軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

104・猫とかわうそ

カワウソさんが落ち着くのを待って、俺はとりあえず先に謝罪をした。

「すみません、ルーレットを回したのは私なのです。普通にレバーを引いただけなんですが、ものすごい勢いで回り始めてしまって……」

『ぴえっ……ね、猫さんが……? えっ。てゆーか、猫さん……? 猫じゃないっすよね? 猫は喋らないですよね?』

「猫です。リーデルハイン子爵家のペットで、トマト様の栽培技術指導員を 生業(なりわい) としています。名前はルークです」

『…………アラヤです。えーと……喋る猫さんに会ったのは初めてなもので、猫業界用語はちょっとよくわからないんですが、もしかして冒険者……とかではない? 何しにこんなとこ来たんです?』

良い質問である。俺もその話がしたかった。

「風の精霊さんにお会いするため、『精霊の祭壇』を目指しているのです! で、そのために試練をクリアして、先へ進みたいのですが――」

『ああー……上位精霊様に……あれ? すでに祝福持ちの方じゃないですか。何か用事でも?』

やはり精霊さんからの祝福は、他の精霊さんにも見えるのか……以前、泉の精霊ステラちゃんも、俺の称号『風精霊の祝福』に反応してた。

「風の精霊さんには、以前にたいへんお世話になったので、改めて近況報告と感謝を申し上げたいと思いまして!」

『…………えぇ……? ……猫さん、人間より礼儀正しいっすね……で、そちらのお二人が飼い主さんなんですか?』

「いえ、あちらのヨルダ様とアイシャさんは、友人とゆーか仲間です。私一匹では試練を越えられそうになかったので、手伝っていただいてます」

アラヤさんは「ほえー」みたいな顔をした後、ラチェットレンチでぽふぽふと自分の頭を掻いた。

『……私も百年近くこの仕事やってますが、喋る猫さんは初めてっす。ルークさんは、つまり……神獣ってことですよね? どちらの地方のご出身で?』

「ええと……実は神獣ではなくて、種族としては亜神なんですが……」

アラヤさんがかっくんと首を傾げる。

『はぁ……亜神?』

「はい。亜神」

『……亜神っていうとアレですかね? ここを作ったビーラダー様と同じ……』

「ビーラダー様のことを詳しく存じ上げないので、同じかどーかはなんとも言えませんが、おそらく近い立場なのかなー、とは想像しています」

ダンジョンの諸々から推測するに、ビーラダー様も、たぶん俺と同じ転生者であろう。その意味でも近い存在だと思われる。

アラヤさんは目をぱちくり。ぬいぐるみなのに、なんて精巧な……!

『……ちょっと待ってくださいね。いま整理しますんで。えーと、つまり、ルークさんは、猫で、どこかの子爵家のペットで、ティアマト様の指導員で……』

「トマト様です。とても美味しくて素晴らしい、これから大人気爆発間違い無しのスーパーお野菜様です」

ティアマト様は天地を創造した古代バビロニアの女神様である。異世界でどういう扱いなのかは知らぬが、トマト様とは関係ない。たぶんない。あったらあったでびっくりする。

『……で、亜神なんですか? 神獣ではなく? 猫なのに?』

「はい」

しばし沈黙。

…………やがてアラヤさんは、カタカタと震えだした。

『あ、あ、あの……ちょ、ちょっと上司に相談してきてもいいっすか? こういう状況は、マニュアルになくてですね……! あの、猫さんのお話を疑うわけではないんですが、証拠とかもないわけですし……!』

「まぁ、そうですよね。自称・亜神みたいな可能性もありますし」

ルーシャン様に魔導師ギルドの身分証明は発行してもらったが、そちらではもちろん、俺は何の変哲もないごくふつーの人間の魔導師ということになっている。技術レベル的な問題で顔写真などの添付義務もないため、代理の影武者を立てれば割とごまかしがきく。

ヨルダ様が、あごを撫でながらぽつり。

「失礼。部外者が口を挟むことでもないとは思ったんだが、そこのルーレット……アラヤ殿はあれを、『魔力測定器』と言ったな? つまりあれは、試練の抽選をするだけでなく、レバーを引いた者の潜在的な魔力量を測定する魔道具なのか? そうだとすると、先程の不具合も故障ではなく――」

「私も気になってました。あれ絶対、ルーク様の魔力量が膨大すぎて、測定不能になった感じですよね?」

……………………ヨルダ様もアイシャさんも、俺が必死で眼を逸らしていた現実を容赦なく突きつけてくださる……

確かに、我が魔力量はおそらく膨大である……が、精神性はあくまで小心者の小市民なので、大仰な扱いをされてしまうと非常に体裁が悪い。

俺の魔力などは超越猫さんからの借り物であり、あまり調子に乗りすぎると、「やっぱ没収!」とかされかねない。

アラヤさんがまたカタカタ震えだした。

『……こ、故障じゃない……? そんな……だ、だって、コレの測定上限って、『純血の魔族・百人分』って、先輩が……!』

「悪質なデマです。騙されないでください」

俺はすかさず 風説(ふうせつ) の 流布(るふ) を阻止した。情報化社会怖い。人はなぜネット炎上をしてしまうのか。まずは精査を。しかるのち不都合な事実は 隠蔽(いんぺい) を!

「……まぁ、アーデリア様を完全に圧倒してましたからね……」

「現場は見ていないが、オズワルド様も完封されたと本人から聞いたぞ。負けた割にはやたらと楽しそうだったが」

――俺は後ろ足でボリボリと首筋を掻きつつ、今夜の晩御飯に思案を巡らせる。人、これを現実逃避と言う。

ロレンス様もいらっしゃるし、お猫様ランチでいいかな……あるいは人数も多いし中華系の大皿料理か。いや、ここはむしろ、男の子の人気定番、ハンバーグというチョイスも捨てがたい。ケチャップを使用したソースでトマト様のアピールもできる。

俺が猫ムーブに勤しんでいると、アラヤさんはおずおずと石舞台の天井を指さした。

『……あ、あのぅ、ルーク……様? とりあえず、お供の方々も一緒に、こっちに来てくれますかね……? なんかあったらマズいですし、ちょっと私の手には余る事態のよーな気がするんで……』

「えっと……でも、私達は『精霊の祭壇』に行きたいだけなのですが……」

あとキノコもとりたい。が、ピタちゃんには悪いが、これは後回しで良い。むしろ精霊さんなら、特に美味しいキノコの群生地を教えてくれるんじゃないかなー、とか、こっそり思ってた。ルークさんはいついかなる時も打算で動くのだ。

アイシャさんが俺を背後から抱えあげ、ヨルダ様がその後ろに続いた。

「行きましょう、ルーク様! 迷宮の謎を知る好機です! こんなチャンスを逃したら、後でお師匠様に呆れられちゃいます」

「俺はアイシャ殿ほどの探究心はないが、単純におもしろそうだ。珍しい経験をしてきたと、あとでライゼーに自慢してやる」

ライゼー様はデスクワークでお忙しく、迷宮なんぞに潜っている暇はなかったのだ……本人はちょっとだけ一緒に行きたそうだったのだが、気の毒であった。せめてお土産は確保したい。

ともあれ同行のお二方が乗り気ならば、俺もあえて反対する理由はない。

カワウソさんも中身は下位の精霊さんであり、泉の精霊ステラちゃんと似たようなモノであろう。

こんな精霊さん達が、なんであんな殺意マシマシのバイオラ、チエラみたいな魔物をこの迷宮内で暴れさせているのか、その理由も気にはなる。

『じゃ、もうちょっとこっちに――はい、そこで大丈夫っす。上にまいりまーす』

アラヤさんに誘導されて、我々はふわりと不思議な力で天井付近へ吸い込まれた。高所恐怖症のヨルダ様が一瞬、顔を強張らせたが、まぁそこまで高いわけではない。しかも「落ちる」のではなく「昇る」流れである。

そして我々が導かれた場所は――

「……なんだ、ここは?」

「……神殿……とも違いますね……?」

ヨルダ様とアイシャさんは戸惑い気味だが、ルークさんは知ってる。

ここは「博物館」のエントランスホールである。

高い高い吹き抜けの天井、真正面には浮遊する巨大な地球儀……いや、「地球」ではなく、おそらくこの星の模型だ。海の形も陸の形も全然違う。

その所々に発光ダイオードのようなモノが刺さっており、概ね白く点灯しているが、一点だけ、赤く点滅していた。

アラヤさんがその赤い点を指差す。指ちっちゃ。

『赤く光っているのが、今、皆さんがいた『古楽の迷宮』っすね。機器が故障したサインが出てます。とりあえず、こっちへどーぞ』

光沢のある木の床はつるんつるんで、木目が一定のパターンで繰り返されていた。これは本物の木材ではなく、テクスチャ的なものか……? 俺の『キャットシェルター』と近い仕組みの亜空間、という気がする。

すたすたと歩くカワウソさんの後ろに従いつつ、アイシャさんが地球儀ならぬ惑星儀を振り返った。そういえばこの星の名をルークさんはまだ知らぬのだが、国単位、大陸単位での地名はあっても、「星」としての呼び名はまだ定まっていないのかもしれぬ。

「あの、まさか、あの光点……あれ全部が、ダンジョンの位置を示しているんですか!? で、もしかして転移魔法的な感じで、ここから行き来できるとか?」

『はぁ。そうっすけど……あ、使い方は教えないですよ? 勝手に使わせませんよ? 事故ったら放置しますからね?』

転移魔法の亜種……というより、転移魔法を応用した転送ゲートっぽい魔道具なのだろう。ただ、行き先はおそらくダンジョンの「試練の間」であり、割と奥深く。そこから地上に上がるには一苦労しそうである……

「で、アラヤさん、我々はどこに案内されているのです?」

『私の上司、カブソン様のところです。瘴気浄化システムの統括をされていて、ビーラダー様が神界へ戻られた際に、直接、各ダンジョンの維持管理を任された偉い精霊様です』

……ビーラダーさん、もうこの世界にはいないのか――

「神界へ戻る」という表現については、リルフィ様からの講義で聞いたことがある。

これは文字通り「神々の世界へ戻った」のか、それとも「死亡した」のをボカした言い方なのか、あるいは俺の前世的な場所へ戻ったのか、はたまた新たな世界へ旅立ったのか――イマイチ判然としないのだ。

そもそも旅立ったのなら「戻る」という言い回しにはならないはずだが、これも「この世界の人達がそう思っているだけ」で、本人的にどういう感じなのかは調べようがない。

たとえば今、ルークさんが「消えた」として、とりあえず「去った」のは間違いないとしても、「死んだ」のか「前世に戻った」のか「超越猫さんのところへ戻った」のか「別の世界へ行った」のか「雲隠れしただけ」なのか、ルークさん本人以外にはわからぬのだ。

実際、文献や亜神の事例、地域によって、各伝承には表記の揺れがあり、確たることは誰にもわからぬらしい。

…………で、それよりもっと気になる単語も出てきた。

「……瘴気浄化システム?」

『はいっす。ダンジョン完成以降、だいぶ上手く回ってたんですが、ここ数十年でちょっと瘴気が増え気味なのは気になるところで……外の世界が安定気味なせいで、深層に挑戦する気概のある冒険者が減っちゃったなんて指摘もありますけど、そろそろ誰か強い人に無双して欲しいところだったんす。ルーク様も、戦闘がお得意でしたらぜひご協力いただけると!』

…………待って。ちょっと待って。

この子、何かすごく間違った期待を猫さんに寄せつつある……! そもそも俺の知らない裏設定を前提に話を進めようとしてる! 何これこわい!

首を突っ込むべきか、退くべきか――

ルークさんは選択肢を間違えない猫さんである。

「すみません! ちょっと急用を思い出したので、帰……!」

アイシャさんに首根っこを掴まれ、そのまま抱え込まれた。

「まぁ、待ってくださいよ、ルーク様。たぶんこれ、かなり重要なお話が聞けちゃう流れですよ?」

「し、しかしっ……!」

確かに重要かもしれぬが、同時に厄介事の流れである!

そして抵抗する俺の猫耳に、アイシャさんはとてもとても小さなささやき声を寄せた。

「…………精霊に恩を売れる機会なんて滅多にありません。そして精霊は義理堅くて、恩返しがちょー 美味(おい) しいんです。たとえば、地の精霊を味方につければトマト様の豊作は約束されたも同然ですし、水の精霊を味方につければ井戸掘りが百発百中、水質も思うがまま……悪いことは言いません。この案件はガチで『美味しい』ですよ……?」

……ほのかに光るアイシャさんの眼が、まるで獲物を狙う性悪猫さんのよーである……

この子、よく水精霊さんの祝福もらえたな……? 水精霊さんって割とヤバい子好き?(失礼)

しかし、確かにこのアラヤさんも下位とはいえ精霊さんであり、俺も風の精霊さんに大恩ある身。いかにヤな予感がしたとはいえ、話も聞かずに逃げ出すのは早計であったか。あるいは、風の精霊さんへの恩返しになるお話かもしれぬ。

ぐんにゃりしたまま運ばれていくと、カワウソのアラヤさんは障子の戸をからっと開けた。

……障子?

いや、博物館っぽい建物の、従業員用っぽい廊下を普通に歩いた先に、いきなり「障子」?

なんだか夢の中のよーな意味不明の設計思想であるが、ここは来館者を迎える場所ではなく、また生活空間ですらない。

精霊さんの職場であり、なんかいろいろ事情があるのだろう。カワウソサイズでも「引き戸」なら開けやすいという心遣いかもしれぬが、カワウソと障子……

日本昔ばなしに出てきそうな組み合わせであるが、カワウソが人を化かす民話はそこそこあったよーな気もする。

猫、狐、狸、 獺(かわうそ) 、あと猿とか蛇は人を化かす民話が割とある。

犬、馬、牛、熊とかには、あまり人を化かすイメージがない。細かく探せばあるはずだが、少なくとも世間一般のイメージとして、「犬に化かされた!」みたいな話は珍しい例と言ってよかろう。

これは人類との距離感の違いも影響しているものと思われる。

お犬様は長きにわたって人類の友人であるし、馬や牛は移動手段、荷運びの労働力として欠かせぬ存在であり、「共に生活する」時間が長かったのだ。

熊に関しては、その「強さ」ゆえに、あまり人を「化かす」必要がない。化かすというのは主に、 膂力(りょりょく) に劣る小動物が、強い相手をからかう行為なのである。

……この状況、もしかしてルークさんも化かされてる……? とか思わないでもないが、そんな俺の懸念をよそに、アラヤさんは我々を畳敷きの和室へと導いた。

ヨルダ様やアイシャさんは不思議そうなお顔。

「妙な床だな。長方形の敷物を組み合わせてあるのか……?」

「この床、もしかして藁を編んで作ってるんですか?」

「いえ、『い草』という草です」

俺が即座に答えると、アラヤさんが驚きつつ振り返った。

『ルーク様は、畳をご存知なんすね……! ということは、やっぱりビーラダー様とご同郷の……』

「たぶんそーだと思います。あのダンジョンも、かつて私がいた世界での知識やお約束が反映されていたように見えました。てゆーか……こちらの世界には、畳ってないんですか?」

アラヤさんがふるふると首を横に振った。

『一応あります。これはニホンという国の特産品なんですが、作るのが難しいので、国外には広まっていないみたいで。ビーラダー様がたいへん愛着をもっていらしたそうです。床なのに通気性が良いんで、風系統の精霊にも居心地がいいんすよ』

「ほう。やはりニホン製でしたか」

薄々察していたことではあるが、この世界のどっかにある「ニホン」という国も、やはり同郷の転生者絡みであろう。

さて、通された和室は無人であったが、奥に別の廊下があり――

我々が入室するのとほぼ同時に、その向こうから何者かの「ぺったん、ぺったん」という足音が近づいてきていた。

……何が現れるか、上司のお名前からしてだいたいもう予想はできているのだが、足音からすると、まだペンギンとかカモノハシとかビーバーとかの可能性も一応はある。なけなしの可能性である。

そして、注視する我々の前に現れたのは――

『やぁ、どうもどうも。アラヤ君から、さっき念話をもらいまして……はじめまして、亜神ルーク様。 私(わたくし) 、こちらの瘴気浄化システムの管理官を勤めております、カブソンと申します』

ヨルダ様よりちょっとでかいカワウソであった。

丸々と太り気味で、見るからに温厚そうなゆるキャラである。

声は落ち着いたバリトンボイス。アラヤさんとは違い、こちらは明らかにオス。

でけぇ。もふもふしてる……かわいいのに貫禄ある……

『精霊の身ゆえ、何もおもてなし等はできませんが、まぁ、楽になさってください』

……肉球のついた前足をのんびりと掲げ、彼は畳の上にあぐらをかき、我々へにっこりと笑いかけたのであった。