作品タイトル不明
解毒魔法 ⑭
「・・・ヨシ。やるぞ」
腰を上げてペシペシとお尻の汚れを叩き落とす。
全身麻痺状態が続いているシカの傍へとしゃがみ込む。
シカの体に両手を翳して自分の魔力の質を変化させる。
「・・・むむむ」
どれだ?
シカの体内魔力に混じっている、ヘビの毒の魔力を探して意識を集中する。
お母様は、他者の魔力は反発すると教えてくれた。
シカの体に薄らと重なるように存在するヘビの魔力を感じると言うことは、シカの魔力とヘビの魔力は、毒が血に混じってもなお、反発し合っているということだろう。
それは、体の持ち主のシカにとっては、体内に入った異物に他ならないはずだ。
それが異物だと分かっているのに掴めない。
そこに在ると分かるのに、幻影を掴もうとでもしているようだ。
「・・・くっそ。掴めない・・・!」
ジリジリと遠赤外線で炙られるような焦りも手伝って、イラッと来た。
このぉ・・・!
「・・・集まれ!」
シカの体内に潜り込ませていた魔力の手をギュッと握りしめる。
と、シカの魔力にピッタリと重なっていたヘビの魔力が、ズルッとズレた感触が有った。
「・・・ん?」
ピッタリと被せてあったカバーがズレた感じ?
画像をカーソルで長押しドラッグしてレイヤーがズレた感じだろうか。
「・・・おっ。おお?」
私の声にピクリと反応したテレサが伏せていた顔を上げる。
掴めた!?
似せている私の魔力に近いのがシカの魔力だから、この感触が違うヤツがヘビの毒か!
「掴まえられたのですか!?」
「・・・ちょっ、ちょっと待って! もうちょっと!」
感触があやふやで、今にも魔力の手からスルリと逃げてしまいそう。
やっとヘビの尻尾を掴んだのだ。
何があっても掴んだコレを手放してはいけない。
「・・・くっ! ぐぬぬ!」
「がんばって! フィオレ!」
素手でウナギでも掴んでいるような気分だ。
昔、近所の川の、ちょっと上流で釣り針に掛かって、ニュルニュルするウナギを逃げられないように四苦八苦して掴まえたのに、焚き火で焼いて食べてみたら、泥臭くて生臭くて食べられたものじゃ無かったよ。
噛み切れないぐらい皮も固かったし、生ゴミでも食べている気分になったけど、せっかく手にした貴重なタンパク源だから、喉の奥から吐き気がせり上がってきても最後まで食べきった。
アレ、たぶん、泥抜きしないといけなかったんだよね。
当時は、泥抜きなんて知識は持っていなかったし、その後、ウナギが釣れることも無かったから、検証する機会も無かったけど。
おっと。今はウナギとの、ほのぼのした触れ合いの思い出に浸っている場合じゃなかった。
「・・・ええっと、―――こっちか!」
掴まえたは良いけど、どこへ持っていって引っ張り出せば良いか迷ったので、取りあえずの「開口部」が幾つも有る顔の方へ持っていく。
持っていくは良いけど、ヘビの魔力を纏った“コレ”が、一体、「開口部」のどこから出てくるか予想が付かない。
「・・・ええい! もう、良いや!」
シカの体内に魔力の手を潜らせたまま、顔へと向かう。
苦しいのか、それとも全身麻酔が解けかけているのか、シカがビクリと身動きした、ような気がした。
異変には気付いて居たはずだけど、ヘビを魔力の手から逃がしてしまう恐れに囚われた私に、シカの様子に意識を割く余裕なんて無い。
ずるずるっと引き摺る感触が僅かに有って、勢いに任せた私はシカの顔に向かって一気に魔力の手を振り抜いた。
「ゲボッ・・・!」
シカの体がビクリと震え、口と鼻の穴の3箇所から濁った液体が飛び出した。
つい、その液体に目が奪われる。
キャットウォークの床にベシャリと落ちた液体は、茶色と緑色が混じった汚い色をしていて、見るからに体に悪そうな色だった。
「・・・これ、毒かな?」
「「「フィオレ様!!」」」
「・・・ん? ―――、うわっ!」
必死そうな大声で叫んでくれたのは、オーリアちゃんだったか、ネイアさんだったか。
顔を向けると、むっくりと首を起こしたシカと正面から目が合った。
攻撃的な気配を感じさせる目が、完全に私をロックオンしている。
ヤッバ! 近すぎる!
私の手が届きそうな距離だから、完全にシカの攻撃範囲内だ。
万一、麻酔が解けてしまったときに備えて前後4本の脚はロープで縛って有るけれど、馬と同じぐらいの巨体に立派な角を持つ牡ジカが至近距離で暴れれば、私程度、簡単に弾き飛ばされてしまう。
しかも、このキャットウォークは地上20メートルの高さだ。
こんな高さから無防備に転落すれば確実に死ぬ。
次回からは腰縄を着けて大ケガで済むように対策しよう、などと頭の端で考えているような状況じゃ無かった。
「ブフォオオオオオオ!!」
「危ない!」
誰かが叫んだ瞬間、体を起こそうと身を捩ったシカの側頭部に、カツン! と矢が突き立った。
「―――、!!」
一瞬、痙攣して動きを止めた牡ジカが、力を失って、ドスンと倒れる。
みんなが声も無くシカの様子に集中し、数秒の時間を置いて我を取り戻す。
「ナンナ! よくやった!」
「いえ。上手く当たって良かったです」
ほう、と息を吐いて安堵の表情を見せたナンナちゃんが強張っていた体の力を抜いて、シカに向けて構えていた弓を下ろす。
固い頭蓋骨を避けて耳の穴を射貫いたナンナちゃんの矢は、見事にシカの脳を破壊したらしい。
目を瞠っていたテレサたちは、脱力してへたり込んだ。
私も安堵の息を吐く。
「・・・助かったよ。ありがとう」
「集中していたのは分かりますけど、気を抜いちゃダメですよ?」
「・・・反省します」
ああ、ビックリした。
まだ心臓がドキドキしてるよ。
素直にお礼を言って、私もへたり込む。