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やってられない婚約破棄

作者: あんど もあ

本文

「貴様とは婚約破棄だ!」

王立学園の卒業パーティーで第二王子の声が響き渡った。

婚約者としては、

「殿下、婚約していたのを覚えていたのですね」

としか言えない。この王子と話したのってどれくらい前だったろう。

「覚えていないのは貴様だろう! 王子妃教育をサボってばかりで!」

「あの……、婚約が決まった三年前には、何度か都合がつかず欠席いたしましたが、この二年近く王子妃教育は行われていませんのでサボりようがありません」

「それでもサボっていたのは事実だ!」

はあ、そうですか。

「私は、新たにこのポーラと婚約する。だがその前に、侯爵令嬢の身分を笠に着て貴様が行ったポーラへの虐待を反省せよ!」

王子の横になぜかポーラが立っている。贅をこらした華やかなドレスと、首と耳と髪には輝く宝石をふんだんに使ったアクセサリー。

何のアクセサリーも着けず着古したドレス姿の私を見たら、普通の人はどちらが虐待してるか逆に想像するだろう。

「虐待も何も、ポーラは私の侍女です。侍女として働く代わりにうちの侯爵家が学園に通わせて、生活の保証をしています」

全然侍女として働いていませんけどね。まあ、侯爵家からお小遣いを渡す理由付けです。

「同じ学生を侍女にする心根が 卑(いや) しい!」

「それは、ポーラを侍女にすると決めた侯爵におっしゃってください」

父兄席の最前列にいますよ。

「貴様は、領地で療養していた幼い頃からポーラを虐げたそうではないか」

「虐げたつもりはありませんが、ポーラは私の家庭教師のローズ先生の娘で、私の友人ではありません」

「同じ家に住んでいたら姉妹も同然ではないか!」

「それでは、王宮にお住みの殿下はたいそうご兄弟がいらっしゃるのですね」

生徒たちから笑いが漏れる。

「お前がそのように可愛げが無い性格だから、ポーラにも人が近づかないのだ」

「それはポーラ個人の問題では?」

私って侍女にされて可哀想~、と鬱陶しいポーラと付き合いたがる人なんて……、あ、王子がいたか。

「ポーラを侮辱するな! 母親のローズ夫人は今は修道院に身を寄せているが、貧民街での炊き出しに献身していて『慈悲の女神』と呼ばれている聖女だ!」

「勝手に聖女認定してはいけませんわ」

王子にそんな権限はありませんよ。

「ああ言えばこう言う……。そのようなふてぶてしい態度もここまでだ!」

王子が手を上げるとラッパが吹き鳴らされ、王族専用通路のカーテンが開かれる。

現れたのは、国王陛下と王妃様、そしてローズ先生が知らない男性と並んでいる。

あの人誰?という皆の囁きの中、進み出た国王が

「こちらは、隣国の王弟殿下でいらっしゃる。皆が知っているよう、10年前に隣国で内乱が起こり、国王が暗殺された。それから第一王子が即位したが、反王家派の活動が活発で、第三王子であった王弟殿下はローズ夫人と娘のポーラ嬢をこの国に避難させたのだ。この度反王家派を無事 殲滅(せんめつ) し、お二人を迎えに来られた」

と、紹介すると驚きの声が上がる。

ドヤ顔で私の様子を見ていた王子は、動じてない私に不満げだ。

「お父様!」

「ポーラ、迎えに来たよ。長い間済まなかった」

感動の親子の抱擁を冷めた目で見ていたら、ポーラから離れて王弟殿下が私の前までやって来た。

「妻と娘が世話になったね」

言葉とは裏腹に圧をかけてくるので、こちらも遠慮なく言い返す。

「はい。とても迷惑をかけられました」

周りが息を呑んだ。

ムッとしてる王弟殿下に、更に言い 募(つの) る。

「王弟殿下は妃殿下からの手紙で『家庭教師に身をやつして、耐え難きを耐えている』とでも聞いているのでしょう。自分は世界一不幸だと思っている方ですから。でも、迷惑を 被(こうむ) ったのは私です」

「ほう」

「妃殿下が、実家の伯爵家は反王家派が目をつけているかも知れないと、仲の良かった従姉妹である侯爵家の私の母に助けを求めた時、妃殿下とポーラを守るために侯爵家がどうしたかご存知ですか?」

返事が無い。

「8歳の末娘が病弱なために家庭教師の母子と共に領地へ療養に行く事にする、と決めたのです。私は、病弱でも何でもないのに家族から引き離されました」

「それは……」

「帰りたいと手紙を出しても返事はありませんでした。最初は寂しくて、お父様やお母様が恋しくて泣いていたのですが、まもなく諦めました。何故だと思います?」

「さあ……」

「屋敷の人が皆、ローズ先生とポーラを守るための人だったのです。ローズ先生の肌に蕁麻疹が出たら敵の陰謀かと護衛を増やしますが、私が転んで膝を擦りむいても誰も関心を持ちません。ポーラがくしゃみをしたら医者を呼びますが、私が風邪をひいても気にする人はいません。私は自分で水で傷口を洗ったり、布団に潜り込むしかありませんでした。ローズ先生とポーラが楽しそうに過ごすのを横目で見ながら、『自分は悪い子だから家族に捨てられたのだ』と思い込んだのです」

そう思えば耐えられるものです、と言う私に王弟殿下は目を逸らす。

捨てられたと思い込んだ私は、執事に家庭教師の手配を頼んだ。ローズ先生の貴族のマナーや常識の授業ではなく、仕事に就くための知識を教える教師を。いつ侯爵家を追い出されてもいいように。

最初は「ローズ先生がいるのに」と乗り気では無い執事だったが、「ローズ先生の負担を減らしたいの」と言ったらすぐに手配してくれた。

やって来た家庭教師は、侯爵令嬢の私が家庭教師の母子より質素な服を着ているのを見て何か察したのだろう、私が一人で生きていくために何を学ぶべきか、誰と出会うべきか、どういう経験を積むべきかの知識を熱心に教えてくれた。

「季節ごとにローズ先生やポーラには二人を心配した母から大量の荷物が届きましたが、心配する必要の無い私には何もありませんでした」

王弟殿下を見据えて言う。

「私より豪華なドレスを着て、使用人たちに守られて、母親の愛情に包まれているのに『私ってかわいそう』と言っている女の子と仲良くしたくない、と思うのは虐待なのでしょうか?」

「………」

王弟殿下が言葉に詰まった。

「私の誕生日ですらお祝いなど届かず。兄や姉の結婚式にさえ呼び戻されず。でも、嫁ぐ前に姉が手紙で私がここにいる理由を教えてくれたのです。『あなたももう理解できる年齢だから』と」

初めての手紙に大はしゃぎした私は馬鹿だった。

「私には、理解できても納得できませんでした」

誰も私の幸せは考えてくれていない!と、久しぶりに大泣きした。いけない、思い出しただけで泣きそうだ。

「そして王立学園に入学する年齢になり、やっと侯爵家に呼び戻されたのですが、ポーラの安全のために寮に入れと言われたのです」

ポーラが驚いている。

「侯爵家に住んで学園に通えば、誰かがポーラの出自に気付くかもしれない。王立学園の生徒の中なら、ポーラと10年も前の他国の内乱を結びつける事はないだろう、と。聞いた事あります? 侍女に合わせて侯爵令嬢が寮に入れられるんですよ。本当に侯爵家に私の居場所は無いのだと絶望しました」

侍女にさせられたポーラは、これは私の虐めだと本気で思ってたのだろう。

「そして、いつの間にか決められた婚約者は、いつの間にかポーラに奪われました。まあ、分かります。親があてにならないので、良い夫を捕まえようと必死だったのでしょう」

王子が驚きの目でポーラを見る。

ついさっきまでは、意地悪な侯爵令嬢に虐められるいたいけな隣国の王族の令嬢、と思ってたのにね。

「あなたが10年も妻子を放っておくから、私の10年はあの二人の犠牲になりました」

「な……何と言ったらいいのか」

「謝罪は要りません。時は戻りませんから」

切り捨てて、国王陛下に向く。

「 畏(おそ) れながら、この除籍届の承認をお願いいたします」

ポケットから出した用紙を、陛下の横に立つ護衛に渡す。彼は、危険物では無い事を確認して陛下に渡した。

除籍届に目を通した陛下が

「侯爵家からそなたの除籍であるな。問題ない。承認する!」

と、宣言すると会場に驚きの声が響く。

その声の中から

「お待ちください!」

と侯爵夫妻が慌てて進み出て来た。

「お前は何を勝手な事を!」

私に怒鳴りつけるが

「成人後の除籍には、当主の許可は要りませんわ」

と言い返す。

成人するのを、この卒業をどれだけ待っていたか。

「陛下。このような世間知らずを侯爵家から放り出すような真似は、我々には許容出来ません」

侯爵は、矛先を陛下に変えた。

「世間知らずとは何を言ってる? この娘ならば、学園が休みのたびに市井で働いてたではないか」

陛下の返しに、侯爵夫妻が本気で驚いている事に陛下も驚いている。

仕方がないので、「畏れながら」と進み出た。

「陛下。この者たちは、私が三年間一度も侯爵家に戻っていない事に気づいておりません」

多分、ポーラが帰って来たら一緒に私も帰って来たと思って、顔を合わせなくても「部屋にいるだろう」「領地にいるだろう」で済ませていたのだろう。

呆れた表情の陛下に、さすがに侯爵夫妻も気まずそうだ。

私は、学園の長期休暇のたびに色々な商会に事務として臨時雇いしてもらった。

大きな商会ではその幅広い取り扱い品に驚き、その分類と仕分けの仕方を覚え、小さな商会では荷運びや接客に駆り出されて得難い経験をした。

そんなこんなで侯爵家に帰る事無く過ごしていた私は、ある商会の会長に「私の国に来ないか」と誘われた。

「この国で平民になったら暮らしにくいだろう?」

会長は、商会で見かけた「自称:没落しかけの貴族の娘」の私に興味を持って調べたら、想像以上の報告内容に驚いたそうだ。

「侯爵家や王家が、また利用しようと平民の君に手を伸ばすかもしれない」

「ああ、確かに……」

商会の従業員として身元を保証し、新しい国で暮らせるようにしてくれると言う。

私は、会長の言葉に甘える事にした。

卒業したら、成人したら侯爵家を出よう。

この国を離れよう。

そう思って耐えてきた。

陛下は、私が除籍するつもりと気づいていたのですね。

王子妃教育に呼ばれなくなったので、そうじゃないかなとは思っていたのだけど。

「なあ、侯爵。私は『息子の婚約者にどうだろう』と思って見ていたから覚えているのだが」

「はあ」

「侯爵令嬢の着ているドレスは、三年前の入学パーティーの時のドレスではないか? まさか、三年間一着もドレスを買い与えていないのか?」

「え……? そ、それは、欲しいと言わないので」

会場が沈黙した。

そう。侯爵家の人は、ポーラが必要だと言えば新しいドレスを作るのに、その時「ポーラがドレスを必要なら、娘にも必要なのでは」という発想が湧かない。

まあ、「いつ私の事を思い出すかな」と私からは言わないで面白がっていたのは内緒なのだが。

毎月届けられる生活費以外は、侯爵家には何も期待してなかった。

おかげで、学園のパーティーでは毎回同じドレスの侯爵令嬢と、毎回新しいドレスの侍女、というおかしな図が出来上がる。

しかも、侍女はそれをおかしいと思っていない。

だから皆、「あの侍女はおかしい」と悟って近づかなくなったのだ。

侯爵が黙ったので、国王陛下が私に向かう。

「そなたには長い間苦労をかけた。息子との縁談がそなたの新しい居場所になればと思ったのだが」

「それは、今度は殿下を犠牲にするという事です。これで良かったのです」

「そう言ってくれるか。しかし、息子は何を聞いていたんだ。婚約破棄だの虐待だのと。そなたの名誉を傷つけた事の責任は必ず取らせる。容赦しない処罰をしよう」

「ご配慮に感謝します」

御前を失礼しようとしたら、王妃様に止められた。

自分のつけていた真珠のネックレスを外して、私の右手を取り、

「これを。 餞(はなむけ) です」

と、私の手のひらに載せてくれた。

思いがけないプレゼントに、涙がポロリと落ちる。

慌てて頭を下げてお礼を言って辞した。

両手のひらに包まれた初めてのプレゼント。

気分のいい私は、自分の妻と娘のせいで侯爵家から出て行く私を申し訳なさそうに見ている王弟殿下に気づくと、ひとつ忠告してあげる事にした。

「最後に、情報を差し上げますわね。ザース商会とトルマリン商会が、隣国からの撤退を検討しています。やっと経済が安定してきたのにお気の毒です」

「なっ……! いやまさか。何の理由があると言うんだ」

「そこの『慈悲の女神』ですわ」

ずっと自分の事が話題になっているのに、他人事のように淑女の微笑みで立っているローズ先生に目線を送る。

「慈悲深くて、いつも炊き出しの予算以上に貧民に 施(ほどこ) して、食材を手配した商会への支払いの不足分を『慈悲の心で』と踏み倒す女神様」

王弟殿下の驚いた顔と対照的に、何が悪いのか分からない、という顔のローズ先生。

「そんな人が王弟の妃として戻ってくると知ったら、そりゃあ逃げます。あの国の王族は内乱があっても何も変わってない、と判断して」

国家規模で『慈悲の心』を強要されてはたまらない。

「経済が混乱して、また反王家派が台頭しないといいのですが。あ、でも娘さんがこの国の王子をゲットしたので、内乱が起きても今度は王子が先頭に立って戦ってくれますね。良かった」

王子がポーラを見る目がすっかり氷点下になっているが、私には関係無い。

「それでは皆様、どうぞお幸せに」

カーテシーをしたいが、両手がネックレスで塞がっているので、ぺこりとお辞儀をして会場を去る。

衆人環視の中で私を追いかける勇気のある人はいなかった。

早足で学園を突っ切って校門の前に立つと、すぐに馬車がやって来た。

馬車の紋章が国内の貴族の紋章ではない事に門番が不審そうに見ているが、気付かぬふりで私は乗り込んだ。

座席に座ると、やりきった微笑みが浮かぷ。

侯爵家に押し付けられたあの二人のための人生は終わった。これからも辛い事があるだろうけど、真珠のネックレスが私に勇気をくれるだろう。

穏やかに馬車が走り出した。

もう、寮にも侯爵家にも戻らない。

これからが私の人生だ。