軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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再度カイルから招待を受けて、アレクシアは休日にキャフリー家を訪れる。癒やし効果のある愛らしい笑顔を期待して馬車を降りたけれど、出迎えてくれたのは愛想のない表情のイアンだけだった。

「招待に応じて足を運んでもらって感謝する。ただカイルは今、家庭教師と勉強中なんだ」

予定をうっかり忘れていたらしい。家庭教師の来訪で、気づいたようだ。

「そうなのですね」

「アレクシア嬢と会うのを楽しみにしていたから、少し待っていてもらってもいいだろうか。その間、薔薇の温室の方へ案内をとカイルに言われている」

「カイル様ったら、素敵な紳士ですわね」

将来有望だ。このままカイルの表情筋が仕事し続ければ、争奪戦が激化するのが想像できた。

了承するとイアンに促されて、温室へと続く庭園の小道をゆっくり歩く。

どこを見ても手入れが行き届いていて、優美に整えられている。さすがキャフリー家だ、という感想だった。

「先日のエリック殿との手合わせは、とてもいい経験になった。感謝している」

「それはよろしゅうございました」

善意からではないので、イアンに感謝されると微妙な気持ちになる。ただ見ているアレクシアも楽しかった。

なんならいつでも貸し出しますが? 代わりに見学させてください! なのだが、令嬢と呼ばれる者としての発言では微妙かもしれない。

「薔薇の温室はここだ」

足を踏み入れると、暖かい空気と濃密な香りが鼻先をくすぐる。辺り一面に色とりどりの薔薇が咲き誇り、ふと花の祝祭日の薔薇を思い出してアレクシアは表情が綻んだ。

「アレクシア嬢?」

気づいたらしいイアンに声をかけられる。案外、よく見ていた。

「色とりどりの薔薇で、花の祝祭日の行事を思い出しまして。皆様のウサギ耳姿、案外お似合いでした」

垂れ耳をつけたイアンは、ギャップで本当に最高だった。

本当にいい提案をしたと、アレクシアは自画自賛する。

「ああいうことを、よく思いつくものだ」

眉間に軽くシワが寄る。不快、ではなく、困惑のように窺えた。

表情は豊かではないけれど、イアンに感情がないわけではない。最近ほんの少しだけ、ふわっとした機微が感じられた。

「遅ればせながら、王太子殿下と同票優勝おめでとう存じました」

「そうだったな」

順位に関しては興味なさそうだ。

負けていても、気にもしていなかっただろう。

「あの日、アレクシア嬢はジェフリーに渡したのか?」

まさか、とぱっと頭の中に浮かんだけれど、それをそのまま言うわけにはいかず、慌てて呑み込む。想定外の問いだった。

「いいえ。兄ですわ」

「そうか……」

「なぜそう思われたのですか?」

客観的に見て、アレクシアがまだジェフリーに想いを残しているように見えるのかと気になる。だとしたら、こんなにも興味ありません! と主張しているのに非常に不本意だ。

「先日ジェフリーといるのを見かけて、以前とは違う雰囲気のようだったからもしやと」

サロンへ促された日にイアンとステファノを見かけたが、アレクシアに気づいていたらしい。

「あの日は、少々業務連絡のようなものを」

内容は極秘事項なので、アレクシアは曖昧に濁す。

もしかしたらジェフリーの本題は違ったのかもしれないが、どうでもいいことだ。

「あとは聖女様のお披露目の際に、キャフリー様といたのかと尋ねられましたね」

これは隠すことではない。ある意味イアンも当事者だ。

「ジェフリーが?」

「ええ。あの日は今日と同じく髪を巻いていなかったので、驚かれたのでしょうね」

「そうだったな」

気の抜けた声に、アレクシアの髪型を意識していなかったことが窺える。結構印象が変わるはずなのに、イアンはいつも反応が薄い。

「キャフリー様は、私の髪型を気にされないようですね」

最初は印象が違ったと言われたが、それだけだ。

見たままを受け入れているのか、ただ単に興味がないかだろうと、アレクシアは予想する。

「髪型が何か関係あるのか?」

「え?」

「女性は着飾るものだろう? 髪型も含め少し見た目が変わるだけで、アレクシア嬢であることには変わりない」

ぐ、と胸に来る台詞だった。

本心からイアンが言っているのがわかる。お世辞を言う性格ではないと知っているから、余計にアレクシアの心に響いた。

「そんな風に、考えてくださる方ばかりではないので」

筆頭が、以前の想い人だ。容姿でアレクシアの価値が変わると明言されてはいないが、あれは言われたも同然だった。

けれどくるくると髪を巻き、華やかな化粧をしていなければ今頃――そんな後悔は、わずかもアレクシアの中にない。

目の前に肯定してくれたイアンがいることもあり、自己肯定感は上がっていた。

「だが、アレクシア嬢がジェフリーの婚約者候補筆頭であるのは変わらないだろう」

濁した名前を出すところがイアンだ。今までの会話の流れで、アレクシアが誰のことを匂わせているのか察したらしい。

ただ淡々と事実を述べているので、その心情は窺えなかった。

慰めも同情も感じられないのを心地好く感じると同時に、現状を知らないのだとアレクシアは思い出した。

「イアン様。誤解され続けるのも気持ちが悪いのでお話しますが、他言無用でお願いしますね」

短い付き合いではあるが、口止めをすれば大丈夫だとの確信がある。信頼に値する人だと、アレクシアはイアンを評価していた。

「なんだろうか」

「実は夏期休暇前に、殿下の婚約者候補から辞退しているのです」

驚いた顔を、イアンが見せる。なんだか、悪戯が成功したときの気持ちにアレクシアはなった。

「それは……」

「正式に申請し、許可を得ていますわ」

はあ、すっきりした――そんな気分だった。

アレクシアの表情も自然と綻ぶ。

「そうか……そうだったのか」

声に、安堵のようなものを混ざっている。宰相の家としては、ロシェット家が力を持ちすぎるのもよくないと思っているのかもしれない。

「理解した」

「ご理解いただけたようで嬉しいですわ」

頷くイアンの表情が、晴れやかに見えた。

「カイルに、手遅れになる前に自覚しろと言われたんだ」

唐突に何の話だと、アレクシアは疑問符を頭の中に浮かべながら曖昧な相槌を打つ。

「俺は、アレクシア嬢を好ましく思っていると自覚した」

真っ直ぐに向けられたイアンの眼差しが、アレクシアを捉えた。

は? と浮かんだあと、衝撃で思考も動きも固まる。軽く瞳を見開いたまま、アレクシアはイアンを見つめた。

「アレクシア嬢とこれからも共に過ごす権利が欲しい」

「……お友だちでも過ごせますわ」

我に返り、当たり障りなくイアンに返す。

「それでは、友人の一人でしかない。この先、アレクシア嬢が誰かの手を取るのを黙って見ているしかない関係とも言える。俺は君の特別になりたい」

思いがけない告白に、アレクシアは言葉に詰まる。胸の辺りも、ぐっと重くなった。

「私は、殿下の婚約者候補から辞退しましたが、新たな縁談は必要なく、ロシェット家に居続けると決めていて、それは父と兄も了承しています」

家族仲は良好すぎるくらいで、譲り受けた商会も順調に利益を出している。間違いなくこのまま一人で生きて行ける環境だ。

「そうか」

「はい」

「アレクシア嬢の気持ち、理解した」

「ありがとう存じます」

ほっとして、アレクシアは胸を撫で下ろす。

「だが、あきらめるつもりはない」

「はい?」

安堵したのも束の間、継がれたイアンの台詞にアレクシアは耳を疑う。

まじまじと目の前の綺麗な顔を見つめると、どことなくいたずらっ子のような印象の表情を浮かべた。

「追うより、追われる方」

「え」

「愛を乞うより乞われたいのだろう? 俺は喜んで傅き、アレクシア嬢の愛を乞おう。得られるまで幾度でも」

真摯なイアンの瞳は美しいが喜びは遠く、アレクシアは天を仰ぎたくなる。しまった、と後悔しても遅い。

また、過去の行いが返ってきた。

ジェフリーを諦めたと周知させるため、アレクシアらしく宣言していただけの台詞を、よりにもよってイアンが真に受けていたなど想定外だ。

「ロシェット家は、誰から見ても愛情深いとわかる。比べて、俺は女性を喜ばせることに関しては不得手だ。だが、努力は惜しまない。アレクシア嬢の家族を手本として、溺れるほどの愛を捧ぐと約束する」

ひたむきな感情を向けられ、アレクシアは動揺する。普段淡々としたイアンからは想像できない台詞たちだ。

「イアン様、そんな性格でした……?」

「恋する男は愚かにもなるのだろう?」

恋、と言葉にされて、胸のあたりが妙にくすぐったい。

「私には、とんでもない隠し事、秘密があるかもしれませんよ」

聖剣を持っていたり、聖女だったり、前世の記憶があったり、なかなか隠し事が多い。そしてそのどれもが軽い物ではなかった。

「何もかもを、公にしている者はいない。アレクシア嬢の隠し事ならきっと、人を傷つけるようなものではないのだろう」

何その信頼、とアレクシアは唖然とする。以前から顔を合わせる機会だけは多くあっても、交流はしてきていない。ここ最近、まだ短い時間しか共有していないのに、思わぬ信頼をイアンから向けられていた。

「私は、誰かに頼らなくても生きて行けるわ」

「そうだろうな。だが、俺はそれでもアレクシア嬢へ愛を乞い、愛を捧げ、手を伸ばしたい」

熱のこもった実直な言葉に、ヒロインならきっとここで喜びはにかんだ笑みを浮かべ、イアンの腕の中に飛び込むのかもしれない。

けれど残念なことに、アレクシアは悪役令嬢だ。

「イアン様、一方的な溺愛なんていりません。だってそれは、誰もが差し出せるものよ」

ふふふ、とアレクシアは軽やかな吐息を洩らす。

向けられる眼差しは少しも揺らぐことなく、アレクシアの言葉を受け止めていた。

(ああ、もう!)

思いがけず市井で出逢った日から、少しずつゲームのシナリオで知る人物像でなく、向き合って話して、その人となりが好ましい者で、たぶんきっと、名前を呼んで、呼ばれた時がターニングポイントだった。

気づかない振りでやり過ごせると思っていたのに、まさか愛を乞われるとは思わなかった。

幼い頃から大切にしてくれ、惜しみない愛を与えてくれていた父と兄の顔を思い浮かべる。そしていつの間にか、するりと心の中に入り込んでいた人の綺麗な顔を見つめた。

愛が重いのはきっと、家系だ。

悔しいけれど、イアンの不器用さまで愛おしいと思うのだから仕方がない。

一人で生きて行けるけれど、二人ならもっと楽しいのではないかと想像してしまった。

仕方がない。おひとり様への決意は返上だ。

「イアン様。私もあなたを溺愛するから、重い愛を受け止めなさい」

宣言すると、イアンが目を見張る。すぐに相好を崩し、初めて見せる表情にアレクシアはどうしようもなくときめいた。