軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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新学期の始まりと共に幕が上がる、ヒロインと攻略対象者が織りなす恋愛劇場の存在を忘れるうっかり具合に、自らの呑気さに、アレクシアは頭を抱えたくなる。破滅フラグの回避! と散々意気込んでいたのに、悪役令嬢役の前提が消滅した開放感と、想定とは違う波乱の多い休暇のせいで、いつの間にかジェフリーの存在と共に当事者意識も底の方へ沈んでいった。

思い出してしまえば、情緒がジェットコースター並に忙しない。ゲームの世界と似て非なる世界という認識ではいるが、本当のところはわからない。

いつ働くかわからない理不尽な強制力への不安と、見目麗しい男たちをヒロインが攻略する過程を眺められるだろう期待が入り交じっている。はからずも痴情のもつれに巻き込まれたとしても、アレクシア自身が失態を犯さなければ多少のことは公爵家の力でなんとかできるはずだ。

(権力最高! お金最強!)

金貨の詰まった袋で厄介ごとを殴る姿が浮かぶ。

締めには悪役令嬢鉄板の高笑いだ。

(うん、今思い出しただけでも良しとしよう)

警戒を強めることができる。前向きに気持ちを立て直したところで教室に着き、アレクシアはとりまきの令嬢たちに囲まれた。

挨拶をかわした直後から振られる、当たり障りのない社交辞令の会話を適当にあしらい、アレクシアはささっとその場を抜ける。久しぶりに会ったジェイニーとアリアーナとはゆっくり話したい気持ちはあったが、残念ながら状況が許さない。

お昼休みにまたと目で合図し、頷き合って席へと落ち着く。

懸念すべきことが消滅したわけではないけれど、学生の日常が戻ってきた。

しばらくして現れた教師の話を聞き流しながら、アレクシアはゲームがどんな風にスタートするか前世の記憶を探ってみる。登場人物が映し出されたディスプレイ、耳に心地好く響く声、最高! とジタバタしながら食べた自分へのご褒美スイーツ――うん、とアレクシアは心の中で頷く。

表情が自然と消えた。

ヒロインが登場するまでのシナリオが、まったく浮かんでこない。おぼろげにあるのは、操作できない部分をスキップしたいともどかしく思った記憶だ。

(だって、パッケージのイケメンを愛でたかっただけなんだもの!)

ゲームの攻略にも疑似恋愛にも興味がなさすぎて、いっそ清々しい。

元々夢属性がないので対自分ではなく、好みのキャラたちのもどかしくもときめくやりとりを眺めるために壁になりたいとか天井になりたいとか、アレクシアはそちら側の思考だ。

(これはもう、様子見かな)

攻略対象者たちはわかっているので、その周囲に注視していればいずれヒロインが誰を選んだかはわかる。たぶん、とアレクシアは最後に付け加えた。

今現在は、進めている野菜スイーツ事業への関心の方が高い。起業に関すること、使ってもまったく減った気のしない潤沢な資金があるお嬢様生活を満喫するのにも忙しい。

「アレクシア様、昼食ご一緒いたしましょう?」

授業が終わった途端笑顔で昼食に誘ってくれる、友人たちとの時間を満喫するのもアレクシアにとって大切なことだった。

「ええ」

ジェイニーの誘いに、笑顔で頷く。傍らにはアリアーナもいた。

ゲームの世界にいるので野次馬的な気持ちは変わらずあるけれど、安全圏にいると確信が持て、日々が充実しているとあっという間に他人の恋愛になど興味を失いそうだ。

(人の関心事なんてそんなものよね)

日々移り変わっていく。いつまでも同じではない。

他に熱中するものができれば、そちらに気を取られてあっという間に興味を失う。なんとなく始めただけの、強い思いがない事柄などそんなものだ。

「アレクシア様?」

軽く首を傾げたアリアーナに声をかけられ、アレクシアは我に返る。考えなければいけないことが多すぎて、気がそぞろになっていた。

「ごめんなさい。まだ休みの気分が抜けなくて」

せっかくの友人との時間に失礼だ。

いつの間にか遠ざかっていた食堂の喧騒が、アレクシアの耳に戻ってくる。暑さは和らいでいるとはいえ、まだ日差しが気になるので庭園から場所を移していた。

「アレクシア様もですか、実は私も」

照れくさそうに、アリアーナが同意する。例年より長い休暇でしたから、とジェイニーも頷くと言葉を継ぐ。

「アレクシア様、良き休暇でしたか?」

「そうね」

なんでよ――と思うことは多々あったけれども、充実していたのもまた事実で、国に戻ってからは事業関係に忙しくしていた。今もそれは続いていて、慌ただしくも楽しい日々だ。

食事を進めながら、三人で近況を話し合う。

貴族令嬢らしい二人の休暇中の話を聞き、改めてアレクシアは我が身を振り返ると、迂闊に言えないことが多すぎると実感した。

(そちら側に入りたい! 波乱などいらぬ!)

手首のブレスレットに、視線を落とす。想定外の筆頭だ。

約束通りにおとなしくしているので、存在を今の今まで忘れていた。

(慣れってこわいな)

「隣国で珍しい野菜を手に入れましたので、またスイーツを作ってきましたの。良かったら食べて感想を教えていただけるかしら」

「もちろんです」

「ぜひ、いただきます」

嬉しそうに表情を綻ばせる二人にアレクシアは頷くと、ミニかぼちゃをまるごと使ったプリンを出す。

中身をくりぬいて皮を器にしているので、まるごと食べられるし見た目も可愛い。プリンなので競合しそうだな、とは思ったけれどただの試作品だ。

感嘆の声を上げる二人にかぼちゃプリンを勧めたところで、アレクシアは視線を感じる。何気なく顔を上げると、ぱちん、と思い浮かべたばかりのイアンと目が合った。

(食堂にいたんだ)

街に行けばイアンに遭遇する妙な縁があるせいで、想定外に親しく――まではいかないが、普通の学友のような距離感になってきている。先日助けてもらったこともあり、家の方からも礼状等を送っていた。

なぜかじいっと、こちらを窺ってくる。何? とアレクシアは心の中で首を傾げて、視線が手元に注がれていることに気づいた。

(もしかして、かぼちゃプリンが気になる?)

妙な縁で世話になっているので、渡すのもやぶさかではない。

ただ、食堂でアレクシアがイアンに話しかければ注目を浴びる。まだ人の多い時間だ。それを踏まえると、無理だな、に傾いた。

さっと視線を外し、何事もなかったかのように会話に戻る。喜んでくれる二人の反応に手応えを感じていると、テーブルに薄らと影が落ちた。

「ロシェット嬢、今日のそれ何?」

覚えのある声だ。

今日は届けさせるつもりだったのにと顔を上げ、アレクシアは瞳を瞬く。予想通りにステファノが立っていて、なぜかその傍らにはイアンがいた。

「……ミニかぼちゃをまるごと使ったプリンですわ」

「へぇ、俺の分もある?」

ない、と答えて遠ざけたくなるが、絶対に素直には引き下がらないのが予想される。わあわあ騒がれれば、結局のところ注目を浴びるのは同じだ。

文句もため息も、アレクシアはぐっと呑み込む。

空気を読め、とステファノに望んだところで無駄だ。

「ええ、キャフリー様もよろしければいかがですか?」

「いいのか?」

「はい」

渡してさようならのつもりが、空いていたアレクシアの隣に二人はさっと座る。ステファノはわかるが、なんでイアンが? と思考が追いつかなかった。

(何これ、攻略対象者が勝手に寄ってくるんですけど?)

向かいに座る、アリアーナとジェイニーも戸惑っているのがわかる。気にせずにステファノは食べ始め、表情を輝かせ、今までのように感想を二人と話し始めた。

「これは、甘すぎずうまいな」

隣に座ったイアンが、感心したような声を洩らす。

褒められれば、アレクシアも嬉しい。

「お口に合ったようで良かったですわ」

「……もう、大丈夫なのか」

内緒話をするような、密やかな声だ。

珍しいスイーツに夢中の三人の耳にはきっと届いていない。仏頂面がデフォルトなのに、イアンは案外優しかった。

「ええ、ご心配ありがとうございます」

引きずっていることが、まったくないわけではない。

あの日せっかくイアンが誘ってくれたのに、プリンが食べられなかったのがアレクシアは非常に残念だった。