軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

生態系の覇者 ①

「お前、コレの始末はどうするつもりだ?」

「・・・ああ。ラクネの死骸かあ」

お母様が顎先で指したのは、ガンガン燃やしまくって黒焦げになったように見える木々の合間を埋め尽くすような、折り重なった節足動物の炭化した死体だった。

なお、「黒焦げになったように見える」魔の森の木々は、そう見えるだけで明日には新芽を出すんだろう。

「魔石が要るんじゃないのか?」

「・・・う、うん」

お母様が確認してきて黒焦げの死骸に目を向け直す。

もちろん魔石は要るよ? 要るんだけど、コレ、魔石も燃えちゃってない?

いや待て。焚き火で生肉を焼くときに火が近すぎると、表面だけが黒焦げになって中身が生焼けという状態は多々有る。

木炭で作った蜘蛛型のオブジェに見えても中身までは炭化していない可能性が有るよね。

オーブンで焼いたグラタンやラザニアみたいに、表面はカリッと焦げ目が付いていても中身は熱々トロトロで良い具合に仕上がっていてもおかしくはない。

「・・・蜘蛛の魔石って、どこに有るの?」

「腹の背中側らしいぞ。そこに魔石が有るということは、そこが心臓なんだろう」

お母様の答えは伝聞形だった。

過去の伝承や文献の記述を語るときにはよく有ることだけど、目の前に現物が有るのにお母様がこういうハッキリしない物言いをするのは珍しいな。

「・・・へー。らしい、ってことは?」

「アスクレーがそう言っていた。そんな食えもしないものを、私は解剖したことがなかったからな」

ちょっと言い訳がましく聞こえるお母様の表情には、隠し切れていない嫌悪感がある。

これはアレだ。平然とした表情を取り繕っては居るけど、生理的に触りたくないんだろう。

蜘蛛を可愛いとか言い出す特殊な感性を持った人はたまに居るけど、普通、胴体が人間の頭部よりも大きい蜘蛛なんて、1匹でも見ていて気持ちの良いものではないからね。

それがワサワサと這い寄ってきた無数の群体ともなれば、不快感が限界突破して嫌悪感に格上げされるのは理解できる。

蟹や海老も蜘蛛と同じように多脚生物なんだけど、前者を見て嫌悪感を表す人は少ないのは何でなんだろうね。

タラバガニなんて実際には蟹じゃなく蜘蛛に近いヤドカリの一種らしいけど、タラバガニに嫌悪感を表明する人は滅多に居なかった。

まあ良い。二度と食べられない異世界生物となってしまったタラバガニのことは忘れよう。

今はラクネの魔石だ。

「・・・アスクレーくんがラクネの死骸を切り刻んでたって聞いたけど、本当に解剖だったんだ?」

「熱心に描き取ったりしていたぞ」

紙に炭筆で描いてたのかな?

生物学者のフィールドワークか。

ある程度は剣術を習っているアスクレーくんも私と同じように大型ナイフを腰に提げては居たけど、ちゃんとした剣や槍は手にしていなかった。

なのに、命懸けの探索行に武器よりもスケッチ画材を持参するとか、なかなかのズレっぷりだね。

「・・・意外と本格的」

「あいつは文官寄りな性質だと考えていたんだが、学者寄りだったようだな」

「・・・そうだね。その方が一番しっくりと来るかも」

学者肌なバルトロイさんと似たところは有るものね。

可愛い甥っ子の成長が嬉しいのか、お母様の口元も緩んでいる。

レティアの領主館でアスクレーくんが自室に引き籠もって読み漁っていたのは、図書室から持ち出した魔獣関連の史料や文献が中心だったことは私も耳にしていた。

四則計算や語学はシェリアお婆様が及第点を出すほどで、王国史や地政学もそこそこ出来るらしい。

そんなアスクレーくんだから魔獣関連の勉強に熱を上げていても、誰も咎めなかったわけだけど、マニアックなアスクレーくんの探究心が早速役に立つとはなあ。

お母様の目が再び黒焦げの木々へと向けられる。

「クズ魔石が欲しいと言っていただろう? とはいえ、いかんせん数が多い」

「・・・帰り道に処理するのではダメかなあ。今は渡河地点を目指すのを優先したいし」

魔石は欲しい。欲しいけど、優先順位を間違えるわけには行かない。

私たちが森の奥を目指しているのは敵国の侵入経路を断つためだ。

ウォーレス領において国境防衛は何よりも優先される。

多少の魔石を持ち帰ったところで、渡河地点に防塁を築けなければ作戦そのものは失敗になる。

「放置していけば、別のラクネに食い荒らされるかも知れんぞ?」

私の答えに満足そうな笑みを浮かべながらも、欲望を諦めきれない私の本音を見透かしているお母様は、からかうように私の判断を揺さぶりに来る。

市場価値が低いクズ魔石だとしても魔石は惜しい。

巨大スライムには効かなくても、私はスライム畑そのものに失望したわけじゃないからね。

最優先の任務を果たすために往路での魔石回収は諦めたとしても、時間的な余裕が出来る復路でなら回収出来ない?

休憩が終わるまでの短時間の間で保全処置を施して回収作業を棚上げすれば、計画にこれ以上の影響を出さずに済むんじゃないだろうか。

死骸を集めて回るのは時間も手間も掛かるだろうし、希望的観測だけど、一部だけでも魔石を回収できれば実験用の農地ぐらいは作れるかも知れない。

「・・・そうだよね。1ヶ所に集めて囲っておくのはどうかな」

「ふむ? 集めるだけなら土術式で一気にイケるか?」

提案と呼べるほどでもない私の思い付きに、顎先に指先を添えたお母様が首を傾げる。

思案顔でお母様が口にした言葉に驚いた。