作品タイトル不明
新たな芽吹き ④
階段を下りて、また廊下をあるいていると、私たちと同じように早起きした宿直当番の騎士様と鉢合わせする。
「おはようございます! ルナリア様!」
「ええ! おはよう!」
この若い騎士様はまだ独身だからか当番に当たる比率が高いみたいで、早朝の基礎訓練時に、ちょくちょく顔を合わせるんだよね。
ウォーレス血統の末裔だけあって、例によって脳筋度は高めな様子で、爽やかさと暑苦しさが同居したテンプレ的ウォーレス青年の人だよ。
ルナリアと元気に挨拶を交わした騎士様の目が私にも向く。
「フィオレ様も、おはようございます!」
「・・・うん。おは―――」
挨拶を交わしている私の視界が、いきなり黒っぽいものに遮られた。
「フィオレ様! 危険です!」
「お下がりください!」
「・・・えっ!? ちょっ!? ―――、あっ」
柔らかくて黒くて暖かい壁に後ろへ押し下げられて、私の足元がふらりと揺らぐ。
ブーツの踵が石床の目地に引っ掛かって、背中の方へゆっくりと体が倒れて行く。
「あ、コレ、転ける」と、覚悟を決めたとき、レヴィアさんが横から腕を伸ばしてグイッと私の背中を支えてくれた。
「大丈夫ですか? フィオレ様」
「・・・あ、ありがと」
少しだけ距離が空いて見て見れば、黒っぽい壁の正体はディディエさんとダーナさんの背中だったらしい。
二人とも両腕を拡げて、・・・これは、騎士様から私をガードしようとしているのだろうか?
騎士様は相当にビックリしたようで、目がまん丸になっている。
「ふぃ、フィオレ様は私の命に代えてもお護り―――、いたっ」
「け、ケダモノめ! フィオレ様には決して手を出さ―――、あうっ」
「落ち着きなさい」
言葉よりも一瞬早いタイミングで、レヴィアさんがペシペシとディディエさんとダーナさんの後頭部を平手打ちした。
よく見ると、ディディエさんたちの背中は細かに震えているように見える。
「ごめんなさいね、ビル。この子たち、男性が苦手なんです」
「そ、そうだったんですね。気にしないでください」
二人の代わりに頭を下げたレヴィアさんに、引き攣った笑みを返して、ビルさんって名前だっけ? 騎士様も頭を下げ返している。
ここまで来て、私にも状況が理解できた。
二人は男性が怖くて、怖いからこそ私を男性から守ろうとしたのか。
起こしに来てくれたときは普通そうに見えたけど、これは重症っぽいなあ。
“心的外傷後ストレス障害”ってヤツなのかな?
過剰反応って簡単に片付けて良いものでは無いだろう。
二人の境遇を思えば無理も無いけど、ウォーレス領で生きていく以上、この状況は放置できない。
「・・・ディディエさん。ダーナさん」
「「は、はい」」
私に声を掛けられただけでも二人の肩がビクリと震えて、私に向き直った二人の、血の気が引いた青白い顔を見ると涙目だったことが分かる。
彼女たちなりに勇気を振り絞ったのだろうし、可哀想だけど、ここは厳しくしなきゃ。
「・・・ビルさんは私に挨拶してくれただけだよ。ビルさんに謝罪しなさい」
「「は、はい・・・。申しわけございませんでした」」
しょんぼりと肩を落とした二人がビルさんに向き直って、深々と頭を下げる。
二人が遭った災難を耳にしているのか、眉尻を下げたビルさんが短く髪を刈り上げた頭を掻く。
「あー。ほ、本当に、気にしないでください」
「・・・ゴメンね。ビルさん」
「ふぃ、フィオレ様まで! もう止めてください!」
私も頭を下げたら、ビルさんは本格的に困った顔をした。
「気にしちゃダメよ! ビル!」
重たくなった空気を一掃するような明るい声で、ルナリアが背の高いビルさんの背中、というか、手が届かないから後ろ腰の上あたりをパンパンと叩く。
「あ、ハイ。じゃ、じゃあ、私はもう行きますね」
ルナリアの介入でタイミングを掴むことが出来たビルさんが、ここぞとばかりに話を切り上げて離脱した。
逃げるように去って行くビルさんの後ろ姿に申し訳なさを感じてしまう。
今度、何かで穴埋めしておこう。
「わたしたちも行くわよ!」
「・・・うん。ほら、行くよ?」
「「は、はい・・・」」
私の手を取って歩きはじめたルナリアに引き摺られながら、後ろへ顔を振り向けて声を掛ける。
しおしおと項垂れたままの二人が返事を返して、「仕方ないなあ」って感じで笑みを浮かべるレヴィアさんに背中を押されて歩きはじめた。
日の出前の白んだ空の下、訓練場で待っていたピーシーズの残りの3人と合流する。
屈伸運動やアキレス腱伸ばしなんかの準備運動を簡単に終えたら、体を動かしに出てきている騎士様や兵士さんたちの姿がちらほらと見える訓練場の外周を、自前の体内魔力を使っての魔力の手と風魔法を頭上に浮かべながら、5周走る。
体力作りの走り込みが終わると、そこから先は、それぞれが課題としている部分を鍛えるべく訓練に取り掛かるのだ。
私の課題は、といえば、後回しにし続けてきた剣術の訓練だよ。
基礎の「き」の字も知らない私の「訓練」は、剣術の“型”を教わるところから始めることになる。
実際には、「型」どころか「柄の握り方」から教わったんだけど。
本当に基礎的な段階なので剣術を嗜む人なら誰でも教えられる、ということで、今朝はレヴィアさんが指導に当たってくれることになっている。