作品タイトル不明
生態系の覇者 ⑮
取りあえず、最終判断は渡河地点の防備を整え終わってからにしろ、ってことで、雑談も棚上げされた。
そして、河岸と川底の様子を確かめながらの移動を30分間ほど。
亀のような歩みで行軍を続けた私たちは、ついに目的地に到達した。
仮の本陣ということで総大将ルナリアの傍に私も待機していて、私たちの周りに大人たちが集まっている。
「ここが渡河地点で間違いないのか?」
「ああ。敵の痕跡を見付けた」
ドネルクさんの確認に、検分から戻って来たお母様が頷く。
「痕跡だと?」
「数カ所の血痕と装備品がいくつかだ。見るか?」
2ヶ月近く前の血痕がまだ判別できるってことは、かなりの出血量だったんじゃないかな。
案内人として背中を向けようとするお母様を呼び止める。
「・・・私も見て良い?」
「わたしも!」
同行を主張する私たちの顔をお母様が真剣な目で見比べる。
「かなり生々しいが大丈夫か?」
「平気よ!」
「・・・私も平気。今さらだよ」
ルナリアも私も即答する。
自らの生死が懸かった緊急事態とはいえルナリアも敵兵を手に掛けているし、私なんてすでに数百人単位で人の命を奪っている。
獲物を含めた“生物”という括りで言えば、数百数千もの命を殺してきた私たちだ。
干からびた人間の手足が2~3本落ちていたとしても、今さら驚かない。
「こっちだ」
軽くおどけた感じに肩を竦めたお母様が背中を向ける。
先に立つお母様の後を追って付いていくと、経験豊富なジアンさんの指揮で捜索と探索が続けられていて、ピーシーズが真剣な表情でジアンさんから指揮官の在り方を学び取ろうとしている。
「ジアン。どうだ?」
「やはり水深は2メテルも無い様子です。多少、流れは速いですが渡れないこともないでしょう」
河岸の縁ギリギリに立つジアンさんが目を向けたのは、数人掛かりで担ぎ上げた細い丸太をナーガ川の流れに突っ込んでいる新人さんたちの姿だ。
その辺りに生えている若木を伐ってきたので有ろう建設現場の仮設足場に使うような丸太をみんなで持ち上げて、川の流れに丸太の先っぽを差し込んでるんだよ。
水中には魔獣が棲んでいるから水の中には入れないからね。
長さが10メートルほども有る丸太には50センチメートル刻みほどで目盛りとなる傷が付けられていて、あの丸太で川底を突っついて水深を測っているらしい。
水流の力というものは、とても強いもので、膝の高さほども水深が有れば歩いて渡ることは困難になる。
そうなると泳ぐしかなくなるんだけど、水の流れを横断しようとすれば、当然、真っ直ぐには泳げない。
横向きに押し流されつつ前進することになるから、この場所に着岸したので有れば、敵兵の入水地点はもっと上流側ということになる。
「・・・あんなところから泳いで渡って来ようとしたんだね」
「あんなところって?」
私の口を突いて出た呟きに、足元の崖下を覗き込んでいたルナリアが反応する。
ジアンさんと同じように河岸の縁ギリギリに立って対岸の上流側を見渡せば、対岸側の河岸もこちら側の河岸と同様に、水に削り取られて崖状の地形となっているのが分かる。
「・・・こちら側の崖を見下ろせば分かるけど、河岸から水面までの落差は低いところでも3メートル近く有るじゃない?」
「そうね」
「・・・お爺様たちの予想では、前回の侵攻で採掘場を背後から襲おうとした敵の潜入部隊は1個大隊規模だろうって」
私が挙げた敵戦力予想にルナリアがコテリと首を傾げる。
「大隊って何人ぐらいだっけ?」
「・・・500~600人かな」
現代の地球を基準にすれば、そのぐらいのはず。
「・・・虫でも魚でも夜間に明かりを灯せば集まって来るものなんだよ。きっと魔獣も同じじゃないかな」
「魔獣が集まって来るのを避けるために明かりを灯さず、暗がりで垂直に近い崖を這い下りたってこと?」
「・・・たぶん、そうだと思うよ」
手元さえ怪しい暗がりの中で、数百人もの人間が垂直な崖を無事に下りられるものだろうか?
私と同じ疑念を抱いたらしいルナリアが眉根を寄せた。
「それ、落っこちちゃわない?」
「・・・落っこちただろうね」
ルナリアと2人で対岸側の崖下に目を凝らす。
「崖の下に飛び降りられるような地面は無さそうよね」
「・・・だとすると、川の流れに飛び込むことになるね」
初代レティア卿が河畔に砦を築いたように、ナーガ川は天然の要害なのだという思いを強くする。
ルナリアも私と同じ思いを抱いたんじゃないかな。
私の状況予測に、魔獣というもののパワーや凶暴さを知るルナリアが返してきた感想は端的でシンプルなものだった。