作品タイトル不明
盟約 ㉔
「どういうことでしょう?」
「・・・価値観で良いのかな? いや。文化? “女は守るもの”って考え方だと、女性に暴力を振るう行為自体を嫌うんだよ」
ケイナちゃんの質問に答えながら視線を向けると、衣服の土埃を叩き落としているテツさんが肩を竦めた。
ジェンダーが何とかかんとか言ってネット上で暴れ回っていたカタカナ好きの人たちが聞けば噛み付くのかも知れないけど、実に日本人的な考え方だよ。
私は元々、自分の身は自分で守るものだと信じてたし、すっかりウォーレス領に馴染んでいたから違和感を覚えることも無かったけど、テツさん的には模擬戦で有っても女性に暴力を振るうことを躊躇ったんだろうね。
そして、テツさんにちゃんと女性扱いされたお母様は悪い気がしなかったと。
思えば、お母様は“怖い人”扱いで、まともに女性扱いしている人を見たことがない気がする。
バルトロイさんは男友達と話す感じだったし、ドネルクさんも同性の同僚と話す感じだったしね。
「そういうものなのですね」
「・・・まあ、テツさんは模擬戦を“遊び”って認識していたぐらいだしね。―――、あれ? “遊び”?」
ケイナちゃんに答えている途中で不意にテツさんが言っていたという言葉を思い出した。
“遊び”だと認識して居たってことは、手抜きしていて今の結果ってこと?
まさかの仮説に戦慄を覚える。
サーッと血の気が引く思いで愕然としている私に、ケイナちゃんが悪意のない追撃を入れてくる。
「どうかしましたか?」
「・・・て、テツさん。お爺様やお父様との模擬戦も手を抜いてた?」
「ええっ!?」
質問者のケイナちゃんではなく、レイクスさんたちと気の抜けた顔で雑談しているテツさんに訊けば、ルナリアが素っ頓狂な声を上げた。
気付いたかね? ルナリアくん。
お母様だけでなく、ハインズお爺様もお父様もウォーレス領の最強戦力の1人なんだよ。
手抜きしていたテツさんにも勝てないってことは、戦闘力が隔絶していて、ウォーレス領軍全軍で当たってもテツさん1人に勝てない可能性を示していない?
勇者ってそこまで強いものなの?
私たちは、そんな勇者の1人である勇王と戦おうとしてる?
絶対に負けないと信じて勇王を倒す気で居たけど、無謀とも言える勝ち目のない戦いに全力疾走で助走を付けて頭から飛び込もうとしていた?
もしもそうなのだとすれば、戦力評価の大前提が変わってくるじゃん!
頭の芯が貧血でグルグル回るような思いで投げ掛けた質問に、テツさんはコテッと首を傾げた。
「いいや? 真面目に遊んでたぞ?」
は? 「真面目に遊ぶ」って、何!?
いやいや。待てよ? テツさんが「遊んでいた」ってことは?
「・・・もしかして、お爺様たちも?」
「そりゃそうだろ。あんなの、ぜんぜん本気じゃなかったしよ」
「そうなの!?」
はああああああー・・・。
テツさんの答えに安心して、思い切り溜息を吐いた。
王国の未来は閉ざされたわけじゃなかったよ・・・。
私の溜息にテツさんが怪訝な表情になっている。
「“模擬戦は挨拶代わり”だと言ってたのは、嬢ちゃんだろうが」
「・・・私? 言ってたけど、そうだったの?」
お爺様は「まだ勇者と戦ったことがない」と模擬戦を持ち掛けただけで、テツさんに―――、というか“勇者”に敬意を持っているみたいだし、お父様も同じ考えを持っている感じは確かに有った。
ニヤリと笑ったテツさんが、観衆に紛れて雑談しているお爺様たちへと目を向ける。
「手加減とも違えな。ハインズさんもハロルドさんも斬る気が無かったし、本気を出したらあんなもんじゃねえよ。遊んでいてアレだからな? あの人らはマジで強えわ」
「「ほほーう!!」」
テツさんの評価にルナリアと声を揃えて驚く。
良かった! 本当に良かった!
平気で熊と殴り合う人からお墨付きが出たよ!
まだだ! 私たちはまだ戦える!
じっと聞いていたお母様が感心した目をテツさんに向けた。
「初見でそこまで分かるものなのだな」
「言ったろ? “危ねえのは分かる”んだ」
「なるほどな。大した“勘”だ」
うーむ。お母様とテツさんが解り合った感を出してるね。
昭和の青春ドラマ感というか、熱血少年マンガ感というか、そんな感じ?
分かっていなかったのは私たちだけっぽいね。
エターナさんたちとも翌日には解り合った感を出してたし、いつもこんな感じだったのか。
ウォーレス式コミュニケーションに私が感心していると、観衆の一部からザワッとざわめきが上がった。
何かと思って目を向ければ、領主館の門前で警衛に就いている兵士さんが、外套姿の2人を伴って訓練場に入ってくるところだった。
「・・・んん?」
「サーレーンとタレースじゃねえか?」
「早いね。もう戻ったんだ?」
2人ともフードを被っているから顔は見えないけど、見覚えが有るような気がすると思った私の感覚は間違っていなかったみたいだね。
一昨日の早朝、エルフ族の集落へ相談しに帰ったと聞いていたけど、レイクスさんが言うように早いと言えば確かに早いよね。
集落の正確な場所を聞いていないから距離は分からないにしても、2人は森の中を移動して、片道1日で往復してきたことになる。
「レイクス様。ただいま戻りました」
「お帰り。早かったね」
「魔獣にも遭遇しませんでしたから」
レイクスさんと挨拶を交わして、サーレーンさんとタレースさんが安堵の表情を浮かべている。
柔らかな笑みで2人を迎えたレイクスさんが表情を改める。
「それで? お祖父様は何と?」
「それが・・・。こちらへ来られると」
レイクスさんの確認に、2人が困惑を浮かべて答えた。
レイクスさんの言う「お爺様」って、エルフ族の王様だよね? “元”だけど。
ええ・・・? 王様が来るの!?
思考が聴覚情報に追い付いて、お母様を見上げれば、お母様も驚きに目を真ん丸にしていた。