作品タイトル不明
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「アレクシア嬢、彼は?」
イアンに尋ねられ、アレクシアは我に返る。慌てて思考を回した。
「フェルナンドの兄で……ルナンです」
二人が挨拶を交わすのを眺め、イアンが納得してくれたところでアレクシアはフェルナンドを少し離れた場所へ引っ張っていく。口元に笑みが浮かんでいるのが、アレクシアは腹立たしかった。
「ちょっと、なんで大人の姿なの」
先ほどまでは子どもの姿だったはずだ。いつの間に、とアレクシアは小声で文句をぶつけた。
「面白そうだったから」
いたずらっ子のような顔だ。
顔面偏差値の高さに許してしまいそうになるが、ダメダメと唱え、アレクシアは気持ちを強く持った。
「何が面白いのよ」
「アレクシアの父兄代理?」
「はい?」
「俺を越えてから行け的な?」
会話がかみ合わない。
適当にごまかしているのかもしれない。単に、アレクシアの反応をフェルナンドは面白がっている気がしてきた。趣味が悪い。
「おまえ、視野が狭くなってるんじゃないか?」
「だから、何の話」
「自分で考えろ」
くつくつと喉を鳴らしてフェルナンドが笑う。
ちらりとイアンの方へ視線を送ると、なぜかアレクシアに甘く笑んだ。
く、と軽く息を詰める。うっかりときめいてしまったのが悔しい。
「じゃあな、もう邪魔はしない」
「あ」
引き留める間もなく背を向け、フェルナンドは人混みに紛れていく。
どこに行くんだと茫然と見送って、アレクシアはイアンの存在を思い出して、失礼しましたと向き直った。
「アレクシア嬢は、彼と親しいのか?」
「まあ、そうですね?」
「そうか……」
思案するようなイアンに、まさかフェルナンドだったとバレていないよね? と、アレクシアはわずかな不安を覚える。ハイスペックな攻略対象者は油断大敵だ。
なんて考えていると、カイルとステファノが戻ってきた。
「イアン、そろそろ移動しようぜ」
「そうだな。アレクシア嬢、聖女様のお披露目にこれから行くが、一緒にどうだ?」
「イアン様たちは、聖女様のお披露目に行かれるのですか?」
「カイルが行きたいと言ってな。アレクシア嬢も誘ってほしいそうだ」
「まあ」
イアンは聖女など興味なさそうなのにと驚いたが、カイルのために行くのなら頷ける。好奇心旺盛で、ちょっと背伸びしたい年頃が微笑ましくて可愛い。
「私がご一緒していいのですか?」
「はい! アレクシア様もぜひ」
イアンを幼くしたような顔で、にこっとカイルが笑うから、アレクシアは言語化できないときめきを覚える。ねだられたらなんでも買ってあげるカモになりそうだった。
「ではお言葉に甘えて」
元々行く予定ではあった。
聖女の役割をリサに押しつけておきながら、我関せず、知らない振りはできない。
では行きましょうか、の空気になったところで、マリッサから忘れ物だとブレスレットを差し出される。猫が笑っている幻覚が見え、こいつ……と思いながら、手首につけてもらった。
聖女のお披露目場所に近づくにつれ、人の姿がぐんと増えてくる。よく見えそうな場所は、密集しているのが遠くからでも窺えた。
「見えそうにないですね」
しょんぼりするカイルに、アレクシアが声をかけるより早くステファノが抱き上げ肩に乗せる。わあ、と嬉しそうな声が降ってきた。
「これで見えるだろ。もうちょっと前に行くか?」
「はい!」
「イアン、ロシェット嬢、また後でな!」
「あ」
アレクシアが上げた声は喧騒にかき消され、引き留める間もなくステファノはすいすいと人混みを縫い進んで行く。カイルが喜んでいるせいか、あっという間に遠ざかっていった。
「イアン様、いいのですか?」
離ればなれになってしまった。
「家の者が付き添っているはずだ。それにステファノの腕は確かだから心配はない」
ステファノへの信頼が窺える。確かに現騎士団長の息子で、腕を磨いているだろうし、よほどのことがなければ心配はいらない。案外、二人はいい友人関係を築いているのだと知った。
「あぶない」
イアンに軽く腕を引き寄せられる。脇を強引にすり抜けて行く後ろ姿が見え、アレクシアは腹痛で身動き取れなくなってしまえと念を送った。
「ありがとう存じます」
離れようとして、髪の結び目がイアンの服のボタンに引っかかっているのに気づく。
「すまない。髪が乱れてしまった」
「仕方ありませんわ。ほどくので構いません」
髪型が崩れたので結び目を解けば、プラチナブロンドがさらりと背に流れた。
あとは残っていない。マリッサの手腕でくるくると巻き、仕上げに魔法で安定させなければ、あとのつきにくいさらさらな髪だ。
「では行きましょうか。イアン様こちらへ」
促して、アレクシアは歩き始める。どこへ、とイアンに問われることはなく、途中立っていた神官に目配せして通り抜けると、お披露目がよく見える場所で足を止めた。
「アレクシア嬢、ここは?」
「特別席です。神殿には常日頃、寄付金を積んでおりますので」
ということにしておく。真実味がありそうなので、疑われないはずだ。
「カイル様たちを誘う前に別れてしまったのが残念ですが」
「まあ、仕方がない」
見つけられるかな、と人混みに視線を流したところで、わああ、と盛大な歓声が上がる。エスコート役のジェフリーと共に、ベールで顔を隠したリサが姿を見せた。
国民に向けて紹介され、顔を出したらもう自由がなくなる。そんな不自由さを軽減するため、リサの顔をベールで隠すことにした。
今後王族に絡まれるかもしれない、ごめんねと先回りしてリサに謝ると、アレクシア様の防波堤になれるのでしたら喜んでと言っていた。
すっかりリサに懐かれて、異常なくらい崇拝されてしまった。
聖女らしさを演出する装いのリサの傍らにいるジェフリーは、やはり王子様だなと感じさせられる。きらきらしているとアレクシアが眺めていると、不意に、目があった気がした。
驚いたようなジェフリーの表情に、アレクシアも驚く。
何? と疑問符を浮かべていると、「お嬢様」とマリッサに声をかけられた。
「レイモンド様がこちらに気づいたようです」
理解して、アレクシアはすぐに視線を走らせる。確かに、目をつり上げたレイモンドがこちらへ来ようとしていた。
傍らのイアンに視線を移す。
面倒くさい状況だと、アレクシアは自覚した。
「イアン様」
「ん?」
「逃げます」
がしり、と腕を掴んでイアンを促す。
この場で言い合いも面倒なので、アレクシアはとりあえず逃げることにした。