作品タイトル不明
107・風精霊さんとの再会
博物館風の建物の廊下を抜け、来た時と同じ惑星儀の前から、我々は『古楽の迷宮』へと戻った。
ただし、降り立ったその先は試練の間ではなく、本日の目的地――『精霊の祭壇』である。
そこは怖いダンジョンの中とは思えぬ、実に風光明媚な空間であった。
目の前には運動場ほどの広さの、澄み渡った地底湖。
底は浅めで、透明度も高く白い砂地がはっきりと見えている。
お約束の巨大水生生物とかはたぶんいない。でかいカワウソなら隣にいるけど。
その湖の中央にある祭壇に向かって、白い石造りの 瀟洒(しょうしゃ) な橋が架かっており、まるでリゾート地のようである。
この地底湖と祭壇を明るく照らすのは、点在する石柱に設置された白い光球。
どうやら魔力で光る鉱石のようだ。
ドーム状の高い天井にも、同じ鉱石が細かく散りばめられているようで、見上げればまるで満天の星々である。
その光を反射する湖面も実に幻想的で、まさに別世界。
なんて、ろまんてぃっくな光景……
これはもはや世界遺産レベル……
リルフィ様のお胸に抱かれたまま、うっとりと地底湖を眺めるルークさん。
皆様もこの景色に見惚れている。
ヨルダ様は感心したように目を細め。
前にも来たことがありそうなアイシャさんはどこか懐かしげに。
サーシャさん、マリーシアさんは呆然と。
そしてクラリス様とロレンス様は二人並んで、嬉々として目を輝かせ。
一方、自然体で無反応なのはウィル君とピタちゃんである。
ピタちゃんはウサギ状態なので表情が読めないだけだが、ウィル君は風精霊さんの祝福持ちだし、こことは違うダンジョンへの挑戦経験があるそうで、割と慣れた景色なのだろう。『精霊の祭壇』は、ほとんどの迷宮で同じ仕様らしい。
あとカブソンさんも通常モードだが、彼にとってはいつもの職場なのでこれは当然である。
俺を抱っこしたリルフィ様は、景色には圧倒されて見惚れつつも、少し緊張されている様子だった。背中に伝わる心音もちょっとだけ速い。
みんなで祭壇に続く石橋を渡り始めながら、俺は努めて快活に、陽気な声をあげる。
「リルフィ様、きれいなところですね! まるで書物に出てくる精霊の祭壇のようです!」
「あっ……はい……」
「……うん。その『精霊の祭壇』だよ?」
ルークさんの巧妙なボケに、クラリス様はちゃんと突っ込んでくださった。やさしい。
リルフィ様もくすりと笑って、猫を抱え直す。にゃーん。
「ルークさん……そうですよね。私も、『精霊の祭壇』なんて書物で読むばかりの場所で、一生、縁がないものと思っていました……私程度の魔力では、精霊様の姿や声に触れることはできないとわきまえていますが……それでも、こうしてこんな光景を見られて……」
『あれー? 猫さん?』
割と近くで、聞き覚えのある優しい声がした。
俺は目を見開くと同時に、思わず歓声をあげる。
「風の精霊さん!?」
我々の前をふよふよと飛んでいるのは、あの懐かしい面影……!
行く宛もない一匹の野良猫を、山中で保護し導いてくれた我が恩人である!
「精霊さん! ご無沙汰しています!」
精霊さんもにっこりと笑顔。
『あー、やっぱり猫さんだ。えーと、えーと……名前、「猫の怪盗」だったっけ?』
「ネゴロ・カイトですね。しかし今は『ルーク』という名を賜り、リーデルハイン子爵家でペットとして飼われております!」
『そうそう、カイトだっけ。へー、今はルークって名前なの? うん、そっちのほうがいいわね』
……精霊さんのボケが日本語基準なのだが、言語は違うはず……どういうこと? 単語レベルでの偶然の一致? あともしかして、野菜泥棒したところ実は見られてた?
ともあれ、まずはお礼が第一!
「精霊さん、改めて、先日はありがとうございました! 精霊さんのおかげで無事に山を降り、その先でこうして優しい飼い主にも巡り合い、現在は悠々自適の充実した日々を送っております」
『あー、うん。なんとなく元気そーだなー、ってぐらいは把握してたのよ? 特に用もなかったから、遠くからたまに見てただけだけど』
えー……だったら声ぐらいかけてくださっても……
……いや、上位精霊というのは、たぶん「そういうもの」なのだろう。お別れの時にも「ここから先は人の領域だから、かったるい」みたいなことを仰っていたし、たぶん人の多い環境が苦手なのだ。
たとえば顕現するだけで余計な力を使うとか、その後の休息期間が長くなってしまうとか……
あるいは「望遠鏡を覗く」みたいな感じで遠くから見るだけなら簡単でも、近くで会話するには、周囲の環境とかその他の条件とかいろいろあるのかもしれない。
精霊の祭壇がダンジョンのこんな奥深くに設置されているのも、そうした猫にはわからぬ事情によるものか?
『で、今日はどうしたの? なんかいっぱい連れてきたわねー。あ、ウィルもひさしぶりー。迷子の妹さん、猫さんが見つけてくれてよかったね!』
「はい。その節はありがとうございました」
ウィル君はその場に片膝をつき、深々と一礼。絵になるぅ。
そういえば、俺とウィル君を引き合わせてくれたのも風の精霊さんであった。
迷子の妹さん捜索を引き受けたのがその縁だったわけだが……あの時、精霊さんは、『喋る猫さんが近くにいるから、頼めば他の動物にも心当たりを聞いてくれるかもよ?』くらいのアドバイスをウィル君にしていたらしい。
そしてウィル君は、ストーンキャットさんの魔力に反応して俺と接触――あとは皆様ご存知の通りである。
それはそれとして、早速、我が主達を精霊さんに紹介せねばなるまい。しかし、「上位精霊は強い魔力のある人にしか見えない」という話だったから、クラリス様達には見え……
……あれ?
「……精霊……風の精霊様……?」
「……わ、私にも見えています……っ! クラリス様にも……?」
「いや、上位精霊ってのは、魔力が強くないと見えないんだろ……? なんで俺にも見えてるんだ……?」
「あの……私にも見えるのですが……」
クラリス様とリルフィ様だけでなく、なんとヨルダ様、サーシャさんまで!?
ついでにロレンス様まで、目を丸くしている。
唯一、視線が定まらないのは護衛のマリーシアさん。
「私には何も見えないのですが……ロレンス様にも見えているのですか?」
「う、うん……見えている……どうして……?」
アイシャさんが「あー」と額を押さえた。
「……ルーク様、わかっちゃいました。まず、私やウィルヘルム様はもちろん『祝福』の称号持ちですから、精霊が見えて当然なんですけれど……あとリルフィ様も優秀な魔導師なので不思議ではないんですが、他の皆様に関しては、たぶんルーク様から得た称号が影響しています。亜神の飼い主、亜神の加護、亜神の信頼――どういう効果があるのかは知りませんが、恩恵が何もないってことはないでしょう。まだ付き合いの浅いマリーシアさんだけは称号を得ていないから見えないってことで、そこは今後に期待です」
まじか。
そういえばロレンス様にも、なんだかんだでいつの間にか『亜神の加護』がついていた。魔力鑑定なんてそうそう頻繁にやるものではないから、たぶん御本人は気づいていないのだが、俺は『じんぶつずかん』で把握できる。
俺はマリーシアさんに向き直った。
「なんかすみません……! 別にマリーシアさんに他意があるとかではなくて、どういう状況になると称号が付与されるのか、私にも全然わからないのです」
「いえ、いえ。そこはお気遣いなく――! 私だけ見えないというのは確かに残念ですが、称号なんて本来、完全に雲の上の話ですから。それに、ロレンス様に精霊様が見えていることがたいへん嬉しいです。ロレンス様は昔から、精霊関係の書物を楽しそうに読まれていましたから」
護衛とゆーより完全に「弟を見守るお姉さん」の顔であるが、交流が深まればいずれ、この人にもなんか称号がつきそうな気はする……
ロレンス様も呆然としたまま。
「称号……私に、称号が……? ルーク様のご加護ということですか?」
「そ、そうですね……初の称号が私などで申し訳……」
「い、いえっ! たいへん光栄です!」
ロレンスさまキラキラしてる……えぇ……いい子……(キュン)
素性の怪しい猫から一方的に押し付けられた称号など、そこらにポイポイしたくなってもおかしくないはずだが、許してもらえたならむしろこちらこそ光栄である……
あと自分でも「ちょっと安易に称号をバラまきすぎでは?」という懸念はあるのだが、付与条件とか効果とかすべてが謎のままなので、割とどーしようもない。そもそも自粛しようと思ってできるものではなさそう。
ついでに、「魔力が弱くても上位精霊が見えるようになる」というのは、もしかしたらけっこーヤバい性能なのではなかろうか。
クラリス様もロレンス様もびっくりしたままだし、リルフィ様にいたっては精霊様を直に見た衝撃で小刻みに震えていらっしゃる。抱っこされた猫さんまで振動に巻き込まれているわけだが、ちょっと落ち着いて?
「では、精霊さん、とりあえずご紹介しますね! こちらが私を拾ってくださった飼い主のクラリス様、その従姉妹で魔導師で私の師匠のリルフィ様です! で、あちらが騎士団長のヨルダ様、メイドのサーシャさん。こちらのウサギさんは私の従者で、トラムケルナ大森林のクラウンラビット、ピタゴラスちゃんです。さらにネルク王国の王弟、ロレンス様と護衛のマリーシアさん。ウィルヘルム様は以前からのお知り合いで……あとは、アイシャさんのこともご存知ですよね?」
アイシャさんもまた、この祭壇で別系統の精霊さんから祝福を受けた身である。顔見知りであっても不思議はない。
精霊さんはやや苦笑い。
『あー。うん。 水(みず) ちゃんのお気に入りね。あの子はほんと、見た目良くて中身のヤバそーな子が好きだから……』
『わぁーー。アイシャちゃんだぁーー』
間延びした、あまり抑揚のないとぼけたような声が聞こえた。
アイシャさんの頭のそばに、青みがかった半透明の、にこにこと笑顔の絶えない精霊さんが現れる。
風精霊さんは優しいお姉さんタイプであったが、こちらの水精霊さんは見るからに天然ほわほわ系。
発声こそ子供っぽいものの、見た目年齢は風精霊さんと同じくらいで、もし人間ならば二十歳そこそこといったところか。
そんな容姿で「子供っぽい声」というのは、なんとゆーか、ちょっと……ヤバそーな気配がする。
……いや、他意はない。他意はないし完全に偏見なのだが、ほんのちょっぴり地雷っぽいとゆーか……なんとゆーか、言動がわざとらしい。本能的な恐怖を感じる。
アイシャさんはそつのない笑顔。
「あ、水精霊様。どーもご無沙汰してますー」
『はぁーい。アイシャちゃん、元気そうでよかったぁ。背は伸びてるけど、あんまり老けてないねぇ?』
「まだそんなに年月経ってないですからねぇ。水精霊様は相変わらずピチピチで羨ましいですー」
『あははー。アイシャちゃんおもしろーい』
ぱちぱちと手を叩く水精霊さん。音はしない。
……おもしろい要素は特になかったと思うのだが、水精霊さんの感覚は謎である。
あと声があんまり笑ってないので、なんだかすごく表面的でそらぞらしい……風精霊さんとは全然違うタイプの子なのは間違いない。
浮世離れした雰囲気はちゃんとあるのだが……これはもしや、ほわほわ笑顔の腹黒系女子……?
……いやいやいや、まさかそんなまさか!
この方はこの世界の根幹にも関わる、上位の精霊様である!
きっと優しさが限界突破してるだけで――
『で、こっちが 風(かぜ) ちゃんの言ってた猫さんかぁー。わあー。でぶー』
……あ?
ちょーどいい肉付きですけど? ほぼほぼ誤差の範囲で適正体重ですけど? 太って見えるのは毛並みのせいですけど?(※短毛種)
「あー……水精霊様、正直すぎて空気とか読めないんで……ルーク様、テキトーに流してくださいね」
『ルーク、ごめんねー? 空気読むのは私のお仕事で、水ちゃんは受け流すのがお仕事、みたいなとこあるから』
アイシャさんと風精霊さんからそんなフォローが入ったが、まぁ、お年頃の女子ではあるまいし、体重などさして気にしてはいない。健康であればそれで良……
『わあ、おなかのお肉、ぶよぶよー』
たすけてっ! この子容赦ないのっ!
俺の腹に体を埋めて頬ずりする水精霊さん。俺を抱っこしたリルフィ様はあたふたしておられるが、精霊様に触れるのは恐れ多いようで、ただただ戸惑い気味である。
そうこうしているうちに、追加でさらに二人の精霊さんが。赤いのと茶色いの。
『あっ! この猫さん知ってます! うちのアーデリアちゃんに勝った子です!』
『アーちゃん猫に負けたん? まじウケる。てか、ルーシャン来てねぇの? あのじーちゃんもう死んだ?』
快活でまっすぐな眼をした火精霊さんは、体育会系熱血真面目後輩女子――
もう一方の地精霊さんは、褐色肌でやや筋肉質なアマゾネス風黒ギャル――
といった趣きである。
ついでに、風精霊さんは薄布をまとったよーな神秘的なお姿なのだが、水精霊さんは水色のロングドレス、火精霊さんは踊り子みたいな腰布スタイル、地精霊さんにいたっては金属系のビキニアーマー。
もちろん実体ではないので、あくまで見た目だけの話ではあるが……属性ごとの個性は出ているものの、やはりどこかゲーム的とゆーか、前世のファンタジー概念が影響してそうなお姿だ。
そして俺は火精霊さんに詰め寄られる。
『どうやってうちのアーデリアちゃんに勝ったんですか!? 風ちゃんは何も手助けしてないって言ってました! ただの猫さんじゃぜったい勝てないと思います!』
声でけぇな? どストレートだな? これはおそらく直球しか投げられないタイプの問題児である。こっちもアホなままで対応できるから割とすき。
「猫魔法とゆー、強力な猫さんがたくさん出てくる魔法がありまして……数にまかせてフルボッコでした。すみません……」
なんか申し訳なくなって、俺は軽く頭を下げる。少なくとも、一対一で正々堂々! という感じではなかった。
火精霊さんがバタバタと腕を振る。
『アーデリアちゃんは、多少の数ならものともしません! 強力な猫さんって何匹ですか!? 十匹? 二十匹?』
「……えっと……概算ですけど、まともに戦ったのが三千匹くらいで……全体では、一万匹か二万匹くらいですかね……?」
確かあの時は、ハチワレ砲術隊、白猫聖騎士隊、ブチ猫航空隊でほぼ完封できてしまった。
街を守るために結界を張った黒猫魔導部隊も活躍してくれたが、同時に召喚したサバトラ抜刀隊、茶トラ戦車隊、三毛猫衛生部隊は出番がなく、結果だけを見れば戦力としてやや過剰であったかもしれない。
火精霊さんが真顔で首を傾げた。
『……いちまんびき、にまんびきって、つまり何匹ですか?』
「…………一万匹か二万匹ですねぇ」
さんすうが苦手なタイプかな……? 一、十、百、それより上は「たくさん」みたいな……
戸惑う火精霊さんを横目に、地精霊さんはピタちゃんの頭上であぐらをかいていた。
『ウサちゃん、なんか見覚えあんだけど。もしかしてあーしの 眷属(けんぞく) ?』
「ぴたごらすはルークさまのじゅうしゃです。そふとくりーむにつられてちゅうせいをちかいました」
ピタちゃんは平常運転であるが……そういえばピタちゃんは風属性と地属性の適性持ちであった。
地精霊さんは、ピタちゃんの頭をわしゃわしゃと撫でまわす。
『あんたもしかして……大森林のクラウンラビットじゃね? ツノねーけど』
「そうです。ツノはしまえるよーになりました。精霊さまはぴたごらすをしってる?」
『…………うあーー。やっぱりか……ま、ウサギだもんねぇ……そりゃ退屈な監視とか無理だよねぇ……知ってたわ、うん。めんどいことさせちゃってごめんねー?』
地精霊さんは苦笑い。
ピタちゃんとはなにやら関係がありそうだが……今はこちらから媚びを売るのを優先すべきであろう。
彼女を味方につけられれば、トマト様の豊作は約束されたも同然ッ……! ……って、アイシャさんが言ってた。
……でもその前に、まずは目の前で興奮している火精霊さんと、腹毛に埋もれてご満悦な水精霊さんをどうにかせねばなるまい……
「あのー……私はアーデリア様に勝ったわけではなくて、街を破壊しないように止めただけでして……アーデリア様とは普通に仲良くさせていただいてますし、むしろアーデリア様と彼氏の仲を取り持った功労者であると自負しているのですが……?」
『ホントだ!? そういえばアーデリアちゃん、負けたのに超ゴキゲンでした! あんなカワイイのアーデリアちゃんじゃない! ……いえ、むしろすごくアーデリアちゃんらしいかも……あの子、めっちゃ忘れっぽいんですよね……?』
……精霊さんからそんな感想をもたれるって相当では……?
まぁ、この火精霊さんもかなりチョロそうではある。アーデリア様とは確かに相性良さそう……(※他意はない)
そして俺は、風精霊さんとの感動の再会を経て、他の上位精霊の皆様にもご挨拶させていただく機会を得たのだった。
……………………上位とは?(哲学)