作品タイトル不明
蒼焔 ⑥
ガクリと崩れ落ちて両膝を突いたアンリカさんの腹部から、鮮血が零れ落ちる。
ポタポタと石畳に赤い花が咲く。
「アンリカ―――ッ!!」
「姉様―――ッ!!」
お母様の叫びとアリアナさんの叫びが重なる。
観衆の間からも大きな悲鳴が上がっている。
私が倒れている傍に、バルトロイ様とテレサが倒れているので、私も二人と一緒に、身代わりになったアンリカさんに突き飛ばされたので有ろうことは予測が付く。
観衆が上げた悲鳴は、テレサの身に起こった「事件」に対してのものだろう。
ただ、すでに剣を抜いているのはバルトロイ様だけで、他の誰もが柄に手を掛けてはいるけど、剣を抜いては居ない。
恐らく、緊急事態の発生は認識していても、バルトロイ様と私の他は、誰も「敵」の存在を明確に認識できていないのだ。
いや、もう一人、―――。
アンリカさんから距離を取ったのか、少し離れた場所へ移動した「右腕」と「左腕」。
その真下付近を狙って、駆けつけたディーナさんが愛用の槍をフルスイングする体勢に入ったのが見える。
ブオン! と、風を切る唸りを上げて、槍が「何も無い空間」を横薙ぎにする。
「うおああああああああああっ!!」
「―――ギャッ・・・!」
グシャッ! っという湿った音を残して、空中に血飛沫が舞った。
点々と石畳の上を跳ねて、非常事態の発生を認めて足を止めた馬列の傍に、血溜まり「だけ」が広がる。
アンリカさんに駆け寄ろうとしたお母様たちの背後から観衆の悲鳴が上がり、お母様たちが振り返る。
観衆の頭上を飛び越えて、フード付きの外套に身を包んだ人影が次々に飛び出して来ていた。
襲撃!?
抜き身の武器を手に、同じような外套で正体を隠した、たぶん、数十もの人影は、体格から察して、どれもが男性だろう。
明確に認識できる「敵」の姿に、こちらへ向かいかけた騎士たちが釣られて「敵」へと向かう。
手近な騎士に斬り掛かって来た襲撃者が目の前に居れば、誰もが、そちらへ向かわざるを得ない。
「何だ! コイツら!?」
「取り押さえろ!」
「殿下に近付けさせるな!」
そこかしこで、外套の襲撃者と甲冑姿の騎士が切り結ぶ。
王女殿下親衛隊や他の騎士たちや、警戒線を張っていた兵士たちまで入り乱れての近接戦が始まっている。
抜き放たれた剣に遮られて、お母様たちの足も止められている。
数では圧倒的に勝るが、あちこちから続々と飛び込んできた襲撃者に翻弄されて、防御態勢を崩されている。
「―――、くそっ!」
「邪魔すんな、コラアアアアアアアアッ!」
「アンリカああああああっ!」
フードの男たちと切り結ぶエゼリアさんたちの絶叫が響く。
「うあああああああああっ!」
私の傍を駆け抜けたアリアナさんも、斬り掛かってきた外套の一人に阻まれて、進めなくなっている。
行軍を止めたクローゼリス領軍の騎士たちも鞍から飛び降りて参戦して来はじめているが、馬列の隙間を縫って新たな外套姿が飛び込んできて、混乱に拍車が掛かる。
「ふっざけんじゃないわよ!」
「ルナリア様!?」
身を起こして倒れているアンリカさんの姿に気付き、ビキッと青筋を立てたルナリアが腰の短剣を引き抜いて駆け出した。
ピーシーズが慌ててルナリアの背中を追い掛ける。
「退けエエエエエエエエっ!」
お母様たちの叫びを耳に、私の目は、その場に両膝を突いて右脇腹の「針」を自力で抜き取って棄てたアンリカさんへと戻っている。
助けなきゃ。
早く、助けなきゃ。
気持ちは焦るのに、呼吸と鼓動ばかりが早くなって体が上手く動いてくれない。
どくどくと血が流れる傷口を右手で押さえ、左手で腰の 小物入れ(ポーチ) を探ったアンリカさんが、回復薬らしき小瓶の栓を歯で噛んで抜き、呷ろうとして、―――小瓶を取り落とした。
「―――、はっ・・・っ、―――カハッ!」
両手で胸を押さえたアンリカさんの顔色が、みるみるうちに真っ青になる。
前のめりに倒れて、石畳の地面に額を擦り付けて苦しんでいる。
「・・・うそ・・・。アン・・・リカさん・・・?」
「―――毒っ!?」
アンリカさんの異変に気付いたテレサが、動けずにいる私に背中を見せて駆けていく。
同時に異変に気付いたらしいディーナさんが、フード付きマントの一人を突き貫いて蹴り飛ばし、アンリカさんの傍らへと膝を突く。
「アンリカさん!」
「私が解毒を! ―――アンリカさん! しっかりして!」
「テレサ様、お願いします! ここは私が守ります!」
槍を構えたディーナさんがアンリカさんとテレサの傍で壁になり、アンリカさんが作った血溜まりの中に膝を突いたテレサが、魔力を高め始める。
今日のテレサはドレス姿で魔石を持って居ないはず。
なのに、テレサは自前の体内魔力で解毒するつもりのようだ。
私は―――、私は、こんなところで何をしているんだ?
お母様たちも、エゼリアさんたちも、ハロルド様も、騎士団長さんたちも、バルトロイ様も、アリアナさんたちも、みんな戦ってるのに、私は何をしているんだ?
震える両手を石畳に突いて、体を起こし、立ち上がる。
今日の私は―――、私たちは、隠し玉の魔石使用法を王宮の人たちに見せるわけには行かないから、誰も魔石を持っていないんだった。
テレサも、ルナリアも、ピーシーズも、それでも立ち向かっている。
私だって出来る。
戦える。
お母様たちが無事に帰ってきて、気を抜いていたことは間違いない。
それでも、王宮の―――、王都の敵対者を排除したと聞いて、簡単に信じすぎては居なかったか?
ご自身を助ける治癒魔法の行使を「待て」と止めた王妃様の横顔を思い出す。
コレが、王都。
コレが、王宮?
襲撃者たちが、どこの手の者かは分からないのに、にわかに私の心に疑念が湧き起こる。
王国の何を信じれば良い?
お母様も嫌っている王宮の、何が信じられる?
テレサに近付く王宮貴族の姿と居場所が無かった日本での記憶が脳裏を掠めて、重なる。
信じられない。
信じちゃいけない。
信じられるわけが無い。
信じられるものが何も無いとは言わない。
でも、そんなものは、ほんの少しだけしか無い。
私に信じられるものは、私が大切に思う人たちだけだ。
心を壊しかけてまで戦ったお母様。
疲れ果てた顔でも笑ってくれたエゼリアさんたち。
つい、さっきまで、アンリカさんも、一緒に笑っていた。
初めてレティアの領主館に着いた日、私を丸洗いしながら笑っていたアンリカさん。
私の前髪の長さで、エゼリアさんと額を突き付け合って議論していたアンリカさん。
初めての戦場を見せて貰った日、自分の鞍に私を乗せて走ってくれたアンリカさん。
明るく、凜々しく、優しく、いつだって笑っているアンリカさんの顔を思い出す。
そのアンリカさんに、何で・・・、何で、こんな酷いことをするの?
大好きなアンリカさんを、何で、私から奪おうとするの?
何で、私の大切な人たちを奪いに来るの?
なんで、私の居場所を壊しに来るの?
なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?
爆発的に膨張した疑念と疑問が燃え上がる怒りへと変質し、私という存在を染め上げる。
赤熱した感情が魔力へと伝播して、私の周囲に火の粉を舞い散らせる。
どろりと熔けた鉄のような憎悪に意識が熔けて同化する。
――――――許さない。
ぎりっと奥歯を噛みしめる。
胸の真ん中で魔力が活性化して熱くなる。
吐く息が炎のように熱く、吐き出すごとに荒くなる。
握りしめた両手の拳に力が入って手が開かない。
視界が滲んで歪む。
怒りで世界の全てが赤くなる。