作品タイトル不明
古き血統 ⑦
ウォーレス領の女性騎士だって強くて出世しそうな旦那様を求める気持ちは有るのだろうけど、自分の武力で旦那様を制圧して矯正するのが常識なものだから、旦那様よりも先に自分自身が強くなくては旦那様の矯正もできないんだよ。
そりゃあ、「覚悟が違う」って言われるよね。
そんな覚悟の無い人たちの中からテレサの護衛部隊を作るのかあ。
できるの? それ。
かといってお爺様たちが言っていた通り、ピーシス領から出すのも絶対数の問題で難しいだろう。
ピーシス領は、ウォーレス領の一部を委任されて統治しているわけで、他にもある委任統治領は、ロス家のように、それぞれピーシス領とは違う役目を担っているみたいだし、そっちから子供を引き抜いては領内に不和が起こるだろう。
ウォーレス領で生まれる子供たちだって無尽蔵に生まれるわけじゃない。
好むと好まざるとウォーレス領では戦いに直面する可能性が高い土地で、それでも戦いに向かない子だって、きっと居ると思うんだよ。
だから、子供が生まれたからといって誰もが優秀な戦士に育つわけじゃないはずだ。
「お前、今から兵士な!」とか言われて捕まって、「やったぜ!」なんて喜ぶ子供ばかりじゃないと思うしね。
少なくとも、原始人だった私が捕獲されて施設に放り込まれたとき、抵抗もしたし、密かに反発もした。
結果的に社会復帰できたのだから、後に感謝はしたけど、当時は狩猟の邪魔をされて嬉しくなかったもの。
余剰人員が居そうな辺りが有れば、そっちの人員から引っ張れるだろうけど、活況に沸いている今のウォーレス領は、どこも人手不足だからなあ。
西部地域からの移住民の数も、まだまだ希望者が居るとは聞いているけど、戦争が終わった以上、最終的にどれだけ引き抜けるか未知数だし。
だったら、どこから人材を調達する?
王宮を通じて国内全体から、薄く広く集めるのが手っ取り早くは有る。
でも、それは無しだ。
ミリア叔母様の広報力とテレサと王宮のネームバリューを使って公募を掛ければ、志願者の頭数だけは集められそうだけど、基礎値が低いものを実用レベルにまで引き上げるとなると、数年では達成できないだろう。
それ以前に、王国にとって替えの効かないテレサを身近で守る護衛を公募で集めるのは、身元の特定もザルな世界では怖すぎて出来ない。
どのくらいザルかといえば、私が簡単にお母様の義娘になってしまえるくらい、ザルなのだ。
家督の承継の問題があるから、貴族家の子供は王宮に届け出て記録を残すそうだけど、平民層の記録は人頭税とか課税上の理由で、家長の名前と世帯人数ぐらいしか把握していないのが普通みたいだし。
そんなの、簡単に他国の間諜や暗殺者に入り込まれて、王妃様の二の舞になる未来しか見えないよ。
しかも、セリーナ様から言われた通りにピーシーズの誰かをテレサの護衛に付けたとして、護衛任務だけに限っても一人では荷が重いし、休む時間を取る暇も無く護衛任務を果たしながら人材の発掘をして教育を施して訓練するの?
ちょっとどころでは無い大仕事になるよ。
護衛する側の体や心が保つと思えない。
せめて、もう一人、交代要員が居ないと何も出来ないはず。
一人を出すのでも残ったピーシーズの負担が増えるのに、二人なんて出せない。
そもそも、生け贄みたいに誰かを出せと言われて、誰を出すかなんて私には選べない。
必要性を頭で理解していても、私の心が理解を拒もうとする。
誰かが居なくなるなんて想像も出来ない。
この謁見が終われば私たちが王都に居る用事は一通り片付いて、レティアへと帰ることになる。
決断までの時間は、もう殆ど残されていないのに、決断以前に選出することができない。
昨日の事件を思えば一刻の猶予もないのに、何をグズグズしていてるのかと叱責を受けても返す言葉が無いだろう。
人手・・・、人手・・・、どうやって人手を調達するか・・・。
何か、発想の転換が必要かなあ。
「何をしている。行くぞ?」
「・・・ハッ! あ。はい」
いけない。
お母様の声で意識が現世へと帰還した。
いつの間にか先導メイドさんが道を譲っている。
瞼は開いているのだから見えていたはずなのに、全く見えていなかった。
ハロルド様が苦笑していて、お母様が困った子を見る目で振り向いている。
ルナリアが袖口を引っ張ってくれていることにも気付いてなかったよ。
前へ向き直って歩きはじめたお母様の背中を追って、ルナリアと私も赤絨毯を踏む。
アーチ状の扉を潜る手前の時点で謁見室の内部が見えて、赤絨毯の両脇に昨日の観衆のように人々が詰め掛けているのが分かる。
ただし、今、この部屋に居るのは、貴族家の当主や王宮官吏上層部。
そして、従軍した騎士団や領軍の幹部クラスと著しい戦功を挙げた英雄たちだけだ。
ハロルド様を先頭にした私たちがアーチを潜ると、新たな入場者に気付いた人から順に、私たちへと視線が集まってくる。
拍手は確かに有る。
拍手は有るけど、騎士団長閣下たちやバルトロイ様たちが入城していった時よりも拍手が疎らで、歓声も少ないように思う。
向けられる視線に混じるのは、嫌悪感と、恐怖心、だろうか。
好意的な視線も有るけれど、全体の半分ぐらいはネガティブな印象受ける。
そんな中を、他人の悪意など歯牙にも掛けない堂々とした足取りで、真っ直ぐに前を見据えたハロルド様とお母様が歩いて行く。
王家に向けられる反発とネガティブな印象を一身に背負って、ハロルド様とお母様が身代わりに退場する計画だとは聞いていたけど、想像していたよりも、これはキツい。
ハロルド様もお母様も、なんて心が強いのだろう。
同時に、頑張ってきたハロルド様とお母様に悪意を向けられることが悲しく、腹立たしい。
エゼリアさんが言っていた「覚悟の違い」という言葉が脳裏を過ぎる。
赤絨毯がの終点が見えてきて、壇上に、王様だけでなく、王妃様とテレサの姿も有ることに気付いた。
真ん中の玉座に王様が座っていて、昼食前に見たときには置かれていなかった椅子が、玉座の両脇に追加されている。
最初に室内が沸いていた「イレギュラー」は、これか!
納得と同時に、優しい目で微笑んでいる王妃様のお元気そうな姿にホッとする。
テレサと私の治療は成功していたのだと、再確認できて嬉しくなる。
あの微笑みを取り戻せたのなら、この程度の、“知らない人たちから向けられる悪意”なんて、何てこと無いよ。
階段の5メートル手前で足を止めたハロルド様とお母様が片膝を突くのに合わせて、ルナリアと私も赤絨毯に片膝を突く。
下を向いたから、壇上に居る王様たちの姿は、跪いている私たちからは見えなくなった。
「西部国境方面討伐軍、ウォーレス侯爵ハロルド。王命を果たし、只今、帰還いたしました」
「ご苦労であったな。西部国境地域は、どうであった?」
「は。王国に叛逆した賊どもを、悉く討ち果たしてございます」
主に従軍した騎士様たちを中心として、参列している半数以上から大きな拍手と歓声が沸き起こる。
嫌々ながらでも、残る半数からも拍手は上がっている。
そりゃあそうか。
ここで反発したら、「お前も逆賊か?」って言われても反論できないものね。
「うむ、見事。さすがは“王国の盾”よな」
「お褒めに預かり、肩の荷が下りましてございます」
「しかし、かなり派手に遣ったようだのう」
困った顔をして顎ヒゲをしごく王様の姿が容易に想像できる声に、ハロルド様は神妙な口調で淡々と告げる。
「お恥ずかしながら、逆賊の背後に他国の影が見え隠れしておりました故、手加減する余裕がございませんでした。全ては、私の力不足にございます」
「他国・・・。勇王国か?」
今、気付いたかのような口ぶりで、王様が目を細める。
「勇王国と神教会にございます」
大きな響めきが上がり、ほんの一部からの視線に混じる悪意が強まった気がする。
ムカッと来た。
神教会に対して融和的な人たちが、まだ居るのか。
「神教会は厄介よのう。“我が王国”はアレ等の教義とやらを認めておらぬ」
「は。それ故、厳しく処断するより他に無しと判断いたしました」
“我が王国”―――、ね。
これからも、神教会を招き入れようとすれば、“王家の正義”である特務魔法術師を派遣する、と、王様は宣言したわけだ。
王様が神教会に組みしようとする勢力に釘を刺し、果断に至ったハロルド様とお母様への感嘆の息が漏れる。
これで、一応、状況の周知は終わったのかな?
「事情は分かった。しかし、のう。道中の領地まで踏み荒らしたことへの抗議の声が上がっておってのう」
「御処分は、如何ようにも」
わざとらしく困った声で言ってみせる王様に、ハロルド様は堂々と応える。
「相分かった。ならば、ウォーレス侯爵ハロルド、並びに、ピーシス子爵フレイア。両名に隠居を命ずる」
「「は。王命、承りました」」
頭を下げたままのハロルド様とお母様が、ぴったりと声を合わせて王様に答えた。
謁見室に満ちていた多くの人たちの気配の中から、敵意が薄まったのを感じる。
脚本通りの流れで、王様の決断に対する不満を背負ってハロルド様が表舞台から退場する。
そのことでお母様たちの思惑通りに、彼らは目出度く溜飲を下げたわけだ。