作品タイトル不明
迫る影 ⑱
難民たちが今すぐにでも欲しいものは飲み水と食料のはずだ。
飲み水は魔法で補うと仮定すれば、必要なものは食料だと絞ることが出来る。
けれど、私たちが食料保管庫に居たのに誰も食料を運び出しには来なかった。
私たちの疑問にレヴィアさんもマーシュさんもニコリと笑う。
「備蓄倉庫は領内各地に有りますから、レティアから持って出る必要は無いのですよ」
「そうなのね!」
「・・・なるほど。空荷で走った方が馬車も速く走れるのか」
納得した。
納得した部分は違ったみたいだけどルナリアと2人で頷く。
現地の近くにも備蓄が有るのなら、わざわざ運ぶ必要がないわけだね。
鍵だけ持って現地へ走ればいいだけだ。
何も積んでいなければ、当然、馬の足は軽くなる。
さすが物資供給のプロは仕事が違うよね。
「そういうことです。距離も長く走れますよ」
常に戦争に備えているウォーレス領の兵站システムの一端を教えて貰いつつ、演壇へと戻ると誰の姿も無い。
もちろん人だらけなんだけど、責任者の姿が見えない。
周囲を見回したルナリアが首を傾げる。
「あら? お婆様たちが居ないわね」
「本当ですね・・・。どちらへ行かれたのでしょうか」
お婆様たちだけでなく、エターナさんたちの姿も無い。
レヴィアさんとマーシュさんも、何も聞いていなかったようで周囲を見回している。
第2便が到着しているので配給の待機列は健在で、メイドさんたちは相変わらず忙しく立ち働いている。
私も一緒になって見回していたら、ガーン! と、交通事故でも有ったのかと思うような、金属同士がぶつかる重たい音が聞こえてきた。
音の発生源は炊き出しの後ろ側、恐らく乗馬訓練場だ。
「・・・何? 今の音」
「誰かが模擬戦をしているのかも知れませんね」
訓練用の鉄剣とも違う聞き馴染みの無い音に私が首を捻っていると、普段よりも目付きが鋭くなっているレヴィアさんたちが人垣の背中に視線を向けた。
思案顔で宙へ視線を飛ばせていたルナリアがコテリと首を傾げる。
「んー。エターナとエイラじゃない?」
「・・・あっ。そうかも」
言われて思い出した。
もしかすると、今の音は盾をぶつけ合った音か。
そう言えば、エターナさんがエイラさんに「見てあげる」と言ってたね。
”実力を見る”という意味だったのだろうし、有り有るな。
人間の手に持った盾同士をぶつけ合ったとして、どんなぶつけ方をすれば、あんな音が出るのか分からないけど、聞き慣れない音だけにルナリアが提唱する仮説には説得力がある。
好奇心で表情を輝かせるルナリアにガシッと手を取られた。
「行くわよ!」
「・・・ああ。うん」
面白そうなことが起こったなら、率先して見に行くのがウォーレス領の人たちだ。
ルナリアも例に漏れないし、それだけ娯楽が少ないのだ。
ただでさえ、今のルナリアの興味は剣術に向いている。
王様から"銘”を貰ったことも有って、責任感の強いルナリアが手を抜くわけがない。
普段から暇が有ればピーシーズとあれこれ練習してるものね。
自分の手で木剣を振り回すのではなくとも、他の人の模擬戦を見学するだけで立ち回りなんかの勉強にはなるものだ。
ルナリアに手を引かれて、周りの様子を確認しながらいそいそと早足で歩く。
まだご飯を食べている人、車座になって他の人たちと話し込んでいる人、乗馬訓練場の方へ向かっている人。
色々だけど、人々の表情に悲壮感は無いように見えて胸を撫で下ろす。
人垣の中へ突入するのを避けて人垣の後ろを厩舎側へ回り込んでいくと、柵の最前列にディディエさんたちが脇を固めている探し人たちの姿を発見した。
「あっ! お婆様!」
ルナリアがよく通る声を上げると、孫娘の声に気付いたセリーナお婆様にチョイチョイと手招かれる。
セリーナお婆様の隣にはシェリアお婆様も居て、シェリアお婆様は生徒の出来を見極める教師のような目で乗馬訓練場の柵の中を見つめている。
また金属同士がぶつかる派手な音がして、私の目も柵の内側へと向く。
衆人環視の中、柵の内側で大きな金属製の盾と木剣を手に向かい合っているのは、ルナリアの予想通りエターナさんとエイラさんだ。
傍へ駆け寄ると、セリーナお婆様が首を傾げる。
「姿が見えなかったけれど、何をしていたのかしら?」
「・・・食料保管庫で農作物の処理を決めていました」
探してたのかな?
いや。エターナさんたちが戻って来たのに私たちの姿が見えなかったから心配したのかも。
「ああ。アレね」
私の報告にセリーナお婆様はアッサリと頷いた。
早急に対処を要する案件としてワールターさんの口から出て来るぐらいなのだから、お爺様たちの留守を預かるお婆様たちの耳に入っていないわけが無い。
それ以上の確認が無いということは、そっちの処理へ回った私たちの判断は間違っていなかったのだろう。
冬の季節はまだまだ続くし、備蓄してある他の食料まで傷んだら一大事だものね。
一安心したところで、私の質問も良いかな?