作品タイトル不明
王城・地下探検! ⑤
書架の棚に並んだ背表紙をテレサが指す。
「この辺りの棚に多いのは戦史ですね。歴史書も多いですけれど、統一国家時代は国家の中心が西方地域でしたから、東方地域に関連するものは少なかったですよ」
「・・・結構、読んだの?」
おや。そこそこ把握してる口ぶりだね。
「まだ、蔵書の1割も読めていません」
「・・・それでも、凄いよ」
いやいや、結構、読んでるじゃん。
”魔方陣術式”の本だと半分近くのページが図形だったりするけど、古い文献って、大抵は細かい文字だけで全てのページがびっしりと埋め尽くされてるんだよ。
しかも、古い文献だとほぼ100%が手書きだし、癖の有る文字を書く著者だと読み取るだけで一苦労だったりする。
本当に賢いんだな、テレサって。
ざっと見ただけで、書架1本は本棚3本が一体になった作りで、本棚1本には1段に20冊は分厚いハードカバーっぽい背表紙の並んでいて、そんな棚が、縦に7段ある。
単純計算で書架1面に420冊が収蔵されていて、全部が文献や史料ってわけでは無いのだろうけど、背中合わせになった書架の「島」が7つも有った。
最大、1島で840冊の本を収められる。
840冊×7島で、ええっと・・・、5600+280で、最大、5880冊か。
半分が文献の類いだとして、装丁された蔵書の数は2940冊、かな?
まあ、大雑把に3000冊ぐらい有ると仮定しよう。
10分の1ほども読破しているのなら、難解な古文書を300冊近く読んでいるってことだよ。
自分の凄さを鼻に掛けることも無いテレサは、にこりと一つ微笑んで見せただけで書架へと向き直る。
「他に多いのは魔法術式関連の研究書でしょうか。見てみますか?」
「・・・それって、お母様とお婆様が調査を終えた文献だよね? だったら、また次の機会が有れば、で良いよ」
「そうですわね・・・。他に面白そうな文献と言えば―――」
首を振る私に頷いたテレサは思案顔で書架を見回している。
エエ子やぁ。
テレサは私が興味を持ちそうな書籍か史料を選んでくれようとしているのだろう。
テレサの後に付いて書架の間を歩く私は、本と本の間に不自然に空けられた空間に目が留まった。
「・・・ん? これ、何だろ」
下から2段目の真ん中に、幅30センチメートルほどの隙間が有って、システム手帳サイズの小さな本のようなものが寝かされている。
表紙に見覚えの有る文字を見つけて、つい、手に取ってしまった。
「・・・“上嶋伊一朗”?」
かなり、くたびれて、所々に汚れが見て取れる「表紙」は黒っぽい色の布製?
いや、布張りなのか。
背表紙側へと包み込むような形の装丁で、最後は帯状に細く伸びた舌の部分を留め紐のような帯に差し込んで、勝手に手帳が開かないように留められている。
サイズ感だけでなく、装丁そのものもシステム手帳みたいな形状に見えるね。
その表表紙の右下に大きく、「上嶋伊一朗」という、持ち主の氏名らしき達筆な赤い文字が手書きで書かれている。
「・・・“ 軍隊手牒(ぐんたいてちょう) ”?」
そして、その氏名の横、表表紙の左肩に「軍隊手牒」と掠れた小さな金文字が縦書きでプリントされているのだ。
現代日本でも使わなくなった旧字体の漢字だけど「手牒」って「手帳」のことだよね?
常用漢字の旧字体なんて現代日本人でも読めないものが有るけど、この程度なら私にでも読める。
これって、昔の“勇者”の持ち物なんじゃ。
思考の淵に飛び込みそうになっていた私は現実へと引き戻された。
「それ、読めますの?」
「・・・へっ!? よ、読めないよ!?」
耳元で囁かれたテレサの声で、ハッと我に返る。
しまった!! 聞かれた!?
私、口に出してたよね?
森から出ても独り言の癖が抜けていない自覚が有るから、きっと、口に出していたんだろう。
咄嗟に誤魔化したけど、ジト目のテレサが私の顔を覗き込んでくる。
「ふうううん?」
「・・・い、いやあ。複雑で面白い形の文字だねー。ぜんぜん読めないやー。HAHAHA!」
苦しい! 苦しいぞ! 棒読みしてどうする!?
コレ、絶対に誤魔化せていない!
だらだらと、背中と額に脂汗が出てきているのが自覚できる。
まさか、ガマガエルの気持ちが分かる日が来るとは思っていなかったよ!
いや、ガマガエルが本当に油脂成分を分泌するのかどうかは知らんけど。
よくある誤った民間伝承?
粘液っぽいヌルヌルを分泌するのなら分かるけど、アレ、たぶん油じゃないよね?
いやいや、今はガマガエルの分泌物なんて考察してる場合じゃ無いんだよ!
「そういうことに、しておいて差し上げますわ。フィオレが何者であっても、私にとって、フィオレはフィオレですから」
「・・・うう。わ、私にとっても、テレサはテレサだよ。あはは・・・」
くっ! 気遣われてる!
ゴメンよ、テレサ。
テレサになら明かしても良いかと思う気持ちは有るけど、私の素性を隠すことは家族会議で決まったことだから、私の一存で話せないんだよ。
それに、王様に、カレリーヌ様に、と、知られちゃヤバそうな人が王宮には多すぎる。
テレサを信じないわけじゃ無いけど、知らない方がテレサのためになるかも知れないし。
ピッとテレサが人差し指を立てる。
「因みに、それ、四代前の勇者が王国を訪れられたときの忘れ物だそうですわ。いつか、引き取りに来られるかと、お預かりしていたそうなのですけれど、取りに来られないまま、お亡くなりになられたとか」
「・・・四代前? じゃあ、120年ぐらい昔の忘れ物?」
この人、もう、亡くなったのか。
そりゃそうだよね。
軍隊に居たのが20歳過ぎだとして、そこから120年。生きていたら140歳だ。
魔法とかファンタジー回復薬とか日本の常識では計れないものは有るけど、こっちの世界の文明進度的に、そこまでご長寿だとは思えない。
明治時代の平均寿命って、45歳とか、そんなのだったはず。
もしかして、“準備砲撃”の人かな?
お婆様たちが、そう言ってたような。
あの戦術の概念を書き残した勇者は「兵士だった」と聞かなかったっけ。
そっか。この人か。お礼を言っておかないと。
手帳を恭しく両手のひらに載せて頭を下げる。
ありがとうございました。
あなたのお陰で、お母様たちが無事に帰ってくることが出来ました。
「どうしましたの?」
「・・・いや、この人が遺した記録が魔法の歴史書に書かれていて、その記録のお陰で、お母様たちが楽に勝てたんだよ。だから、心の中で、お礼を言ってた」
「そうでしたのね。では、勇者様は王国にとっての恩人になりますね」
そう言いながら、テレサもまた両手の指を組んで、手帳に向かって頭を垂れた。