軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

光魔法というもの ⑮

「・・・これは・・・」

イメージを変えた方が良いかも知れない。

開いている口を閉じる物って何がある?

傷口の形状から連想するのは“チャック”―――、“線ファスナー”かな。

日本での記憶がある私にとっては、そっちの方が身近な物でイメージしやすいかも知れない。

表皮だけ閉じても傷口の奥が引っ付かずに血袋みたいになるかもしれないので、イメージの中で傷口の内壁にノリを塗って貼り付けてから、スライダーを「ジー」っと滑らせてチャックを閉じる。

逆再生のイメージよりも大幅に抵抗が減って、スッと閉じた感触がある。

瞼を開けると、鮮血で濡れたシカの太腿に傷は残っていなかった。

ピーシーズと騎士様たちから感嘆の声が漏れる。

イメージが上手く行ったみたいで良かったよ。

「・・・ふぅ」

「一発で成功させるなんて、さすがね!」

私の背中からルナリアが首っ玉に抱き付いてきた。

意識を治癒魔法に集中していたから私の中の時間の感覚が怪しい。

ルナリアが自分のことのように喜んでくれるのは私も嬉しいけど、シカが目を覚ますまでの時間が残っていないと危なくなるから、ポンポンとルナリアの腕を叩く。

「・・・先にシカを下に戻しちゃおう。目が覚めて暴れられると困るから」

「そうね!」

再び角にロープを掛けられた牡ジカは脚のロープも解かれて、死体のようにグッタリとしたまま宙を吊られて囲いの中へと降りていく。

今さらだけど、アレ、本当に回復するんだろうか?

吊り上げたときのロープは1本だったのに、吊り下ろす今は、なぜかロープが2本なんだなあ、と、ぼんやり考えながら眺めていると、シカが地面に着いて横たわったら、オーリアちゃんが2本目の方のロープをグイッと引いた。

しっかりと角に巻き付いていたロープがパラリと外れる。思わずパチパチと拍手する。

「・・・おおっ、凄い。私、縄を外すときのこと考えてなかったよ」

しっかり者のオーリアちゃんが褒められて照れているのも可愛い。

もっと普段から、みんなを褒めるようにしよう。

「・・・それにしても、なかなかの成果」

出来そうだとは感じていたけど、今日の成果は、ルナリアと私の2人にピーシーズの7人、そしてテレサの護衛騎士3人の、合計12人が治癒魔法の発動に成功。

元々、戦闘用の魔法や身体強化魔法が使えた“素養の有る人”ばかりだけど、考察と実験で成功率を上げることには成功したと言って良いだろう。

これで回復薬が無くても最悪の事態を避けられる確率が少しは上がる。

今朝の治癒師さんとの挨拶がてらの雑談で聞いたところ、市井を気遣う余裕が有るウォーレス領内でさえ、今は戦争中だから回復薬は品薄なんだよね。

ケガや事故は、いつだって起こるし、起こるタイミングを選んではくれない。

量産しようにも材料が森で採れる薬草だったりと量産に適さない。

当然ながら、回復薬は高価になる。

よって、あの治癒師さんは、結構、儲けている。

儲けてはいるが、安定しないらしい。

日本で言うところの栄養ドリンク剤程度の小瓶1本で金貨数枚。

しかも「時価」とか怖すぎる。

正確に換算したわけじゃ無いけど、たぶん、日本円だと1本で数十万円の感覚だろう。

命に関わる危険がすぐ隣りに有る世界だからこそ、安心して働き、安心して暮らすのに、医療の安定は必須だよ。

そういう意味でも治癒魔法の普及は重要になる。

「・・・後は、資料に纏めないとね」

政治的カードとしての使い方はセリーナ様とミリア叔母様に丸投げだ。

きっと王国の利益に最大化して活かしてくれることだろう。

後は、実験にご協力いただいた牡ジカが無事に回復してくれれば、治癒魔法術師量産計画に道筋を付けられる。

毒の用法・容量も具体的な目安を設けて 指導者(インストラクター) を付ければ、私の手を離れても不測の事故を避けられるはずだ。

「・・・指導者か。指導者なあ・・・」

治癒師の怪しいお姉さんの顔を思い出して不安になってきた。

あの、ふわふわと空を飛ぶような足取りを思い出せば、もっと不安になれる自信が有る。

大丈夫、大丈夫。

あの薬物中毒患者みたいなお姉さんだけが指導者になる可能性が有るわけじゃない。

シカと毒を使った強化プログラムはウォーレス領以外のどこででも出来るわけじゃないしね。

恐らく、他所に教えてあげたところでウォーレス領以外では真似できないんじゃないかな。

他所でも使える範囲の知識と技術を色分けしておいた方が良いのかなあ。

セリーナ様のことだから、ご自身でも修得できる可能性が有ると知れば、ジッとしていることなんて無いんじゃないだろうか。

お婆様もジッとしていることは無いだろうし、ご自分の目で確かめに来るにしても、取扱説明書は必要だよね。

統計(データ) と 報告書(レポート) と 取扱説明書(マニュアル) と・・・。

「・・・纏めることが多いなあ」

統計はサンプル数が足りないから継続調査で後回しだな。

取扱説明書も報告書で注意事項を書き出しておけば後回しできるか。

後回しにする癖を付けると「夏休み最終日の宿題が終わっていない小学生」みたいになりそうで、あんまり後回しにしたくないんだけどね。

報告書は後回しに出来ないから、興味を深めたセリーナ様たちが動き出すまでに、統計と取扱説明書は提出が間に合わないと予想する。

今日も報告書を書いている間のルナリアの相手をテレサに根回ししておかなきゃ。

地上に下ろしたシカの様子を覗き込んでいるテレサに耳打ちする。

「・・・テレサ。町に帰ったら、ルナリアの相手をお願いして良いかな」

「することが有るから頼む、と?」

お上品さと可愛さが絶妙に同居した 顔(かんばせ) に苦笑を浮かべたテレサが、チラリとルナリアを見る。

書類仕事でルナリアを放置したら、間違いなくルナリアが拗ねるからね。

件のルナリアは、転落事故を警戒したピーシーズに乗馬パンツの後ろ腰を掴まえられながら眼下を覗き込んでいる。

そのうち、ルナリアにも書類仕事を手伝わせて慣れさせたいのだけど、時間は有限だ。

上手く回っている間に進められるものは進めておきたい。

「・・・急いで報告書に纏めたいんだよ。治癒魔法を広く普及させられれば、神教会の影響力を 殺(そ) げる」

「もちろん、協力しますわ」

「・・・ありがと。お願い」

一瞬、目を丸くした後、とてもイイ笑顔でテレサが頷いた。

王国の利益としてフィードバックされることなら、テレサは快く協力してくれる。

テレサが居てくれて本当に助かるよ。