作品タイトル不明
城壁移設 ㉑
「ハッ!! おトイレ行きたい!!」
「・・・ええっ?」
今の今まで、そんな素振りは無かったのに、急に何?
ああ、でも、早朝から5時間ぐらいおトイレに行ってなかったっけ。
お母様に長時間作業を指摘されて、体が思い出しちゃったんだろうな。
気付いてしまったら急に行きたくなるのが、おトイレというものだし。
温暖な気候だけど、一応、今は真冬だからおトイレが近くなるのも当然か。
「いま気付いたわ! フィオレ! 漏れそう!!」
「・・・あ。えっ!? ちょ、ちょっと待って! ここから近いおトイレって!?」
うそ!! 漏れるの!?
後ろからバシバシと両肩を叩かれてるけど、肩叩きって、そういう叩き方じゃないと思うよ!?
あイタタタタ!!
かなり極まってる様子だから急いであげようと思うけど、私の知ってるおトイレって領主館の中にしか無い。
「・・・ぐはぁっ!!」
うおおおおおい!!
かなり我慢するのがキツいのか、内股になりたいルナリアの両腿でギュウギュウと脇腹を締め付けられて、私までお腹が痛くなってきた!
脇腹が痛くて身を捩って締め上げから逃れようとするけど、負ぶさっているルナリアの体勢を安定させるために、私の骨盤の上にルナリアの腿が乗った形で固定されているから、どうやっても締め付けが外れない。
「・・・グワ―――ッ!!」
空中でのたうち回っている私と、限界が近くて荒ぶっているルナリアが一体となってグルグルと回り、世界は半口の開いた呆れ顔派と、微笑ましげに見上げている派の、二大派閥で共存共栄が図られているようだ。
いやいやいや! 共存共栄なんて今は良いから!!
「・・・ちょっ! 早く! おトイレどこ!?」
「城門の詰所か、領主館ですね。衛生面を考えると領主館の方がよろしいのでは?」
「・・・へっ? 城門?」
微笑ましげ派のミセラさんが教えてくれたけど、城門におトイレって有ったっけ?
そう思ったのは首を傾げて大人しくなったルナリアも同じだったようで、締め付けが緩んで私も冷静になった。
城門まで500メートル。
領主館まで2キロメートルちょっと。
城門の方が圧倒的に近いけど、オススメでは無いらしい。
「・・・衛生面?」
「あー。なるほど?」
ルナリアも納得したようだ。
詰所ってことは主な使用者は領軍の兵士さんたちで、男臭かったり加齢臭だったりするんじゃないかな。
そこで再び尿意を思い出したらしいルナリアの両腿が、私の両脇腹にギュウウウウッと食い込んできた。
全力を籠めた締め上げが油断していた私の肺から空気を押し出し、息が詰まる。
「・・・はうっ!?」
「フィオレ!! 早く早く!!」
「・・・ちょ、ちょっと行ってくる!」
脇腹の痛みと息苦しさの下から何とか言葉を絞り出す。
領主館へ急げ、という意味だろう。
ルナリアの声が切迫感マシマシになっている。
固めた拳を額まで上げたハイガードスタイルで防御を固めても、両肩バシバシ攻撃も脇腹締め付け攻撃も防げない。
何だっけ? この締め付け攻撃。
大好(だいしゅ) きホールドだっけ? 違うか。
バカな現実逃避をしている状況では無くなった私は、真っ赤な顔でプルプルと体を震わせ始めたルナリアを背負ったまま4本の「足」を全力で動かし始めた。
いよいよルナリアが臨界点を向かえようとしている今、一秒たりとも無駄に出来る時間は無い。
「あっ! お待ちを!」
「そのまま領主館へ帰ってろー!!」
「・・・わ、分かったー!!」
置き去りになって慌てた様子のメリーナさんの声と笑い成分が混入したお母様の声が後ろから追い掛けてきて、苦しい呼吸を堪えながら何とか返事を返す。
動体視力の限界を超えて前方の視界が狭くなり、吹き付ける激しい風と一緒に大通りの景色が後ろへ素っ飛んで行く。
行くんだ! スピード(おトイレ) の向こう側へ!
おトイレに付くのが早いか、私のお腹が締め千切られるのが早いか!
一歩の歩幅が10メートル以上ある「足」を全速力で動かせば、2キロメートルなんて、ほんの数十秒間だ。
でも、やり方を研究すれば、もうちょっとスピードアップ出来そうな気がするなあ。
「・・・カメッ!!」
「「うわっ!?」」
「・・・ゴメンっ!!」
領主館の入口で歩哨に立っている兵士さんたちを仰け反らせて、バリバリとハングオンで峠道を攻める伝説のように後ろ足ドリフトの直角ターンをキメた私たちは、ほぼノーブレーキで館内へと突入する。
兵士さんたちも驚いていたけど、複線ドリフトじゃなかっただけマシだろう。
トンネルに入ったように照度が下がって、館内の暗さに目が慣れるまでは目隠しされたように視界が真っ暗で何も見えていないんだけど、記憶と勘だけを頼りに廊下を駆け抜ける。
ヨーシ! だんだん目が慣れてきた!
「きゃっ!!」
「・・・ご、ゴメンなさい!!」
廊下の角を曲がったところで、運悪く通り掛かったメイドさんと人身事故を起こしかけた。
驚いて飛び退いたメイドさんを掠めて廊下を滑空し、ブーツの革底をズザーっと滑らせて着陸する。
停止した私たちの目の前にはドンピシャでおトイレの扉が有る。
人生に希望を見出したらしいルナリアのバシバシ攻撃が、早く解放しろという意味かタッタカタッタカと 鼓笛隊(こてきたい) みたいにリズミカルになっている。
脇腹への締め付けが緩んで思考力が戻って来た私は、体勢の固定に使っていた魔力の手を消せば良いだけのことだと、ようやく思いだして拘束を解いた。