軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

蒼焔 ㉝

腹ペコ対応はメイドさんたちに任せて、生地に被せられている濡れ布巾を取る。

もう一度、生地を指先でグッと押し込むと、しっかりとした弾力で指の跡が押し返されて3分の2ぐらいまで復元する。

この小麦、ちょっとだけ強力粉寄りの中力粉の品種だったのかな。

休ませた生地のコシは、微妙に強めかも。

手打ちうどんは工場生産のうどんよりもコシが強いのが普通だし、ショートパスタの代わりにグラタンの具材に使おうと考えているから、少し固めぐらいで丁度良いとしよう。

「次の作業に取り掛かりますか?」

「・・・うん。もう一度捏ねて、また20分間ほど休ませないといけないから、今、やっちゃうよ」

まな板の上に軽く打ち粉をして、身体強化魔法を使ってギュッギュッと捏ね直す。

私の隣でヘイナーさんも力を籠めて生地を捏ねている。

「・・・ヨシ。あと少しだけ生地を休ませて、その間にシチューを食べよっか」

「ええ。そうしましょう」

捏ね終わった生地を丸め直してまな板の上に置くと、同様に捏ね終わったヘイナーさんも私の生地の隣に生地を置いて、濡れ布巾を掛け直してくれる。

「・・・どう?」

「これ、美味しいわ!」

「優しい味だな。美味いぞ」

お母様たちのところへと戻ると、キラッキラに目を輝かせたルナリアに笑顔で迎えられた。

早くも食べ終わりかけているお母様も満足そう。

ハロルド様は、しっかりと味わっているみたい。

メイドさんたちも顔を綻ばせて堪能している。

みんなの様子が肯定的で有ることを確かめて、ホッと胸を撫で下ろす。

早速、ヘイナーさんと私もスプーンとスープ皿を手にクリームシチュー討伐に着手する。

なお、ハロルド様も含めて、全員が作業台の端っこを囲んでの立ち食いだ。

お行儀が悪いなどと言うこと無かれ。

作業場である厨房内に椅子なんてものは無いのが普通だし、厨房は段取りと時間と戦う戦場なのだ。

戦場慣れしているハロルド様やお母様が厨房へ押し掛けての味見を決断した以上、お行儀なんてものでぐだぐだと言ったりしないのだ。たぶん。

「ミルクスープと全く違いますね」

「・・・材料もミルクスープよりも多いしね」

私の知識内で言えば、材料が多いスープと言えばカレーなんだけど、胡椒すら見つけられていない世界では、あの全てを茶色く塗り潰す悪魔の料理を再現するのは、ドラゴンに会うよりも難易度が高い。

カレーは常習性の有る麻薬みたいなものだから、思い出したら無性に食べたくなるよね。

はあ・・・。もう二度とカレーを食べられないのか。

こっちの世界に来て、初めて郷愁のようなものを感じてしまったよ。

綺麗に食べ終わったスープ皿を作業台へと戻したハロルド様が、追憶の世界から私を連れ戻す。

「このスープも胃腸に良いのか?」

「・・・消化が悪い食材は入っていないと思います」

ハロルド様に向けて頷く。

私の答えにお母様が首を傾げる。

「消化の良い悪いが見ただけで分かるのか?」

「・・・一般論で、脂の多いお肉は消化が悪いのと、繊維が固い根菜は消化が悪いと思えば良いよ。気を付けて欲しいのは、小麦粉を使った料理でも脂を多く使うものは消化が悪いことが有るんだよ。その割に、バターやチーズや卵なんかは消化が良かったりする」

今度はハロルド様が首を傾げる。

「肉は意外に腹が早く減るものだが、肉も駄目なのか」

「・・・脂肪の多いお肉が、ですよ。体調が戻れば平気になります。王妃様にも、先ずは、しっかり食べて体力を戻していただかないと」

「そうだな。先ずは、食べられるようになることが大切だ」

納得顔でハロルド様も頷いた。

「・・・お肉なら、鳥肉は脂肪が少ないので良いと思います。川魚も消化に良いのですけど、上流の魚じゃないと泥臭いことが多いので、お薦めはしません」

「ああ。王都の魚は泥臭くて食えたものでは無いな」

やっぱりか。

以前に食べた味を思い出したのか、ハロルド様は嫌そうに顔を顰めた。

「・・・エサを与えず綺麗な水で一週間も泳がせておけば、泥臭さはマシになるのですけどね」

「そうなのか?」

「・・・はい。食べているエサと水の悪さが泥臭さの原因なので」

ちなみに、これはインターネット上の情報の受け売りで、私は真偽を確かめたことが無い。

だって、獲ったら直ぐに食べるから。

腹ペコ原始人と生活の知恵は相性が悪いんだよ。

「そう言えば、“魔の森”の川魚は臭くなかったな」

「・・・上流域で水が綺麗でしたから」

「そういうものか」

森で採れた魚の塩焼きの味を思い出したのか、ハロルド様の顔から渋味が取れる。

しかし、もう一人の腹ペコちゃんは納得しない。

「ねえ、フィオレ。お代わり、無い?」

「・・・もうちょっと待ってて。美味しいの作るから」

「そうなの!? 待ってるわ!」

腹ペコちゃん、陥落。

愛(う) いやつめ。

私も食べ終わったスープ皿を作業台に置く。

「始めますか?」

「・・・うん。あと少しで終わるから、たっぷりのお湯を沸かしておいて欲しいんだけど」

ヘイナーさんに答えると、指示待ち態勢の寸胴鍋のメイドさんがサッと手を挙げた。

「そちらは、お任せください」

「・・・お願い」

言うが早いか、さっさと身を翻した寸胴鍋さんの背中に声を掛ける。

残りのメイドさんたちは食器の後片付けに取り掛かっている。

私と一緒に生地の元へと戻ったヘイナーさんが首を傾げる。

「これを、どうすれば良いのでしょう」

「・・・延ばし棒は有る?」

「のばし棒ですか?」

ヘイナーさんの首の角度が深くなった。

おや? パイ生地とか延ばす料理は存在しない?

そんなこと無いよね?

レティアでもパイ包みらしきスープが出て来たことがあるもの。

しかし、お湯を沸かし始めて貰っている以上、のんびりと議論している時間は無い。

「・・・真っ直ぐで滑らかな棒なら何でも良いよ」

「これはどうでしょう?」

「・・・うーん。ちょっとこれは・・・」

調理器具の壁へと行って帰って来たヘイナーさんが差し出したのは、確かに真っ直ぐで滑らかな棒。

黒々、つやつやに使い込まれた感じが出ている、その棒は、鍋か何かの取っ手だと思う。

ちゃんと洗浄され、手入れされていて衛生的には問題なくても、気分的に手垢が心配になるよ。

「・・・ヨシ。作るか」

「作る、とは、棒を作るのですか?」

「・・・たぶん、やれるんじゃないかな」

私は竈へ薪を選びに行く。

「やらせてやれ」

首を傾げているヘイナーさんにお母様が声を掛けているのが耳に届く。

困らせちゃったかな?

でも、燃えている薪を移動させたときの感触で、「やれる」と思っちゃったんだよね。

節や割れが無くて、良さそうな薪を選び出して魔力の手で包み込む。

宙に浮いた薪を固定してゴミや埃が飛び散らないように閉じ込める。

このぐらいなら意識しなくても維持できるようになってきたなあ。

「・・・カッター」

魔力の手と風ジェットカッターの同時発動だ。

失敗すると厨房が大惨事になるから、言葉に出してイメージを補強する。

いつもより小さなサイズで生み出した風の渦を加速して、ドーナツ状の中心にある空間を小さく絞る。

台風の目のような安全地帯を直径4センチメートルぐらいだと想定する。

この台風の目は、ピーシーズとの初顔合わせのときに使ったバリアーの縮小版。

カッターの角度を変えて空間の直径を確認し、薪の位置と角度を空間と同軸に並べて調整する。

「・・・行け」

円筒形に整形したカッターと薪の距離が詰まる。

いつものカッターと違うのは削るのが外側か内側か。

シュガアアアアアア! と、激しい擦過音を上げて、削り取られた木屑を舞い上げながら薪がカッターに飲み込まれていく。

王都邸組が目を剥いてるけど、いつものことだ。

ゴメンね。カッターは音が大きいから驚くよね。

カッターの「目」を通り抜けた薪が顔を出す。

綺麗な円筒形に削り出された薪の直径は5センチメートルぐらいか。

直径4センチメートルのイメージよりも、若干、太くなったけど、これは風カッターの特性だろうか?

詳細に検証したことが無かったけど、カッターの表面よりも実際に切断能力が有る面は風の内側に有るのかも。

「・・・でもまあ、許容範囲かな」

誤差と言うことで見逃しておこう。

“手”の中に浮いている薪に手を伸ばす。

削り出したばかりの「延ばし棒」を掴み取ると、擦過熱の余熱か、ほんのりと暖かい。

これはもう、「薪」ではなく「棒」だな。

「・・・思ってたよりも悪くない?」

棒の表面を撫でてみる。毛羽立った仕上がりになるかと心配してたけど、そうでも無かったね。

一先ず、これで良いや。

風カッターを消すと、舞い踊っていた木屑が“手”の中に浮いたまま停止する。

このゴミ、どうしようかな。

大鋸屑(おがくず) だし、燃やすか。

“手”の中でギュッと一纏めにして、まだ火が残っている竈へと投入すれば後片付けは終わりだ。

「・・・洗っておくか」

ついでだから排水口へと移動して、“手”の中にバケツ1杯ほどの水を生み出して、ぐにょぐにょと撓む水球の中へと棒を放り込む。

イメージは洗濯機。

渦を巻いて回転し始めた水流の中で棒が動かないように位置を固定する。

大して汚れているようには見えなかったけど、清潔であることに、越したことは無いよね。

1分間ほど洗浄した後、水を取り除いて排水口へ流す。

再び棒を手に取ってみるとツルツルに仕上がっていた。

棒の表面を指先の腹で撫でてみても毛羽立ちは無さそう。

良い出来映えに、ぱしぱしと手のひらに棒を打ち付けながら作業台へと戻ると、お母様が手を差し出してきた。