作品タイトル不明
猫耳ニンジャ爆誕 ⑨
「・・・お婆様に通訳していただいて聞き取りを行ったのですが、お母様の手紙に書かれていたように、ノーアは非合法な奴隷狩りに遭った被害者のようです」
多く離れた王国にまで「亜人族を捕縛して引き渡せ」と要求してくる神教会の影響下にある西方諸国を通って送られて来たのだ。そんな“商品”が合法であるはずが無い。
「豹人族、と言ったか?」
「フレイアの見立て通りで間違い有りませんよ。対魔族の大戦でも優れた戦士と記述が残る少数民族ですね。確か、大陸最西端地域が居住地だったはず」
ハインズ様の問いに、お婆様が明確に頷く。
「・・・ノーアは両親のことも覚えていないようで、寝て起きたら“奴隷環”を首に嵌められて、荷物扱いで馬車に乗せられていたようです」
「私も実物を見るのは初めてです。恐らくは、僻地に隠れ住んでいたのでしょうね」
「大陸最西端となると、3万キロメテルは離れているな」
「片道だけでも2年近くは掛かる。家族の下へ帰そうにも調べようが無いぞ」
馬の移動可能距離は一般的に1日60キロメートル程度だ。
一口に「大陸最西端地域」と言っても大陸は広い。
自力で探すには捜索範囲が広く、排斥している側に情報を求めても情報を得られるはずも無く、下手をすれば色々と藪蛇になる。
ノーアが今、3歳だとしたら、奴隷狩りに攫われたのはノーアが2歳になる前だった頃のはず。
両親や故郷のことをノーアが覚えていなくて当たり前だよ。
ハインズ様とお爺様が渋い表情で唸り、ミリア叔母様も痛ましい表情で首を振る。
「それ以前に、神教会の勢力圏よ。排斥している獣人族の存在が明らかになれば、隠れ里でも無事に残っているとは思えないわ」
「西方へ送り返しても、結末は見えているな」
お爺様が苦々しく溜息を吐く。改めて、ふつふつと怒りが湧いてくる。
ノーアが覚えていない以上、どうやって攫われたのかは分からない。
でも、ノーアが人生の半分を荷馬車の荷台に詰め込まれて生きてきたことは間違いない。
神教会に従う国へ送り返したら、もっと酷い目に遭わされる可能性が高い。
たった一人の子供に時間を掛ける余裕の無い戦場で、お母様が即座にウォーレス領へとノーアを送る判断をしたのは流石だよ。
ハインズ様の隻眼が、重い光を湛えて私を見る。お仕事モードの為政者としての目だ。
「なぜ、“家族”なのだ? 信用できる領民に預けて育てさせる選択肢も有ろう?」
「・・・市井に置いては安全性が確保できません」
「市井に置くのが不安なら、家人として領主館で育てる道も有ろう?」
「・・・私のときと違って、ノーアの保護に至る経緯は西部地域の民や王都の騎士団にも知られています。当然ながら、情報は西方諸国にも伝わります。王国内の心ない者が奴隷を欲しがれば、需要と供給の関係が生じます。王国と西方諸国では亜人族に対する処遇が違うことを、誰の目にも明らかにしておく必要が有りませんか?」
「保護したノーアを“家族”として恵まれた環境で遇さなければ、王国も―――、ウォーレス家も奴隷の購入を容認していると内外に受け取られかねない、と。そう言いたいのだな?」
「領主館に置いてやったり、受け入れ先を見つけてやるだけでは、奴隷を購入した者と見分けが付かぬ、と言いたいのか」
「・・・はい。お母様が“私に任せる”とされたのは、私を気遣って下さったのだと受け止めています。でしたら、私は構いません。私の気持ちよりも、ノーアの安全を確保すると同時に、王国として、敵に口実を与えない政治的処置が正解だと判断しました」
「口実だと?」
「王国を、ウォーレス家を封じるための、宣伝戦です」
「保護の名目で手に入れた奴隷を保有していると宣伝されれば、詳しく知らぬ者は宣伝を信じ兼ねんか」
「ここで隙を見せてしまうと、将来、再び内戦が起こるような事態に直面したときに、王国もウォーレス家も、大鉈を振るうだけの大義名分が揺らぎます。極論かも知れませんが、王国やウォーレス家を貶める宣伝戦を打たれた場合に備えて、誰が見ても宣伝が嘘だと分かる否定根拠を作っておく意味は有ると考えます」
「ふむ。将来の大義名分か。理には適っておるな」
為政者目線のハインズ様は納得してくれた様子だけど、最大の関門であるお爺様は、じっと私を見据えたままだ。
家長としての判断を重視するお爺様はハインズ様と目線が違う。
「フィオレよ。お前も分かって居ようが、貴族家とは、誰彼構わず養子を取るものでは無いのだぞ」
「・・・勿論、弁えています」
お爺様の言うことが正しいことは良く分かっている。
これは、お母様と私の我が儘なのだ。
血統を重視する貴族家がホイホイと家名を名乗ることを許したりしない。
私がお母様に迎え入れて貰えたのは、お母様が抱える特別な事情のお陰だ。
どこかのタイミングで取るつもりだった養子―――、跡継ぎに、たまたま私が選ばれたに過ぎない。
お母様は、「“紅蓮”は門外不出だから」と理由付けして外から婿を迎えることを頑なに拒絶し続けて、最終的には、特務魔法術師という過酷な道を選択して、今に至るらしい。
それは何故なのか。
ずっとそれを考えていた。
風ジェットカッター魔法で脳筋修得法が通用することが分かったから、“紅蓮”というハードルは私が引き下げたようにも思うけど、私に出来ることを、あのお母様が出来ないものだろうか?
お母様は、私にも、誰にでも“紅蓮”を教えようと思えば、教えられたんじゃないかな。
現に、お母様は、エゼリアさんたちにも“紅蓮”を教え込んでいる。
私が考えたように、「脳筋には“そういうものだ”と覚えさせる方が早い」と気付かないわけが無い。
「“紅蓮”は門外不出」なんて言い訳では弱いから、特務魔法術師の役職を引き受けたんじゃないかな。
私には教えず、自分自身の努力で修得することを命じたのは、単に、それがピーシス家の定めた「後継者の条件」だからだ。
お母様が婿を迎えなかった理由は、きっと、ハロルド様の部屋に入り浸っていることが、その“答え”なのでは無いだろうか。
なんだかんだで身持ちが堅いエゼリアさんたちがお母様が入り浸るのを咎めないのも、そういうことなんだろう。
きっと、お母様はハロルド様のことが好きなのだ。
好きでも無い誰かと結婚するぐらいなら、と、独身を貫いてきたのだろう。
色恋沙汰に縁が無かった私でも、そのぐらいの女心は理解できる。
あの子供好きのお母様が、自分の子供を生むことを諦めていた。
ノーアのことも、自らの想いを胸の内に押し込めて我慢してきたお母様の我が儘なら、私はその我が儘を叶えてあげたい。
これが私の我が儘だ。
「実質的にフレイアの判断でしょう。フィオレを責めるのは筋違いですよ」
「分かっておる。だが、一族に迎えて傍系を黙らせるとなると、フィオレのような“説得力”が必要となる」
「次男・次女以降の子が後嗣と扱いが違うのは普通のことですよ。継承権を与えなければ傍系が文句を付ける隙にはならないでしょうに」
お婆様の援護射撃に、お爺様が抵抗を試みる。
「そうなのだが、養子を迎えた前例が多いピーシス家の歴史でも、流石に獣人族を養子に取った前例は無いぞ」
「ピーシス家の娘が獣人族の家系に嫁いだ前例なら有るわね。ひいひいひいお爺様ぐらいの頃だったかしら? フィオレの妹で有れば、夜会のように武器の携帯が出来なかったり護衛を付けにくい状況でも傍に付けられるわよ」
今度はミリア叔母様から援護射撃が入って、お爺様が追い込まれる。
「・・・やかい? あ。社交の場ですか」
「そうね。使えるわね」
私の気付きに頷いたセリーナ様の参戦で、ついに、孤立無援になったお爺様が両手を挙げた。
ハインズ様は素知らぬ顔で食後のお茶を飲んでいる。