軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

おとなげない男に、禿げてしまえとアレクシアは呪詛をはく。

服の汚れを落とすのは使用人だし、腐っていても貴族なのだから、汚れた服が気にくわないのなら自費で服を新調すればいいだけだ。

自らぶつかっておきながら子どもに責任転嫁するような人間性なら、どうせあくどいこともしている。そんな偏見たっぷりなことを考えながら、アレクシアは男の近くまで行き足を止めた。

「なんだ、お前」

「幼い子ども相手に声を荒らげて、些細なことを詰める貴族の方がみっともないのでは?」

ざわり、と辺りにざわめきが広がる。誰かが助けに入るなど、願っていてもあり得ないと誰もが思いあきらめていた。

「なんだと」

睨み付けてくる顔を、アレクシアは知らない。

それは、高位貴族ではないということだ。伯爵家以上ならば、当主とその嫡男の顔くらい頭の中に入っている。

「そんな安物の服くらい、買い直せばいいでしょうに」

確かに、平民が着る服よりは上等だ。けれど父と兄の服を日常的に目にしているアレクシアからしてみれば、そう高級そうには見えない。

そのことから、たいした金額ではないと判断した。

「馬鹿が、おまえが着ているような安物と一緒にするな。一生かかっても弁償できない品だぞ」

「そうなの?」

わざとらしく首を傾げ、傍らに控えていたマリッサに訊く。

遠巻きにしている人たちには、抑えたトーンの声なので会話は聞こえないはずだ。

「通常貴族の間では、金銭の話は無粋とされています」

さりげなく、マリッサは嫌味を口にする。しっかり伝わったようで、男は羞恥になのか、馬鹿にされた怒りになのか、顔色を変えた。

「話題に出さないのが暗黙の了解となっておりますが、あえて言わせていただくと、今お嬢様が来ているワンピースの方が高価かと」

「そんなみすぼらしい服、そんなわけがあるか!」

「見る目もないようですね」

ふ、とマリッサが息をこぼす。眼差しにも、嘲りがあった。

(ちょ、煽ってる、煽ってるよぉ!)

平然を装いつつも、アレクシアは内心で突っ込みを入れる。静かに、マリッサが怒っているのがわかった。

「当家お抱えのデザイナーが手がけるオーダーメイド品で、市井を歩いていても違和感ないようデザインした一点物のワンピースです。素材は最高級のものを使用しておりますが、廉価品と並べても見た目ではわからないように創意工夫し、お嬢様のためだけに制作されている品です」

(なんて無駄な努力!)

いつの間にそんなものを作っていたのだと、アレクシアも内心驚く。

それでか、と納得もできる。着ていて、まったく違和感がない。普段の服と変わらず着心地が好く、サイズもぴったりだった。

「はったりだ! 馬鹿にしやがって。お前ら、俺がズール男爵だと知った上で無礼な口をきいているのか?」

「いいえ、まったく、存じ上げませんでした」

見事な即答。

さりげなく、まったく、をマリッサは強調している。好戦的な一面を、アレクシアは思いがけず知った。

相手が名乗ったことで、無礼には無礼で返すと決めたのかもしれない。家柄的にも、マリッサの方が上になる。実家は伯爵家なので、男爵家より上だ。

(あ、ズール男爵って聞いたことある。嫁のなり手がいなくて独身って)

納得の所業だ。

こんな男の妻など、恥ずかしくて社交界に出られない。

「無知な者には言ってもわからないんだろうな。屋敷に招待して、現実を見せてやろう。俺に気に入られれば、男爵夫人になれるかもしれないぞ?」

距離を詰めてくる顔が気持ち悪く、ぞわりとアレクシアは肌が粟立つ。口を開けば唾が飛んできそうなところも嫌だ。

「おい、女二人だけ馬車に乗せろ」

見るからに屈強な、ズールの護衛が前に出る。絵面も良くない上に、縦にも横にも大きいので威圧感がすごい。どこからともなく、悲鳴が上がった。

「エリック」

「はい」

「はっ、そんな優男、なんの役にも立たんだろうが」

優位を少しも疑っていないズールに、アレクシアは優雅に微笑む。

襲い来るズールの護衛を、エリックは体格差を物ともせず返り討ちにし、手際よく地面へと沈めていく。

存外、格好いい。

おお、と心の中で感嘆の声をあげ、アレクシアは拍手する。実際は優雅に笑み、見守るだけだ。

結局の所、助けに入ったところで、実際に対処に動くのはアレクシアではない。けれど使える者を使って何が悪い! の、スタンスだ。

こういう立ち回りの後は、この紋所が――と、某隠居様のようにやれたら楽しそうだ。時代劇はなかなか奥が深く、前世では結構好んで再放送を見ていた。

公爵家の家紋でも、似たようなことができるような気がしないでもない。

「こんなことを貴族にして、許されると思うなよ!」

役に立たなくなった護衛を一瞥し、及び腰でズールがわめき立てる。唾が飛んできそうで、さっとエリックの背にアレクシアは避難した。

「そろそろ、カフェに行かないと帰りが遅くなるわね」

「レイモンド様は、お嬢様がお休みなので帰宅は早いかと」

「あ、そうよね。早くお茶に行きましょう」

注目も浴びている。目立っていいことはない。

騒ぎの中心にいたなど心配性の二人の耳に入ると、街に遊びに来にくくなること間違いなしだ。

嫌だけれどエリックの背から出て、ズールと少し距離を詰める。やはり見せるだけですむ、印籠のようなものが欲しいと思った。

「ロシェット公爵家」

聞いた瞬間、ズールの表情がこわばる。愕然とした表情で、アレクシアを見つめた。まさか、と考える力はあるようだった。

「……そ、それがどうした」

「あなたがケンカを売った家ですわ」

ひ、と男が悲鳴を上げる。一瞬で血の気が引いた顔になり、怯えが見て取れた。

「う、嘘をつくな」

「貴族の名を、それも公爵家の名を騙れば、貴方もどうなるかくらい知っているでしょう?」

この怯えようを目にすると、同じことをやり返しているのに、まるでアレクシアが悪者みたいだ。

「わ、わたし、は」

「自己紹介は勝手にしてくださいましたね。ええ、言われたとおりに、嫌だけれど! しっかりと覚えましたわ」

今日は縦ロールに、凄みのある化粧ではないのが悔やまれる。薄化粧のアレクシアでは、すごんでもすごみきれない残念さよ! こんな時、外見の力は必要なのだと実感した。

「も、もうしわけございません!」

ズールが唐突に、地面に頭を擦り付ける。汚れを気にしていた服は、砂埃にまみれていた。

「そんなことをされたら、子どもを殴ろうとするほど大切な服が汚れますわよ?」

「いえ、こんな安物、汚れたところでかまいません。ええ、むしろお嬢様のそのおみ足で踏んでいただければ本望です!」

(ナニイッテンダコイツ)

想定外の発言に、アレクシアはドン引きする。期待するような眼差しを、向けないでほしい。

「子どもたちは、帰してもいいかしら?」

「もちろんです!」

踏んでもらえないのを残念そうにしながら、大げさなほどズールは頷く。後はエリックにまかせることにして、アレクシアは子どもたちの元へ行った。

「帰っていいそうよ」

「あ、ありがとうございました」

泣きそうな顔で、勢いよく頭を下げる。帰って行く背に手を振っていると、どん、と身体に衝撃を感じた。

あ、と思った時には、手に持っていたバッグが消えていた。