作品タイトル不明
迫る影 ①
厩舎側の入口から領主館の中へ入って、すぐに階段を上がる。
ルナリアの部屋や領主執務室との中庭を挟んだ逆側に兵員区画は有る。
勤務ローテーションに当たっている領軍の騎士様や兵士さんが寝泊まりするのが、この兵員区画だ。
まさに寝るためだけに有る複数台の二段ベッドが据えられている部屋の一つの前で、数人の兵士さんたちとミセラさんが待っていた。
私たちの姿を認めて、スッと一礼する。
「フィオレ様。ルナリア様。お待ちしていました」
「・・・お疲れさま。ミセラさん」
軽く片手を挙げて挨拶するルナリアにもニコリと笑い返して、ミセラさんが使い込まれた感のある頑丈そうな木製扉をノックする。
室内からの返事確かめたミセラさんが扉を開いて、私の姿を認めた男性が弾かれるようにベッドから腰を上げる。
「フレーリア様!」
「・・・エバンさん、だっけ。私をフレーリアと呼ぶことは許しません」
ピシャリと返して内心で溜息を吐く。
初っ端からコレかあ。
お母様たちが来る前にと急いで来て良かったよ。
私が急いだのは、エターナさんたちのときと同じく、 地均(じなら) しをするためだ。
些細なことで心証を悪くすることは無いとは思うけど、私のことを知らない名前で呼ばれてお母様が気にしないわけが無い。
ガサツに見えて、お母様は繊細なんだから。
叩きつけるようにビシッと言い放つと、髭モジャなままのエバンさんが血相を変える。
「なぜですか! 貴女様はエクラーダ王国王家、最後の―――」
言葉を遮ってエバンさんを手で制す。
お母様たちがいる目の前でコレをやられるのを私は怖れていた。
エバンさんにそのつもりが無くても、そんな事情はウォーレス家に―――、リテルダニア王国にとって厄介事の種でしかない。
事情や実態は察していても、それをひけらかして公言されるとプラスに働くことなんて何一つ無いんだよ。
些事に頓着しないルナリアでも空気を硬化させたのを感じ取れたぐらいだから、お母様たちの前でやられると心証を悪くするのは確実だったろう。
あなたたちの事情で引っ掻き回させないよ。
「・・・そこまで! それ以上言うとウォーレス領から叩き出すよ」
「―――ッ!?」
目差しに決意を込めて言い放てば、エバンさんが愕然とした顔で絶句する。
男版のエターナさんって感じの反応だな。
“信念”といえば綺麗に聞こえるけど、思い込みが強くて頑固で男性なりのパワーが有るタイプか。
落ち着いた感じのエウリさんとエングさんとは、ずいぶんとタイプが違う。
こういう人にはビシッと言い切らないと聞いてくれないからね。
ウォーレス領で生活していれば、こういうタイプにも慣れてくるよ。
「・・・私はエクラーダ王国のことを何一つ覚えていないし、私はフィオレ・ピーシスなんだよ。あなたは先ず、現状を受け入れなさい」
「お父上様の―――、フェレル陛下のこともお忘れですか? お母上様、オルレーシア妃殿下のことも?」
ふぅん? フレーリアのお父さんはフェレルさんって人だったのか。
叱られた犬みたいに悲しそうな顔をしないでくれる?
私がフレーリアだったら効いたかも知れないけど、私に泣き落としは効かない。
とはいえ、実のところ、エバンさんを引き込もうとした際の軽挙をミセラさんに指摘されたことで、「どうやら私はフレーリアたちの死に思うところが無いわけでは無さそうだ」との自己分析に至ったわけで。
今の私はフレーリアの死を受け止めているけど、思い返せば、森でワナ猟を始めた頃は、いつかこの体をフレーリアに返す日が来ることを前提に行動していたはずなんだよね。
でも、ルナリアと出会って、魔法というものを知って、この子はもういないんだなと理解せざるを得なくなった。
だから―――
「・・・忘れた、というのは正しくないな」
「は?」
反論とも言えない私の言葉に、目を伏せていたエバンさんが顔を上げる。
この話を繰り返すのも面倒になってきたから自伝でも書くべきなんだろうか? などと考えながら公式設定を一歩踏み込んで口にする。
「・・・私ね。9ヶ月ほど前に、一度死んだんだよ」
「死ん・・・だ?」
“掴み”はオッケーかな?
ショッキングでキャッチーな表現は人の意識を引き込むための手法でも有るからね。
頭の固い人に聞く耳を持たせるには実に有効なんだよ。
「・・・そ。たぶんね。私が覚えている一番古い記憶は、ムーアという町で、骨と皮だけのガリガリにまで痩せ細って、ボロ布だけを着て目覚めたときのこと。それ以前のことは何一つ覚えてない」
「骨と皮・・・」
九官鳥化? インコ化したエバンさんのオウム返しに付き合って一方的に話を進める。
「・・・そうだよ。後で教えて貰ったことだけど、私は珍しい奴隷としてカリーク公王国へ売り飛ばされるところだったらしいよ」
「奴隷ですと!?」
コクリと頷いてアピールタイムだ。
思い込みの強さが私の家族への無礼に繋がらないように、釘を刺しに掛かる。