっと看過できぬ内容であった……

§

その日の朝。

ネルク王国の国王、リオレット・ネルク・トラッドは、愛する婚約者の膝を枕に、ソファでのんびりと迷宮の報告書を読んでいた。

この体勢は彼からの要望ではない。

仕事はきちんと机でしたい真面目な性分なのだが、婚約者のアーデリアが「先日読んだ恋物語の真似をしたい」と言い出し、半強制的にこの姿勢へ持ち込まれた。

とうのアーデリアは、膝にリオレットの頭を乗せたままで安らかな寝息を立てており、これ幸いとリオレットは報告書の文面に集中する。

(ルーク様が発見した迷宮……琥珀が産出されるというのは素晴らしいが……)

ボロ儲けを企む冒険者が殺到しそうな情報であり、治安が心配になる。

僻地のリーデルハイン領では、ライゼー子爵の私兵であるリーデルハイン騎士団と、小さな町を守る少数の衛兵くらいしか戦力がない。

――いや、人類を滅ぼせるレベルの過大な戦力が一匹いるものの、その爪を煩わせる事態は避けねばならない。亜神の不興を買うなど言語道断である。

つい先日も、その亜神様はふらりと王宮に顔を出し、迷宮周辺の整備や有翼人の入植許可を求めた上で、神々の菓子をご馳走してくれた。

なんでも転移魔法を使えるようになったとかで、庭先に来る猫のような気安さで、「今後はちょくちょく遊びに来ます!」とも言っていた。

アーデリアなどはもちろん大喜びだったし、リオレットとしても楽しいひとときではあったのだが――亜神ルークの「遵法精神」というか「根回し」というか、「人間ごときに対する過剰な気遣い」には、改めて驚いたものである。彼はそこらの貴族や商人以上に、「法」というものに重きを置いている様子だった。

能力は別次元のものとして、ルークの考え方と動き方は、亜神やペットというより、むしろ「優秀な官僚」のそれに近い。もしも人間だったなら部下にスカウトしたいほどだった。

もちろんこんな失礼なことを本猫に対して言えるわけもないが、彼はおそらく、神々の世界でも有能な官吏、もしくは商人だったのだろう。彼の言動や品位は一朝一夕で身につくものではない。

……この点、リオレットはちょっとした勘違いをしている。

ルークの品位の大半は「猫としての容姿」の印象からくるもので、有り体に言ってしまえば、「すべての猫はそもそも賢そうに見える」という事情に拠る。

賢そうな猫が丁寧な言葉を喋っている時点で、「かしこい」という印象にならざるを得ないのだ。

またルークの才覚の基礎には、猫魔法に加え『じんぶつずかん』もある。

ここから得られる情報の量と精度は凄まじく、ルークはこれを活用することで状況に応じた最善手を模索しているのだが、リオレット達はこの事実を知らない。

だからルークの立ち回りすべてを、「その類まれなる智謀ゆえ」だと誤解している。

頭の上で、アーデリアがびくんと跳ねた。

「んがっ……んあ? ……む……寝ていたか……」

「おはよう、アーデリア。膝枕の知見はどうだい?」

リオレットが声をかけると、アーデリアは可愛らしく眼をこすりながら、あくびで応じた。

「うむ……猫を抱いておる夢を見た。脚は少々疲れたが、この重みは心地良い。あと……思っていたより、地味な感覚というか……やはりドレスの布越しでは、リオレットの髪の質感などが伝わらぬ。素肌のほうが良かったな」

「君の言うことはだいたいいつも正しいけれど、その感想は淑女としてどうかと思う」

軽く噴き出しながら、リオレットは読んでいた報告書を置き、半身を起こした。

アーデリアもソファから立ち上がり、大きく伸びをする。

「んーーーー……うむ。よく寝た。リオレットの感想も聞かせてもらおうか。わらわの膝枕はどうであった?」

「おかげさまでリラックスできたよ。世の恋人達はこういうことをするんだな、と、勉強にもなった。ただ、まぁ……頭を預けるだけ、というのは少し物足りない。普通に両腕で君を抱き締めるほうが好きかな」

「わかる。わらわも退屈すぎてつい寝てしまった」

アーデリアもくすくすと笑う。

はたから見れば少々テンポのずれたやり取りかもしれないが、二人にはこれがしっくりと来る。

そんな様子を、執務机からじっとりと冷たく眺める視線があった。

「……仲がよろしいのはたいへん結構ですが、姉上は陛下の執務を邪魔しないでください。陛下も、姉上を甘やかしすぎです」

アーデリアの弟にして、今はリオレットの秘書のような役目に落ち着いてしまったウィルヘルムが、頭痛をこらえこめかみを押さえていた。

少々、申し訳なくも思いつつ、リオレットは苦笑いを返す。

「今の私にはアーデリアだけが癒やしだ。見逃して欲しい」

「……とのことだぞ、ウィル? だいたい迷宮なんぞ、いまさら珍しいものでもあるまい。そんなもののためにわらわのリオレットを働かせるなど、 業腹(ごうはら) な話よ」

口ではそう言いつつも、腹を立てている声ではない。むしろデレデレと緩みきっている。

ウィルヘルムがすべてを諦めたように眼を伏せた。

「傾国の悪女などと言われたくなかったら、そうした発言は控えてください。それより陛下、ルーク様からの報告書は読み終わりましたか」

「ああ。素晴らしく良くまとまっている――これ、ルーク様の直筆だよね……? 猫なのに、字もお書きになられるのか……」

「ルーシャン様が、ルーク様のために、猫でも握りやすい特殊な筆記用具を開発したそうです。他にも天板を斜めにできる猫用の机や、紙を押さえるホルダーなども……すべて猫用のサイズに合わせたオーダーメイドで、ルーク様もたいへん喜んでいました」

「……そういえば、お師匠様の本職はペット用品の開発だったっけ。宮廷魔導師は趣味でやっているんだった」

皮肉混じりの冗談を飛ばすと、アーデリアがけらけらと笑い出した。

「それこそが、あのご老人の賢者たる 所以(ゆえん) だ。片手間に公務をそつなくこなしつつ、自身の裁量でやるべきことは 確(しか) と見定めて全力で実行する――あの器用で真摯な生き方は、わらわも見習うべきかもしれん」

ウィルヘルムが驚いたように目を見開いた。

「姉上が、人生訓に思慮を巡らせるなんて……本物ですか? 別人がすり替わっていたりしませんか?」

この失礼な物言いに怒るでもなく、アーデリアはふふんとせせら笑った。

「わらわとていつまでも小娘ではない。いまや人妻ぞ?」

「実質的には間違っていないけど、それを明言するのは結婚式の後にしないか?」

少々気が早い恋人には冗談半分の苦言を呈したが、リオレット自身も「夫」としての自覚を早めに持つべきだとは考えている。

ただ「魔族への入婿」となると、文化・風習・価値観の違いも大きいはずで、自覚の前にまずは学習が必要だった。

この地に滞在してくれているウィルヘルムの本来の仕事も、「将来の義兄に、魔族の常識を教えるための家庭教師」である。

今はリオレットが即位直後で多忙なために、流されて秘書のような役割をこなしてくれているが――状況が落ち着けば、彼から学ばねばならないことがたくさんあるはずだった。

――残念ながら、アーデリアから学ぶのは少々厳しい。彼女は感覚派の天才であって、常識的な知識を溜め込むタイプではない。

恋人の膝から執務机に戻った国王は、ダンジョンに関して面倒な貴族からの横槍を避けるための、事前調整を検討し始める。

発見を公表する時期、その内容、予想される影響――

草案はトリウ伯爵がまとめてくれたが、ここには「亜神ルーク」の思惑がまだ反映されていない。

ルークの名を出さぬままに、国王の権限でこれを潜り込ませ、修正する必要がある。こればかりは余人に頼れないし、だからこそ、ルークもリオレットを気にかけてくれている。

今回、新規ダンジョンが見つかったのが、軍閥に属するリーデルハイン子爵家の隣接地だという点も問題をややこしくしている。

一つ目のダンジョンである『古楽の迷宮』も、軍閥を率いるクラッツ侯爵家の管理下にあり、つまり国内にある二つの迷宮両方が軍閥の利権となる。

他派閥にとってはおもしろくない事態であり、よからぬ策謀を巡らす輩も出てきそうだった。

対策として――発表にあわせて、他派閥に配慮した飴も別個に用意する必要がある。

また、新規のダンジョンには宮廷魔導師ルーシャンも並々ならぬ興味を示しており、こちらの利権に魔導閥を絡ませることで、他派閥からの嫉妬をやわらげるという策もある。

案がまとまったら亜神ルークに内容を確認してもらい、決裁はその後になるが、転移魔法を使えるウィルヘルムやアーデリアがいてくれて本当に助かった。おかげでルークの意向も確認しやすいし、時には意見交換をしながら詳細を詰められる。

――決裁と外交、要人との会合が国王の主な仕事であり、こうした案件で事務方の細部にまで王が関わる例は珍しいのだが、その表向きの理由が『貴族間の 軋轢(あつれき) を軽減するため』とあって、官僚達も概ね好意的である。

また、ルークからの提案の多くが国益に合致するものでもあり、その関与を知らぬ一部の官僚からは、「リオレット陛下は前陛下と違い、経済に明るい」などと評価されているのだが、これは手柄を横取りしているようで少々心苦しかった。

いずれにせよ、このところのリオレットは、多忙ではあるが充実した平和な日々を送っている。

……はずだった。

この瞬間までは、確かにそうだったのだ。

机の脇で、不意に猫の鳴き声がした。

「ニャーン」

作業着を着た黒猫が、床面からひょいっと飛び上がって着地する。

その肉球には一通の封筒が握られていた。

「ん? ルーク様のお仲間か」

封筒を受け取って、差し出された伝票に軽く指を押し付ける。それだけで指紋の跡がとれるらしい。

黒猫は帽子を正して一礼し、ジャンプとともに床へと沈んで消えた。

配達したのはルークの魔法だが、手紙の差出人はルークではなく、ライゼー子爵である。

受け取った手紙を開封し、読み進めるうちに――

リオレットの眼には、険しさが宿っていく。

「どうした、リオレット。よもや悪い知らせか?」

「まぁ、そうだね……レッドワンドで内乱が起きたらしい。あわせて、国境付近で侵攻が始まりそうだ」

ウィルヘルムが眉をひそめた。

「内乱と侵攻……? 内乱が起きたのなら、もはや侵攻どころではないでしょう。二正面作戦をとれるほど余裕のある国とは思えませんが」

リオレットは、届いた書状をウィルヘルムに回した。

読んでいくうちに、やはりウィルヘルムの表情もリオレットと同質のものへ変化していく。

「……レッドワンドの一部地域で 旱魃(かんばつ) が発生……冬までに食料を略奪するべく、ネルク王国側の耕作地へ侵攻する動き……一部の貴族は、これを兵士の口減らしとしても推進……これは……え? なんでこうなるんです……?」

「あの国は、そもそも内部がガタガタなんだ。国王も世襲制じゃなくて、有力貴族の中から『魔法を使える者』が優先的に選ばれる。この仕組みのせいで王権が安定せず、貴族間での暗殺や暗闘が頻発し、各貴族の対立構造と利権が複雑に絡み合っている。そんな状況下で旱魃などの災害が起きると、国内で食料の争奪戦になり、食い詰めた士官や左遷された官僚なんかが反乱を起こして、この機に乗じて王を倒そうとするわけだ。今回はどっちの勢力も『食料』が不足しているから――ネルク王国の穀倉地帯に進軍し、兵糧を強奪しながら、内乱に勤しむつもりだろう」

「……め、迷惑すぎる……」

ウィルヘルムが唖然として頬をひきつらせた。

魔族からすれば人類の愚かさなど今更の話だろうが、レッドワンドの侵攻は確かに迷惑極まりない。

防戦しなければ略奪され放題だし、追撃すると 険阻(けんそ) な山奥に退かれ、無理に進むと敵地でこちらの戦力を大きく削られる。

戦勝までいけば賠償金をとれるかといえばそれも怪しいところで、元々が不安定な土地だけに、現王を倒すと別の地方から次の王がすぐに出てくる。なまじ土地が広いだけに、支配するのも容易でない。

そもそも追撃によってネルク王国の兵が損耗すれば、レッドワンド以外の周辺国までもが「好機」と見てこちらの領土を削りに来る。豊かな穀倉地帯は誰だって欲しい。

国家間の信頼関係などは所詮、軍事力を背景にした 牽制(けんせい) によって担保されたものだった。

「ルーク様は調査のため、現地へ向かうそうだ。亜神の身であれば、危険などは何もないだろうが……」

「……レッドワンドも災難ですね。知らずに亜神の尾を踏みつつあるとは――」

ウィルヘルムの感想にはリオレットも同意しかない。が、アーデリアは不思議そうに首を傾げた。

「敵を焼き払うならわらわも手伝うが……ルーク様はおそらく、そういう解決手段をとる気はないのだろう? 何をしに現地まで行かれたのだ?」

「この手紙には書かれていないね。何をするかも含めて、これからの調査結果次第ということだろう。軍を動かすには時間がかかるから、早い段階でこちらに知らせてくれたのはありがたい」

さすがに、現時点で敵の侵攻を諸侯へ周知するのはまずい。 狼煙(のろし) すら上がっていないのに、「どうやって知ったのか」という話になる。

まずは侵攻のことなど知らぬふりをして、「平時の警戒行動」として軍を国境付近へ動かしておく――それが実際に到着する頃には、もう戦端が開いているかもしれない。

そこまで考えておいて――リオレットは、眉間を押さえてしまう。

――戦端、開くだろうか?

いざ軍が現地に着いてみたら、大量の猫達がそこら中でにゃーにゃー鳴いているだけだったりしないだろうか……?

正直なところ、 あの(・・) ルークが乗り出しておいて、状況が悪化する未来が思い浮かばない。必ず何か、尋常ならざる解決策によって、本来起きるはずだった不幸を軽々とひっくり返してしまいそうな気がする。

「……ウィル、一応、手伝いというか、連絡役として……しばらくの間、ルーク様に付き従ってくれないか? いざという時、ルーク様の存在が発覚しないよう諸侯にごまかすためにも、正確な報告が欲しい」

「……そうですね、わかりました。すぐに向かいます」

おそらくリオレットと同じことを考えたウィルヘルムは、即座に転移魔法を使ってリーデルハイン領へと移動した。

ルークは既に留守かもしれないが、ライゼー子爵には会えるだろうし、どうせ夜になればルークも転移魔法で屋敷に戻ってくる。隣国への移動など、今の彼にとっては猫のご近所散歩と大差ない。

弟が出かけた後で、アーデリアがリオレットに背後からもたれかかり、その耳元でくすくすと笑った。

「ウィルには頼るのに、私への指示は何もないのか?」

「君にはそばにいて欲しい。慣れない書類仕事をこんなに真面目にこなしているんだから、せめてそれくらいの役得は許して欲しいな」

「ふふっ……ならばせいぜい、近くにいるとしよう」

この場にウィルヘルムがいたらまた冷めた視線を注がれるだろうが、今はいない。

弟の不在を良いことに、アーデリアはまるで猫のように恋人をからかい始める。

そのじゃれつきに翻弄されながらも、リオレットは淡々と、軍を動かすための思案を進めていった。