作品タイトル不明
迫る影 ②
「・・・リテルダニア王国では違法なんだけどね。その奴隷売買を阻止してくれて、私が生き延びられる隙を作ってくれたのが、今のお母様とお父様。フレイア・ピーシス前伯爵とハロルド・ウォーレス前公爵だよ」
「“白焔の魔女”ピーシス閣下とウォーレス閣下ですか?」
お母様たちはエクラーダ王国では遠路はるばる援軍に来てくれた恩人だからね。
軍人の間では今でも知名度と信頼を保っていることは、エターナさんたちがレティアに来たときの初面談時に判明している。
肩書きのことは、当時の爵位で言えば良いのか今の爵位で言えば良いのか私には判断が付き兼ねたから、圧力を掛ける意味で高い方の爵位を選択してみた。
知っている名前が出たことでエバンさんも落ち着きを見せる。
「・・・目が覚めてから、このままじゃ死ぬと思ったから、その町から逃げ出してね。半年間、一人で生き延びて“魔の森”で出会ったのが、ここにいるルナリア。ウォーレス公爵家当代、ルナリア・ウォーレス閣下」
「わたしがルナリアよ!」
「あっ、エバン・フォルティンと申します。お見知り置きを、閣下」
ドーンと反り返るルナリアに慌てて頭を下げたエバンさんは、頭を下げたまま顔を上げて不思議そうにルナリアと私の顔を見比べる。
「“魔の森”で? なぜ、そんな場所で」
「・・・私は自力で食べ物を獲らないと死ぬ寸前だったから、“魔の森”に居たんだよ」
「わたしも色々と有ったのよ。暗殺される寸前のわたしを敵から守って助け出してくれたのがフィオレよ」
今はそんな風に見えないだろうけど、私たちは2人とも死ぬ寸前経験者なんだよなあ。
私がフィオレ・ピーシスとなった状況説明の 最後(トリ) を掻っ攫ったのは、張りの有る凜とした女声だった。
「その後、フィオレは私の養女となって、今に至るというわけだ」
「・・・お母様」
「お父様!」
開け放たれたままの扉から入室してきたのは、領主執務室での事務仕事中に呼び出されてきたお母様とお父様だ。
ぐりぐりとルナリアと私の頭を撫でたお母様が私たちの後ろに立ち、お父様がお母様の隣に並び立つ。
ふぅ・・・。セーフだ。
地均しはギリギリ間に合ったか。
自国の要人を守る責務を果たせなかったエクラーダ騎士にとっても、お母様たちは恩人なのだと分かっていれば、不敬な言動を取ることは無いだろう。
「私がフレイア・ピーシスだ」
「私はハロルド・ウォーレスという」
「こ、これは! ピーシス閣下にウォーレス閣下! お見苦しい姿を!」
名乗るだけで迫力の有るお母様たちに気圧された様子のエバンさんが、農民っぽい衣服で面前に出たことを恥じるように体を小さくする。
対するお母様は、どうでも良いとばかりにヒラヒラと手首を振る。
「構わん。気にするな」
「フィオレが治癒したと報告を受けているが、体はどうだ?」
片や、どっしりとした気配を身に纏ったお父様は、気遣いを見せて懐の深さをも感じさせる。
やっぱり、お母様もお父様も格好良いわ。
ようやく心理的に持ち直したらしいエバンさんが背筋を伸ばす。
「はっ。フィオレ様のご慈悲を賜り傷は塞がっております。動かすに問題はございません」
「そうか」
「よくやったな。フィオレ」
お母様が頷き、フッと表情を緩めたお父様に褒められる。
ルナリア諸共、ぐりぐりされながら改めて紹介する。
「・・・こちらが、旧エクラーダ王国騎士のエバンさん」
「エクラーダ王国で騎士爵を賜っておりました、エバン・フォルティンにございます」
兵員区画の狭い居室でのこともあって、エバンさんは立位で礼の仕草を取る。
頷いて返したお父様が表情を改める。
「これまでの経緯は聞いたか?」
「はっ。我らが不甲斐なきばかりに」
痛みを堪えるようにエバンさんが目を伏せる。
ヨシヨシ。ちゃんと理解してくれたみたいだね。
エターナさんのときみたいに、「あんたらがヘマしたせいだろ」なんて指摘せずに済んで良かったよ。
アレを言っちゃうと、責任感が強い人にはキツいと思うんだよね。
私だって、無闇に人の心を傷付けたいわけじゃない。
冷静になって状況を理解すれば、そもそもの原因に気付ける賢さはエバンさんも持ってるわけだ。
「幼い娘を連れての里帰りに王城を出たオルレーシア妃が暗殺に遭い、フィオレが行方不明となった事件が発端で国内貴族の叛逆が明るみに出て、国内が政情不安に陥ったことはエウリたちから聞いた」
「神教会に浸透されて、平民層の突き上げで転んだ国内貴族に王族一党が滅ぼされたこともな」
お父様をお母様が補足して、エバンさんが目を上げる。
「エウリ・・・? もしや、ティブライア卿ですか?」
「ストローム卿と私も、エクラーダの地で何が有ったかを全てお話ししました」
新たに差し挟まれた女声にエバンさんの目が吸い寄せられた。
やっと来たか。
戸口に姿を現したのはエターナさんだ。