軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10

学園生活に復帰するにあたって、結局今までと変わらぬ公爵令嬢アレクシアスタイルで行くことに決める。そう簡単に、悪役令嬢としてのアイデンティティを手放してはいけない。

それに髪を巻くのをやめ、化粧を薄くすると印象が変わりすぎるからだ。

間違いなく、騒がれる。休んでいた間に何があったんだと邪推され、詮索されるのは鬱陶しい。陰で好き勝手言われるだけならアレクシアは気にしないが、探るような視線を向けられるのは不快だ。

それにジェフリーの婚約者候補数人は、他の人の足を引っ張る機会を虎視眈々と狙っている。ここぞとばかりにねつ造した話を、真実のように広められる可能性があった。

元々褒められた行動をしてこなかったのだが、これ以上家に迷惑がかかるような、偽りの醜聞を広められるのは避けたい。何事かあった時に対処する面倒くささを加味すると、今まで通りで居た方が、平穏な学園生活を送れるはずだ。

髪を巻くために早起きしなければいけないのはとても不本意ではあるが、起きてしまえば支度はすべてマリッサがしてくれる。快適すぎて、もう自分ですべてをやる生活に戻れない。無理だ。

水は低きに流れ、人は易きに流れる。今の生活を維持するために、絶対に破滅は回避するとアレクシアは決意を新たにした。

そして前世の記憶が甦って初めての登校なので、軽く意気込み教室へ入る。けれど、なんてことはなかった。

――アレクシア様、大丈夫です?

――体調はもうよろしいのですか?

――ご無理されないよう、お気をつけくださいね。

いつもアレクシアの周囲にいる令嬢たちからそんな声をかけられたが、社交辞令のようなものだ。適当に相槌を打つと、それで満足していた。

(取り巻きと友だちは違うんだよね)

ため息がこぼれそうになる。声をかけてくれる者誰もが皆、アレクシアの顔色を窺い、不興を買わないよう、歓心を得ようとご機嫌取りをしているのがわかった。

これが幼少期から続けば、傲慢にもなる。身分が物を言う世界なのだから仕方がないとはいえ、少し淋しさも覚えた。

前世ではお一人様を満喫していたが、親しい友人がいなかったわけではない。学生時代は、友人たちと過ごす時間も楽しんだ。

それが今では、身分の近い者は王太子妃候補のライバルで、牽制し合う関係だ。

その中でも公爵令嬢であるアレクシアが、一番身分が高い。誰に遠慮することもなく、以前までは同じように他の候補を優雅な笑顔の下で牽制し、ジェフリーの婚約者の座を得ると信じて疑っていなかった。

(ほんと、胸が痛い!)

思い出すと、挙動不審になりそうになる。今までの行動のすべてが恥ずかしい。

その部分の記憶を鋏で切り取るか、消しゴムで消せたらどんなにいいだろうかと、昨夜はベッドの上でごろごろし、なかなか寝付けなかった。

ジェフリーに対しては、もう幾度となく心の中で土下座している。現代で言う、思い込みの激しいストーカーのようなものだった。

相手の気持ちなど一切気にせず、自分の行動の正当性だけを信じ、気持ちを押しつけ、同じように返して欲しいと請い、返してもらえないと嘆いていた。

嫌われるのも納得だ。逆の立場ならうっとうしいし、気持ち悪い。

家に力があるので下手な対応はできないとなれば、姿を見るだけでげんなりする。最悪な存在だ。

結婚しなければいけないなど、なんの拷問だ。今までずっと、真綿で首をしめるように、ジェフリーを苦しめ続けてきたことが申し訳なさすぎた。

罪悪感がすごい。今までと変わらぬ中立派の立場をロシェット家が護り、アレクシアがジェフリーに姿を見せないことが、唯一の罪滅ぼしのような気がしてきた。

まだ国王の許しがなく婚約者候補の辞退は確定していないけれど、アレクシアの気持ちは変わらない。謁見の申請はしているので、それが叶い辞退を申し出てすぐに、国王が認めてくれることを願うばかりだ。

辞退を機に、関係を改善しようなどという気持ちもない。友人ポジションもいらない。ただ時々遠くから、ひっそりと眺めるくらいは許してほしいと心の中でアレクシアは謝る。ゲームのシナリオに参加する気がなければ、ヒロインの攻略を眺めるだけの楽しい日々だ。

緩みそうになる口元を、アレクシアは引き締める。若干、素の姿を知られたイアンの存在が気になるところだけれど、学園生活で接点はない。クラスが違えば、会う機会は合同で何かする時くらいだ。

ジェフリーともクラスが違うので、アレクシアが会いにいかなければ、早々会うこともない。なんて楽観視して、油断するのはよくないと、アレクシアは身をもって知る。

放課後になり、休んでいた間の課題をもらいに教師の元へ行った帰りに、ジェフリーに遭遇した。

え、なんで、と言う気分だ。

会わないように、近づかないようにしていたのに、まさに帰り際に会うなんてどんな偶然だ。

混乱しながらも、整った顔に目が行く。

きらきら光り輝くような金糸の髪に、甘さのある蜂蜜色の瞳、少し細身ではあるが剣で鍛えられた体躯、正統派王子様と言うのが相応しい容姿だ。

(ほんと、顔がいいな)

一瞬見惚れ、アレクシアは我に返る。非常に、気まずい。

縁を切ろうと奔走していても、相手は王太子だ。ここで無視するわけにはいかない。

だがアレクシアが話しかければ、ジェフリーは気が重くなる。そんな憂いを晴らすため、もう迷惑はかけないと宣言し、今までの行動を唐突に謝罪するのも違和感があった。

(ああもう!)

覚悟を決めて、普段と変わらない態度でジェフリーに挨拶する。他の選択肢が、アレクシアの頭の中には浮かばなかった。

「……体調を、崩していたと聞いた。もういいのか?」

「はい。ご心配をおかけ致しました。もう快癒致しましたので、こうして登校してまいりました」

「そうか」

会話は続かない。

ジェフリーも同じように無視するわけにはいかないと考えた結果が、今の最低限の会話なのだろう。気遣う言葉とは裏腹な冷えた眼差しと沈黙は、これ以上話すことはないという意思表示だ。

いつもならそんなジェフリーの淡々とした態度も気にせず、アレクシアが勝手に話し始めるのだが、方向転換した今は、そんなことはしない。

絡まない、我侭を言わない、要はできる限り近寄らないと決めている。実行もしていて、日課だった待ち伏せての朝の挨拶も、昼食を一緒にとの押しかけも、今日はしていなかった。

「……仮に、休んだ理由が他にあるのなら、意味のないことだ」

うっかり、令嬢らしからぬ声を上げそうになり、アレクシアはぐっと呑み込む。

「他意など、ございませんわ」

冷たい態度をジェフリーに取られるのは、今までの行動から自業自得ではある。凍えた視線も、甘んじて受け入れるつもりではいた。

けれど体調不良もジェフリーの関心を引くためだったと思われるのは、不本意だ。悲しいよりもイラッとくる。気持ちが冷めたせいか、アレクシアの好意がまだジェフリーに向けられていると思われているのが、しゃくに障る感じだ。

婚約者候補など辞退するから! と、今すぐにでも宣言したい。

けれど頭の中の冷静な部分が、アレクシアを止める。誰が聞いているかわからない場所で、迂闊なことは言えなかった。

こうなれば、さっさと立ち去るに限る。家に帰ってこのもどかしさをクッションに当たるか、甘い物を食べて癒やされようと決めた。

「……では、失礼致します。殿下」

以前は名前で呼んでいたのを、敬称に変える。過去のアレクシアと決別したいこともあり、何かいい手はないかと考えた末、呼び方を変えることで一線を引き、気持ちを切り替えることにした。

もう馴れ馴れしくはしない、迷惑はかけないからね、というアピールだったのだが、これも何か企んでいると思われてもおかしくはない。

仕方がない。些細なことからコツコツと、だ。

いきなり、悪い印象、認識はがらりと変わらない。

だからといって何も感じないわけではないので、さっと背を向けその場を立ち去る。背中に視線を感じるが、アレクシアは無視した。