軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

バンダースナッチという魔獣 ⑫

「・・・犬系の動物は嗅覚に優れていますが、総じて、それほど視力は良く有りません。嗅覚については風向き次第でしょうが、臭いは風で運ばれる際に拡散して薄まるものです。拡散した臭いを察知できる範囲は、精々、200~300メテルでは無いかと」

「1キロメテルどころか、採掘場まで500メテルまで縄張りが迫っているのですね」

お婆様が珍しく明らかな渋面を作る。

最悪を想定した見解だけど、結構、ギリギリな状況であることは分かって貰えただろう。

「・・・よって、採掘場から引き離す方向に寄せ餌を設置します」

「引き離す方向というのは?」

具体案が欲しいのだと予想して、クルリ、クルリと地図の上を示す。

「・・・候補は2ヶ所です。小川の向こう側か、獣道の合流地点の北東側か、ですね」

「その2ヶ所に絞った理由は何なのかしら?」

よくぞ訊いてくださいました、と、言いたいところだけど、私もまだ迷ってるんだよね。

「・・・小川の向こう側の場合は、ワナを設置する際の人間の臭いを小川で消せる利点が有ります。ただし、警戒されて通り道を変えられた際に却って採掘場に魔獣が近付く恐れが有ります」

「もう一つの場合は?」

私の迷いを感じ取ったのかな?

答えを急がずお婆様は先を促す。

「・・・小川のこちら側、獣道の合流地点の北東側に寄せ餌を置く場合、多少、通り道を変えられても崖からの距離が有りますから、採掘場に魔獣が近付く危険は少し低くなるでしょう。ただし、ワナの設置範囲が広くなるので、仕掛けるワナの数も多くなります」

私が迷っているのは、「魔獣」というものの生態を野生動物と同列に考えて良いものだろうか? って部分なんだよね。

数十人もの人間が縄張りの中でウロウロすれば、その痕跡は察知されるだろう。

魔獣が人間の痕跡に警戒すればルートを変えるだろうし、その変え方が「避ける」のではなく「追ってくる」可能性が有る。

この「追ってくる」場合には、人間に警戒するのではなく「獲物」として認識しているということになる。

寄せ餌の血の臭いで興奮して理性を失う類いの生態を持っていたりすれば、ワナを避けるようなことは無いだろうけど、危険すぎるから、出来るだけ採掘場から遠ざけて、近付けたくない。

「どちらに仕掛けるつもりだ?」

「・・・私は後者にしたいかな。でも一応、猟師さんたちの意見も聞いてから決めようかなと」

私の迂遠な言い方に、お母様が片眉を上げる。

「その必要は有るのか?」

「・・・私の見落としが有るかも知れないし、無意味では無いんじゃ?」

私にも、「判断は素早く」というお母様の教えに反してるかも、って自覚は有る。

自覚は有るんだけど、魔獣というものを、私はシカとイノシシと触角ヘビしか見たことが無い。

だから、情報が足りないと感じてしまっている。

元々、森の入口付近でしか活動していなかった猟師さんたちが、バンダースナッチの生態を熟知しているのかといえば、極めて怪しいものだとは思うけど、私も同レベルで分かっていないのだから文殊の知恵に賭けてみようかな、ってだけなんだけどね。

「ふむ。良かろう」

言いたいことは有るのだろうけど、お母様は頷いてくれた。

状況報告が一段落したところへ、キャットウォークの上へ上がっていたジアンさんたちが戻って来た。

「フィオレ様」

「・・・お帰り。どうだった?」

「素晴らしいですね。噂に聞く魔力の活性化というものを初体験させていただきました」

ヤル気に満ちているジアンさんがフッと笑みを浮かべる。

ハロルド様がたまに見せるような活力と知性が同居するような笑みだ。

これが本来のジアンさんなのか。

この人、絶対にモテ男だったと思う。

左手を閉じたり開いたりしながらジアンさんが首を傾げる。

「これで本当に体内保有魔力量が増加するのでしょうか」

信じ切れていない、というよりも、どこまで期待して良さそうかの判断に迷っている感じかな?

大きな変化を期待できるなら魔力量増加に重点を置くし、誤差レベルなら魔力の手に集中するし、って感じだろうね。

スケジューリング能力が高いが故の迷いかな。

結構、長い時間、キャットウォークの上に居たみたいだし、かなりの数の獲物の血を飲んできたんじゃないだろうか。

急く気持ちは分からなくも無いけど、ここは諫めておくか。

「・・・一定の効果は確実に見込めるから、焦らずに、しばらく続けてみると良いよ」

「承知しました」

分かってくれたようで、ジアンさんが頷く。

すると、クイ、クイと私の袖口が引っ張られた。

見下ろすと、ノーアが私を見上げている。

「ねえさま。ノーアも」

「・・・ええ? ノーアも血を飲みたいの?」

大人たちやお姉ちゃんたちが何かをしていれば、真似たがるのは子供の習性だ。

でも、幼児に血を飲ませるかどうかは、危険性が判断できないから避けていたことだからなあ。

ノーアがコテリと首を傾げる。

「だめ?」

「・・・だ、ダメじゃないけど、ちょーっとだけ早いかも?」

ううっ! 真っ直ぐな目が痛い!

純真な目でジーッと見上げられて、私の方が挙動不審になる。