作品タイトル不明
蒼焔 ㉑
「ハロルド、フレイア、バルトロイ。よくぞ無事に戻ってくれた」
王様が安堵の表情を見せる。
これが演技だったら人間不信に陥ってしまうだろうというぐらい、信頼する相手に見せる類いの表情に見えた。
私の目がフシ穴なのか、本当に安心した表情だったのか、私の目では判別できないな。
「勿体ないお言葉、ありがとうございます」
「何を言う。苦労を掛けたな」
ハロルド様、お母様、と、王様と握手を交わし、腕を引っ張られて場所を空けたルナリアと私の間の空間で、バルトロイ様と王様が握手を交わす。
バルトロイ様が再び後ろへ下がったところに、ルナリアと私が押し出される。
「ルナリア嬢。会うのは初めてだったな」
「お初にお目にかかります」
ルナリアは好意的な相手だと判断したのか、ニコッと輝くような笑みで王様に返している。
「うむ。レティアでは、テレサが世話になったな」
「いいえ。勿体ないお言葉です」
ルナリアは持ち前の元気が全面に出なければ、しっかりと大人びた対応ができる賢い子に見えるんだよね。
実際、賢い子だし。
色々と悪い噂を流されていたみたいだけど、ルナリアを誤解する人って見る目が無いんだよ。
ルナリアと握手した王様が人好きのする笑みを浮かべ、ルナリアの隣に立つ私へと視線をスライドさせてきた。
「そして、フィオレ嬢。其方には、我が王国の不届き者のせいで苦労を掛けた」
「・・・いいえ。お陰で、お母様と出会うことが出来ました」
王様は「どう、苦労を掛けた」とは言われなかったけど、私―――、の“体”が、奴隷にされていた話だと判断した。
私の認識としては苦労したのは“私の体”の方で、私は、目の前にある状況を乗り越えようとしただけだ。
“私の体”に酷いことをした連中を許す気は、これっぽっちも無いけど、私は、お母様やルナリアと出会えた幸運に感謝する気持ちは有っても、王様や王国自体を恨む気持ちは無い。
「それに、テレサが、とても世話になったようだ」
「・・・それは、殿下の―――、テレサ自身の頑張りです」
「そうか。テレサも良き出会いに恵まれたようだな」
僅かに目を見開いた王様は、柔らかく目を細めた。
この表情は、作られたものではなく、本心からの感情の発露だと信じられた。
お母様が王様に向き直り、静かな目で真っ直ぐに見る。
「陛下。先日、話した通り、ハロルドと私は、ルナリアとフィオレに爵位を譲る」
「認めよう。二人とも、重責となるが、しかと務めを果たせ」
王様もお母様へ静かに頷き返し、ルナリアと私に視線を戻してきた。
私たちも王様へ頷き返す。
「はい。身命を賭して」
「・・・はい。励みます」
「ヨシ。―――、皆と少し話したい。構わんか?」
王様に誘われた私たちは、ソファーセットへと腰を下ろす。
一人掛けが2脚に、3人掛けが2脚。
一人掛けに王様とテレサが座り、片側の3人掛けにバルトロイ様とアレイオス叔父様とミリア叔母様。
もう片側の3人掛けに、ハロルド様とルナリアと私とお母様が座る。
3人掛けと言っても、レティアで見慣れているような、甲冑を身につけた大柄な成人男性が3人並んで座れるサイズだから、0.5人分にしかカウントできないルナリアと私を挟んでなら、楽々で4人が座れる。
席に着いた一同を見回して、王様が眉尻を下げた。
「やはり、ドネルクは顔を出せそうに無いか」
「王城の足元も足元、騎士団の本拠地で事件を起こされたんだ。仕方あるまいよ」
残念そうな王様に、お母様が肩を竦める。
ドネルクって騎士団長閣下の名前だったよね。
あ、そっか。王妃様のお兄さんだから、王様の義兄だったね。
王様と騎士団長閣下の関係が良いのなら、王様と王妃様との関係も良いのだろう。
テレサも含めて家族仲は良いわけだ。
ということは、王様が伏せっている王妃様の部屋へ、なかなか通えない状況が有るのだとすれば、それは、夫婦仲のせいでは無く、王宮内のパワーバランスか、それとも、何らかの配慮によるもの?
王妃様とお会いしたときの口ぶりから、王様と王妃様が、あんまり会えていないんじゃないかと、ちょっと気になってたんだよね。
家族仲はどう? なんて聞きにくいから、そのことは、王妃様の治療の話になったときで良いか。
「困ったものよな。まあ、手間が省けたというのが儂の本音では有るが」
「今朝、話されていた演武のことでしょうか?」
テレサの問いに、真面目な顔で王様が頷いて返す。
「多くの者たちの前で“紅蓮”を使って見せたのだ。ここからでも見えたぐらいだからのう。衆目は十分に集まったであろうよ」
なんだ。
やらかしを幾らかでも挽回するのに、今度という今度は、全力で万全の“恒星”をブチかますつもりだったのに、無しになったのか。
「ただ、のう。折角、集まった注目ゆえ、南部の守りは揺るがぬと、もう一歩、踏み込んで見せつけておきたいと考えておってな。明日の謁見で、其方らに“銘”を与えたいのだ」
悪戯を企む悪ガキのような目で、王様がルナリアと私を見る。
私たちが王様から貰うの?
“めい”―――? 姪? この場合の“めい”って何だろう?
私が、よく分かっていないと見て取ったお母様が、口を開く。
「“銘”と言うのは、簡単に言えば個人を讃える異名だ。時の国王から“銘”を賜った者は、時代、時代で、最高峰を極めた者の証として、栄誉と共に“銘”を刻んだ短剣が下賜され、その“銘”こそが、その者を示す異名となる」
「・・・異名」
要は、二つ名ってヤツだ。
でも、異名とか二つ名って言われても、”人間発電機”とか、”風雲昇り龍”とか、”霊長類最強”とか、そんなのしか思い浮かばないな。
何と言うか、脳筋系?
「“銘”を下賜された者は魔法術師だけに限らぬし、ドネルクも先王陛下より”万雷”の”銘”を賜っておる。王国の長い歴史の中で同様に下賜した例は数多あるのだがのう。ただ、其方の前に“銘”を下賜された者が“白焔”と呼ばれる大陸屈指の魔法術師だったことを、聞いた者が知っておれば、其方がどれほど強力な魔法術師かは想像も付こう」
「・・・騎士団長閣下も・・・」
異名―――、名前ってことは、“銘”が正解かな。
お母様が王様から賜った“紅蓮”の名前が“白焔”だって聞いたし、そのことだろう。
てっきり、お母様は魔法の名前を付けて貰ったのかと思っていたけど、人間の方の異名だとは思っていなかったな。
あっ、でも、待てよ?
“恒星”の名前を考えておけってセリーナ様から宿題を出されていた件は、王様から“銘”を貰うので有れば、もう私が考える必要は無くなったわけだ。
自分で自分の必殺技に名前を付けるのって、後で気恥ずかしくなりそうな気がして後回しにしていたから、王様に名前を付けて貰えるなら、丁度良かったよ。
”恒星”は”恒星”で良いや、って思う部分も有ったけど、“恒星”って何だ? って誰かに問い詰められたら答えに困っただろうし、名前を変える必要は有ったからね。
「そういう意図のものだから、王国が戦力を誇示するための箔付けだな」
他国を威嚇するための政治的な理由か。
箔付けっていうのは、セリーナ様たちも、そう言ってたね。
演武もそうだったけど、ハリボテでも無いよりはマシだから、飾るだけ飾っておきたいと。
「で。これは、お前の仕業か?」
小さく息を吐いたお母様が、ジト目でミリア叔母様を見る。
「私とセリーナ叔母様ね」
「奥方殿か。奥方殿なら、やっかみも封殺できるか」
平然と言い返す叔母様の口から出た名前に、お母様は鼻息一つで終わらせる。