作品タイトル不明
精霊姫 ⑧
この状態・・・。
傷口から血中に細菌が入った感染症の状態が菌血症だっけ。
そこから症状が悪化して臓器不全を起こした状態が敗血症と言ったはず。
検査する手段も無いけど、きっと、それに近い状態なんじゃないかと感じる。
確か、第一次世界大戦の不衛生な塹壕戦で多くの死者を出して、ペニシリンが効いたヤツじゃなかったかな。
第二次世界大戦で兵站線が破綻した旧日本軍も、負傷者の清潔さを保てずに多くの死者を出した血流感染。
ペニシリンは抗生物質で、青カビから抽出したとかいうアレのことだ。
抗生物質が効くってことは細菌性の炎症が原因で間違いないはず。
人間の体というものは大したもので、炎症の原因を取り除けば炎症は治まる。
例えば、ニキビだ。
毛穴や脂腺に雑菌が貯まって炎症を起こした状態がニキビで、プチッと潰して炎症の元を排出してしまえば、人間の皮膚は再生能力を発揮して快方へと向かう。
とにかく、先ずは回復薬を!
腰のポーチを手探りして小瓶を取り出す。
逸(はや) る気持ちをグッと抑え込んで小瓶の栓を抜く。
男性の後頭部に腕を差し込んで首を起こさせる。
冷たい。体温が低い。
一刻の猶予も無いと肌で感じた。
小瓶を口元に触れさせて男性に命じる。
「・・・飲みなさい」
「私は・・・もう駄目・・・です。・・・娘を」
浅い息の下、男性は弱々しく首を振る。
カチンと来た。
「・・・良いから飲みなさい!! 本当に娘のためを思うなら、生き抜きなさい!!」
「―――ッ!!」
驚きに目を瞠った男性が、歯を食いしばってグググと自力で首を起こした。
そうだよ。頑張れ。
お母様は心を壊しそうになりながらも私のところへ帰ってきてくれた。
娘が願うのは、親が遺す「後のお願い」ではなく、親が生き延びてくれることだ。
あなたも親なら、血反吐を吐いてでも娘のために生き延びなさい。
クッソ不味い回復薬を男性の口内へ流し込み、喉仏が上下して嚥下したことを確かめる。
でも、たぶん、これだけじゃダメだ。
脅威の治癒能力を発揮する、謎の 回復薬(ポーション) 。
この回復薬というファンタジードラッグは、本人の体力や栄養素や何やかんやを用いて治癒力を高める薬剤だと私は予想している。
ベースとなる体力が弱り切っていて感染症の毒素が全身に回っている状況では、回復薬による治療は望めないのだろうと考える。
現に、毒を盛られた王妃様も回復薬では治らなかった。
この男性の状況も王妃様と同じ状況だと考えるべきだ。
なら、どうするか。
そんなもの決まってる。
腰のポーチを再び探って、手の中に魔石を握り込む。
もしも、私の目前でお母様やお父様やお爺様たちや大切なみんなが、死の淵に立っていたら私はどうするか。
ギリッと奥歯を噛みしめる。
絶対に娘の前で死なせるものか。
「・・・落ち着け。集中しろ」
大きく深く息を吸い込んで心を鎮める。
魔力の手を伸ばして男性の魔力の「質」を確かめる。
大丈夫。分かる。
いつもと何も変わらない。
ピトピトと魔力の手で男性の魔力に触れながら、私の魔力の「質」を似せていく。
固いゴムの塊のような感触だった男性の魔力が、私の魔力を似せることによって柔らかい感触に変わっていく。
ゴムゴムした感触からグニグニへ。
グニグニからブニブニへ。
ブニブニからフニフニへ―――。
「・・・ヨシ。入った」
イケる!
男性の体内に潜り込んだ魔力の手で内側から傷口を触る。
・・・嫌な感じだ。
ここに強い「嫌な感じ」が有って、同じ「悪いもの」が全身に広がっているのが分かる。
王妃様の体内で感じた嫌な感じよりも、もっと淀んで色濃いものが男性の体に重なっているのを感じ取る。