軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

それぞれの対決 ⑱

様々な宿題は積み上がったものの、一先ず何とか、出来るだけ事態を丸く収められたんじゃないかと自己弁護しつつ、一緒に昼食を摂ろうと、みんなでアンリカさんの部屋を訪ねた私たちは、昼食どころでは無い事態に陥っていた。

「はあ!? テレサ様の側近として、アリアナが護衛に就く!?」

未だ経過観察期間が明けておらず、半ば軟禁状態にあるアンリカさんに宛てがわれている部屋に、仮の部屋の主である女性の、怒気に溢れる声が響いた。

「はい。私が志願しました」

怒気をぶつけられているアリアナさんは、真っ直ぐな目で端的に答える。

怒気をぶつけた側のアンリカさんは、ゆったりとした部屋着のドレス姿だ。

テレサは申し訳なさそうに小さくなっている。

「アリアナ。アンタ、何、考えてんの?」

「必要なことだと判断しました」

揺るがないアリアナさんの態度が、アンリカさんの怒りに油を注ぐ。

「主を乗り換えるなど、ピーシス家系の―――、ウォーレス血統の誇りを穢すつもりか!!」

「・・・ちょっ! アンリカさん、落ち着いて!」

爆発したアンリカさんを宥めに入ろうとしたら、猛烈な激情が目の光に表れているアンリカさんの目が私へ向いた。

睨みつけられたわけでも無いのに私の背筋が伸びる。

「フィオレ様。これは、ピーシス騎士の在り方の問題です。申し訳ありませんが、黙っていてください」

努めて穏やかな声で言ったのだろうけど、アンリカさんの背後に夜叉か仁王のような鬼面のオーラを幻視する。

一言で言うと、めっちゃ怖い。

「・・・ででで、でもでも! アリアナさんに命じたのは私で―――」

「大方、この愚妹を助けるために命じることになったのでしょう」

「・・・うっ! そ、それは・・・」

見透かされてる!

「主を守る騎士が主に庇って貰って恥じないなど、以ての外です」

「・・・そ、そうする必要が有って」

「それは王家の事情でしょう。そんなのものはピーシス騎士の役目ではありません」

アリアナさんを睨み付けながら、アンリカさんはバッサリと斬り捨てる。

ド正論すぎて、ぐうの音も出ない。

私自身が本音ではそう思っているのだから、反論しづらい。

世の中の中間管理職のオジサンたちがハゲる原因を理解してしまった気がする。

「・・・でぃ、ディアナさんも! アンリカさんを止めるの手伝って!」

「う~ん・・・。これは、ちょっと止められないですかねぇ」

「・・・ええっ!?」

思案顔で見守っている、大らかで優しいディーナさんに助けを求めたら、首を振って仲裁を拒否された。

疚しさを感じさせない目で、アリアナさんがアンリカさんの怒りに、さらなる燃料を投入する。

「テレサ様の側近として務めることが誇りを穢すのものだと、私は考えていません」

「如何なる戦場でも主と共に戦い、身命を賭して活路を切り拓くのがピーシス騎士だと、アンタにも教えたわよね?」

案の定、アリアナさんを睨み据えるアンリカさんの目が、怒りに燃え上がる。

「・・・アリアナさんは、テレサにアンリカさんを救って貰った恩義も有るって―――」

「あ゛あ゛っ!? そんなことで騎士の誇りを穢すぐらいなら、私の命など見捨てれば良い!!」

今にも殴りかからんばかりの激怒に身が竦む。

うああっ! 藪蛇だった!?

勢いを増して爆発したアンリカさんの言葉でも、今の一言は私も聞き流せない。

「・・・そんなこと言わないで!! アンリカさんを死なせられるわけ無いよ!!」

「フィオレ様? お気持ちは有り難いですが、覚えておいてください。騎士たる者が命を惜しんでは、守れるものなど何一つ無いのです」

私へと向けられたアンリカさん目は、真摯で、口を挟めるものでは無かった。

「守るべきときに、守るべきものを守って命を落とすなら、騎士として本望。簡単に主を乗り換えるような者は命を惜しみます。そんな者に騎士を名乗る資格は無いのです」

「・・・それは・・・」

アンリカさん言う騎士の心得は、元・日本人の私にも理解できてしまうものだ。

真摯に生きているからこそ譲れない一線なのだろう。

日本の武士道とも相通ずる死生観で、戦場に身を置く者の信念なのだろう。

心に揺るぎない柱―――、目的が無ければ、多くの他人の命を奪って正常な精神を保っていられるものでは無い。

私だって、大切な人たちを守るという明確な目的が無ければ、「敵」という名の誰かを殺して平気な顔なんて出来やしないよ。

それでも、アリアナさんは揺るがない。

「何度でも言います。私は騎士の誇りを穢したとは考えていません」

「訓練場へ来なさい。その腐った根性、叩き直してあげるわ」

スゥッと空気が冷えた気がした。

ぶるりと身震いする。

燃え上がるようだった怒気が、瞬時に凍り付くような殺気へと変わったのだ。

とうとうアンリカさんが本気になったのだろう。

踵を返して扉へと向かおうとするアンリカさんの背中へ声を掛けたのは、静かに成り行きを見守っていたお母様だ。

「待て。アンリカ。お前にも話しておくことが有る」

「何でしょう?」

足を止めたアンリカさんがお母様へと向き直る。

大人なアンリカさんは、お母様が水を差したからと言って、お母様にまで怒りの矛先を向けることは無い。

「お前、バルトロイの件は、どう考えている?」

「バルトロイ様? 求婚の話ですか? 今は、どうでも良いことです」

小さく首を傾げたアンリカさんは、言葉通り、どうでも良さそうに言い切った。

「そうも行かんのだ。カレリーヌ様が後押しすると言っている」

「はぁっ!? 何でカレリーヌ様が!」

アンリカさんも、カレリーヌ様が、どんな人か知ってるんだね。

思っても居なかったらしい名前が出て、アンリカさんが目を剥いた。

「エゼリアがドネルク閣下に嫁ぐことになってな」

「え、エゼリア!?」

「「「「「ええっ!?」」」」」

エゼリアさん自身を除くお母様の側近たちが、揃って目を剥く。

分かる分かる。突然の降って湧いたような話の展開で私も驚いたもの。

「あなたが刺された後、退任後の閣下が冒険者ギルドを掌握するという話が出たと言ったでしょう? 私の方は、あの流れだけど、バルトロイ様の暗殺未遂事件の背後に、神教会が絡んでるっぽいのよね」

「事件と神教会の話に、何で私が関係あるのよ」

不満そうなアンリカさんをエゼリアさん指す。

「バルトロイ様では頼りないから、あなたが東部を纏めろ、ってご指名でしょう」

「ええ~・・・」

本格的に面倒くさそうな顔をしたアンリカさんは、お母様とハロルド様に向き直った。

「カレリーヌ様の思惑は何となく分かりましたけど、向こうは公爵家で、ウチは騎士爵家ですよ? 天と地の差なんですから、釣り合うはずが―――」

「爵位の件なら、エゼリアと同じく、父上の養女に入った上でウォーレス家の娘として嫁ぐことになる。今は公爵家同士だから対等で、釣り合いは取れているな」

「嫁入りに際しての養子縁組は、随分と前にライアス殿とリエンナ殿も承諾済みだ。クローゼリス家の当代公爵夫人、クレア殿からも、お前たちの誰かを嫁にくれと以前から請われていた。諸手を挙げて歓迎されることだろう」

エゼリアさんのときと同様に、ハロルド様とお母様の連携技で、アリアナさんの反論は封殺される。

「そ、そうですか・・・。私に東部地域を纏めて、具体的に何をしろと?」

「クローゼリス家の下にレーテの実家、ハリエット家を付けて、冒険者ギルドの支部を置くそうだ」

伝えられた情報を反芻して、アンリカさんは求められる役割を推察する。

「魔獣素材流通の取り纏めと、ハリエット家の監視ですか」

「アマリリア様が治癒魔法術師量産計画に前向きだから、計画の補佐もさせたいのだろう」

頷いて返したお母様は、自らの推察も加えて情報を追加する。状況を把握したアンリカさんが苦笑する。

「エゼリアとミリア様と連携して、アマリリア様の派閥固めもさせられそうですね」

「そうなるだろうな。だが、公爵家の正妻として嫁ぐなら悪い条件では無かろう」

お母様から向けられる静かな目に、アンリカさんが目を伏せてキュッと拳を握る。

「エゼリアだけでなく、私も抜けて、フレイア様は大丈夫なんですか?」

「同じことをエゼリアにも言われたが、もう、私は隠居の身だぞ? フィオレたちが成長すれば、必然的に私の仕事は減っていく。心配するな」

何のことも無いようにお母様は笑う。

「でも―――」

「エゼリアも、お前も、幸せになって欲しいんだ」

「―――、!」

言い募ろうといたアンリカさんは、穏やかなお母様の目に見つめられて言葉を失う。

「前向きに検討はしますが、少しだけ考えさせてください―――」

「・・・アンリカさん・・・」

寂しそうに足元へ目を落とした姿が迷子になった子供のように見えて、声を掛けかけたとき、再び目を怒らせたアンリカさんが、傲然と顔を上げた。

「今は、この愚妹の性根を叩き直す方が先ですから! 来なさい、アリアナ!」

「はい」

扉へと向かうアンリカさんの背中を、覚悟を決めた目をしたアリアナさんが追う。

「・・・ちょっ! アンリカさん!?」

しんみりした空気で忘れてくれたのかと油断したら、ぜんぜん、忘れてくれて無かったよ!

アンリカさんは瀕死の重傷から回復したばかりだし、どちらかが大ケガをする前に止めなきゃ!

「フィオレ」

「・・・お母様」

二人を追い掛けて踏み出した私の足が、咎める色のある声に止まる。

「やらせてやれ。理由付けは口に出したが、アリアナ自身が尊敬する姉の前で、一切、言い訳をしないんだ。アリアナにも、どうしても譲れない、戦う理由が有るのだろう」

「・・・―――、!」

譲れない、戦う理由―――。

その理由を私は知っている。