軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「どうしたんだ? あらたまって」

食事をサーブし終えた使用人を、サヴェリオが下がらせる。室内に残っているのは、何を聞いても口外しない信用のおける者たちだ。

軽く、アレクシアは息を吸う。

「お父様、私、王太子殿下の婚約者候補を辞退します」

伺いを立てるのではなく、決定事項として告げることで、強い希望だと伝える。サヴェリオとレイモンドが同時に、驚愕の表情でアレクシアを見つめた。

「シア、どうしたんだい、急に」

訝しむのも当然だ。

誰が見ても、アレクシアはジェフリーに執着していた。

けれど、冷たくあしらわれてもいる。それに対して、サヴェリオとレイモンドが、何も思わないわけがない。

ロシェット家には、財も武力もある。王家としては、縁を結びたい。

本音では今すぐにでもアレクシアを婚約者として定めたいのだが、何代か前の王太子が起こした婚約破棄騒動の余波で、王太子の婚約者を定めるのは学園の卒業時と決められていた。

それまでは王太子妃に相応しい家柄の令嬢が、候補とて名を連ねる。その中から王太子が選ぶのだが、完全に独断で選べるほど軽い地位ではない。王家の思惑もあり、アレクシアが婚約者となるのは確定に近いと、まことしやかに囁かれていた。

面白くないのは、サヴェリオとレイモンドだ。

家の力で婚姻を結んだところで、今のジェフリーの態度ではアレクシアは幸せにはなれない。婚約者候補は辞退もできるので、何度となく辞退を促している。それをアレクシアが拒否し続けてきた。

「病に伏せ、殿下から離れて、追われるようにしていた勉強からも離れたことで時間ができ、色々なことを見つめ直しました」

うっかり、婚約者辞退についてのプレゼンを、頭の中でまとめ上げようとするくらいには暇だった。途中で我に返り、仕事ではないとボツにしたけれど。

「正直なところ、疲れました。殿下はこの先も、私に心を寄せて婚約者へと望んでくれることはないでしょう」

「そんなことは!」

「いいえ、ありません。交流している私が、そのことを一番よくわかっています。婚約者に選ばれたとしても、それは陛下の指示で、殿下が妥協してになるでしょう。そんな関係に、幸せが見いだせません」

間違いなく、完全に家庭内別居になる。表舞台に出るときだけ、仲の良さそうな夫婦を演じるだけだ。

ある意味、それはそれでお一人様に近くていいのだけれど、王族の地位など邪魔なものでしかない。自由に、身動きがとれなくなるのが容易に想像できた。

「充分、殿下には想いを伝えました。けれど、振り向いてはもらえなかった。これ以上あがいて醜態を見せるより、潔く、辞退しようと決めました」

どうかな、どうだろう、とアレクシアは真面目な表情を浮かべつつ、サヴェリオの動向を窺う。

何かしらの結果を聞くときは、いつだってどきどきした。

「そうか」

いたわるような眼差しを、サヴェリオはアレクシアへと向ける。レイモンドは口を挟まず成り行きを見守っているが、婚約者候補辞退に賛成しているのがわかった。

よし、とアレクシアは心の中で拳を握りしめる。間違いなく、レイモンドは味方だ。もう一押し、と口を開く。

「それに」

軽くうつむき、アレクシアは言い淀む。

「それに?」

サヴェリオの優しい声が、続きを促す。

「私は嫁ぐより、お父様とお兄様と、一緒に暮らしたいな、と気付いたんです」

お一人様を目指すにあたり、親の攻略は必須だ。

特にこの世界では、貴族の政略結婚は当たり前のもので、どこの家と縁を結ぶかは親の考えによる。ロシェット家は王族に次いで身分の高い公爵家で、有り余る財がある上に派閥にも属していないので、政略結婚の可能性はかなり低いけれど。

ただ家族のそばに居たいのは、アレクシアの本音だ。

産まれてからずっと愛情を注いでくれた、サヴェリオとレイモンドのそばにいたい。嫁に出されるよりは、この家にいたかった。

「だめ、ですか?」

そろりと、アレクシアは尋ねる。小姑になると宣言しているのだから、さすがにレイモンドは苦く思うかもしれなかった。

「ダメなわけがないだろう!」

がたりと音を立て、レイモンドが立ち上がる。サヴェリオは立ち上がらないまでも、力強く頷き、同意した。

「嫁になど行かず、この屋敷で暮らせばいい」

ああ、と感嘆の声を上げそうになる。すべてが、アレクシアの望む通りになりそうだ。

「いいんですか? お兄様の結婚には、私などじゃまだと思うのですが」

問題を起こしたことなどないが、社交界でのアレクシアには、冷たく気が強いイメージがつきまとっている。ジェフリーを狙う令嬢を牽制し、サヴェリオを狙う様々な女性には、容赦ない物言いで突き放しているのが主な原因だ。

レイモンドを狙う令嬢には、何もしていない。あからさまな兄目当てのすり寄りには、多少きつい言葉をかける程度だ。

親しくもないのに、レイモンドに自分のことをアピールして欲しいと頼む方がどうかしている。さらには、義理の姉妹として仲良くできると思うと言われ、そうですね、なんてアレクシアが喜ぶと考える頭の中はきっとお花畑だ。

けれどシスコンというハードルを越え、レイモンドに選ばれた人が相手なら、アレクシアとしてはいびらず、ケンカなど売らず、おとなしくしているつもりではある。ただ相手からケンカを売られたら、別だ。おとなしくはしていられない。

サヴェリオは間違いなくアレクシアの味方をするので、そうなると、間に入るレイモンドが苦労しそうだ。

「あ、離れに移りますね」

できるだけ、顔を合わせなければいい。名案だ。

「何を言っている! シアを邪険にするような者と、俺が結婚するわけがない」

「はい?」

「そうだ。そんな嫁はこの家に必要ない」

(はいー?)

心の中で、アレクシアは悲鳴を上げる。二人ともが、本気で言っているのがわかった。

(嫁選びの基準がそこ?)

「仮にレイモンドがそんな嫁を連れてきたなら、私と領地に移り住もう。いや、その前にアレクシアの名義で屋敷を建てておいてもいい」

「ずるいですよ、父さん。自分だけシアと住む気ですか!」

「おまえがヘンな女に引っかかったらという話だ」

「引っかかりませんよ! シアを大切にできないような女など、この家には入れません」

(シスコンがすぎる!)

残念なイケメンがここにいた。

思っていたよりも、シスコンのハードルが高い。高すぎる。越えられる人はいるのだろうかと、心配になった。

(それ以外は完璧なのに)

公爵家の嫡男で文武両道、さらに容姿も整っているとなれば、必然としてモテる。それなのにアレクシアを優先しすぎるせいで、いまだ婚約が整っていなかった。

これで更に、婚期が遠のいた気がする。完全にアレクシアのせいなのだが、本気でレイモンドが結婚する気になれば、手を挙げる令嬢は多くいるはずだ。いると思いたい。

「安心していいからな。シア」

シスコン全開のきらきらっとした良い笑顔に軽く引きながら、アレクシアは肩の力が抜ける。家のためにと、結婚を強いられることはなさそうだった。

前世では結婚しろとうるさい母と距離を取るようになり、実家に帰省することもなくなっていたので、会えなくなった今は後悔している。だからこそ、今世での親子関係は少しくすぐったい。

「父さん、すぐにでも婚約者候補の辞退を」

「わかっている。今日にでも手続きしよう」

「いいのですか?」

想定外に、早く話が進んでいく。

「もちろんだ。シアが殿下の妃になりたいと望むから、応援し、婚約者候補でいただけだ」

元々渋っていたサヴェリオは、婚約者候補にしがみついていたアレクシアが手を放すと決めれば、当然辞退に向けてすぐさま行動する。気が急くのか食事を切り上げ、席を立つ名残惜しさを全身でアピールしながら王城へ向かった。

話を聞いた直後に。辞退する旨を国王へ伝える行動力に驚かされる。それだけ、この話がサヴェリオにとって不本意だったということだ。

今まで心配をかけていたことを、アレクシアは申し訳なく思う。無事に辞退できたのなら、父親孝行をしようと心に決めた。