軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21:伯母との出会い

外観はどこの村にもある小さい教会だった。しかしサイデルフィア領の特徴として、教会管理の設備が裏手にある。村の寄合所と言ったところで、主に会議や祭事の準備場に使われる。エルセイロ王国の他地域の教会と違い、旅人を泊める部屋はない。

村の唯一の食事処の二階が簡易宿となっている。今回オズワルドが招いた研究員たちもそこに泊まっている。さすがにそこに領主の足を運ばせるのも抵抗があったのだろう。彼らは教会の会議場で待っていた。

「辺境伯様、お世話になっております」

声をかけて来たのは代表者と思われる中年の女性だった。その女性はオズワルドに挨拶をした後、アミィに視線を移し、にっこりと微笑んだ。

「奥様、アミリシア様の旧姓はブロールンで間違いございませんか?」

いきなりの問いにアミィは面食らうが、年齢を重ねていても美しいその女性に既視感がある。初対面には違いないのだが。

「は、はい」

想定外の事が起こると人は反射的に応えてしまうものらしい。

「初めまして。私はアメリア・ミッダイトと申します」

(……アメリア……あっ!)

「もしかして……アメリア伯母様ですか!?」

既視感も何も、黒髪に深い青色の瞳。__アミィの父親によく似ているのだ。つまりアミィ自身にも似ている。

「そうです。初めてお会いしましたね」

「あの……姪になるのですから、敬語をやめてもらうと……嬉しいです」

「え? でも貴女は辺境伯夫人ですし」

アミィがちらりとオズワルドを窺うと目を見開いているので、知っていたわけではないらしい。アミィの視線に気がついた彼は、彼女に小さく頷いた。

「ミッダイト女史、妻の望むように接してやってくれないか」

アメリアは「有難うございます」とオズワルドに礼を述べると、再びアミィに向き合う。

「私は結婚する時にエディに縁を切られちゃったから、貴女の存在は知っていたけれど会う事も出来なかった……。今更伯母面は馴れ馴れしすぎるかと思ったのよ」

「縁を切られた!? 父と結婚してからアメリア伯母様は寄り付かなくなったと伯爵夫人からは聞いていたんですが」

「ジョゼット、ね。前伯爵夫妻についてはどう聞いている?」

アメリアの理知的な瞳が少しの剣呑さを宿す。

「父の結婚を機に引退して領地に引きこもったと。私が引き取られてからは不義の娘が居る屋敷は穢らわしいからと言って、王都の屋敷を訪れた事はないらしいです。だからお会いした事はありません」

アメリアが肩を竦めた。貴族女性っぽくない仕草だ。

「ブロールンは貧しい領地よ。侯爵家のジョゼットとのお見合いで、先方は多額の持参金を示したわ。条件はエディに爵位を譲渡して父母は領地に住み、王都での交友は不要。つまり出てくるなって意味。__父は身体を壊していて歩行が不自由な状態で、母も引っ込み思案な性格だし特に揉める事はなかったそうよ」

それからアメリアは唇を噛む。

「私はとっくに実家を出て研究所住みだし文句を言える立場じゃないし、領民が豊かになるなら良いと思っていたの。ジョゼットはエディに惚れていたから結婚までは大人しくしていたようね」

「はあ……」

あのジョゼットも若い時は可愛げもあったのか。

(……伯爵は顔だけはいいからな。浮気されて子供までいると知ったら、そりゃあキレるわよ)

アミィは女としては、ずっと夫人に同情的である。実家が格上で持参金込みの嫁入りなら、父はもっと妻を大事にすべきだ。今も単発的な浮気は絶えない。夫人は今でもあの腑抜けな父が好きらしい。蓼食う虫も好き好きか。

「私は生涯独身でいいかと思っていたんだけど、勤め先の科学器具制作局にジェメイル王国の農学者の現夫が共同研究者としてやってきてね。縁あって結婚してジェメイルに移住したの。今はその縁であちらの化学研究所に勤めているわ」

(アメリア様の名前が出るのは夫人が嫌がっていたから近況は知らなかった……)

「……やっぱり結婚は家長に報告しないといけないと思って、ジョゼットが不在時を狙ってエディに会ったのだけどね」

アメリアの声が小さくなる。

弟は激怒したのだった。

『なんで姉さんだけ好き勝手に生きてるんだ!? 女だてらに若い時から研究三昧で別邸まで建ててもらって! 貴族の娘ならその才色兼備を武器に、とっとと金持ち貴族に嫁いでブロールン家に援助して欲しかったよ! それがジェイメル王国の貧乏学者と結婚するだって!? 俺は嫌々地味なジョゼットと結婚したっていうのに! もういい! 姉さんは勘当だ!!』

「……貧乏学者って人の夫に失礼よね。でも初めて弟の想いを知ったのよ。もっと家族に関心を持っていれば良かったのかしらねえ」

「父はアメリア様ほど両親に愛されていないと思っていたのでしょう。跡継ぎとして厳しく育てられたと恨んでいたのではないですかね。厳しく育てられてあんな甲斐性無しなら、領主の素養などありませんけど」

「んんっ!」

オズワルドが口元を押さえて、笑いを耐えている姿が目に入った。

「オズ様?」

「……ご、ごめんアミィ、で、でも、甲斐性無しと言われる父親って……」

オズワルドの笑いのツボはよく分からない。しかし、はっと気がついてアミィはアメリアに「す、すみません、弟君の悪口を」と頭を下げた。

「いいえ、甲斐性無しなら父もだわ。でも文官として王城勤めをしていた分、自身の労働でお金を稼いでいたからまだマシね。エディは領民税だけで暮らしているんでしょう?」

「奥方の実家の援助があった数年前までは、まだ良かった。でも侯爵家が代替わりして奥方の叔父が継いだ。それから彼はブロールン家への援助一切を絶った」

「まあ、義妹の実家の財で優雅に暮らしていたのですか」

オズワルドの話にアメリアは呆れている。

「奥方の父親がクズ同然のダイヤモンド鉱山に投資して失敗したそうで、財産がグッと減った。もう呑気な一家に援助する余裕もないんだよ」

そこまで調べていたのかとアミィは驚く。結婚後も嫁の実家に優雅な暮らしぶりを支えてもらっていたなんて知らなかった。おそらくリーゼロッテも知らない。異母姉は次期当主のくせに、自分が購入したドレスやら宝石やらの金額も知らないし〈収支〉の概念すらないだろう。お金はどこかから勝手に湧く物だとでも思っているのか。

両親ともに夫となる者に領地運営を丸投げするつもりだから、関係ないそうだ。他力本願すぎるし、とても優秀な婿が必要である。

アミィが実家がやばいと感じたのは、税率を上げるだの使用人の給料を減らすだのの話を漏れ聞き、護衛騎士の数がかなり減ったからだ。少数精鋭ではなく、安い金で雇える年配者を残している。“護衛がいますよ”と体裁を整えるためだけの存在で、本気の戦闘経験などなさそうな頼りない騎士たちだ。

アミィは彼らを一度に相手しても、全員沈められる自信がある。

「……よくアミリシアの持参金が捻出できましたね」

アメリアの疑問は尤もだ。伯爵家から辺境伯家に嫁ぐなら、それなりの持参金があるのが一般的な考えである。

「ありませんでした」

「え?」

アミィの返答にアメリアは“信じられない”と言いたげな顔をする。

「本当だ。こちらから相場の倍以上の支度金を渡してアミリシアを迎えた」

オズワルドの言葉に「そんな恥知らずな……」とアメリアは動揺している。

「サイデルフィア家に嫁入りさせるのに持参金もなかったなんて」

「アメリア伯母様、客観的に見ると私は買われた立場ですが、オズ様が払ってくださった支度金は、ブロールン家との手切金だと思っています」

「今後、アミリシアに関わらせないための必要経費です」

「手切金……必要経費……」

この若夫婦はなんて言葉を使うのだろう。

「伯母さまは父に勘当されたそうですが、私は実家から逃げたのです。縁切りしたので立場は同じですよ」

違う。状況が全く違う。アメリアは言葉を失くす。

あのジョゼットが不義の子を認めるわけがない。婚外子の姪は辛い少女時代を送ってきたのだろう。ならば辺境伯は救世主か。ここまで明るくなったのは彼の力なのか……。

普通の娘を想像してアメリアは心を痛めた。陰ながら不遇の姪の力になってやれたのではないかと後悔する。

「あ、伯母様の別邸で暮らしていました。とても快適な空間でした」

「え? 物置き場所にでもなっていたんじゃないの? 押し込められたの?」

「そうですが監視もなくて伸び伸び過ごせました。有難うございます」

この姪は随分強かなのではないかと、アメリアは何となく気がついた。

農業の話をするつもりが思わぬ邂逅があり、オズワルドは二人の邪魔はしなかった。アメリア・ミッダイトは気さくで有能だ。生活拠点がジェイメル王国なのも、こちらでのしがらみが薄くて良い。

ぜひアミィの親戚として、彼女と仲良くしてほしいと思った。

(前伯爵夫妻? 領地に押し込められたのをいい事に反りの合わない息子夫婦と距離を置いて、庶子とは言え孫娘に会おうとしなかった者たちなど知らん)

オズワルドは領地で清貧な生活を送るアミィの祖父母には全く興味がなかった。