軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エンカウント! ㉘

「・・・あ~。これは熊だね」

「爪痕で熊かどうかが分かるの?」

私の目線を追い掛けたルナリアの視線の先に、鋭い爪でガリガリと引っ掻いた跡が有る。

マーキング場所はバンダースナッチの足跡から10メートルほど離れた巨木の幹だった。

黒っぽい幹の外皮に赤茶色っぽい傷が付いていると、結構、遠目にも目立つんだよね。

かなり高い位置で地面から5メートル近い高さが有る。

マーキングされた巨木に近付いて幹に付けられた爪痕を指し示す。

「・・・爪痕をよく見てみて。5本有るでしょ」

「有るわね」

ジーッと爪痕を観察したルナリアが大きく頷く。

「・・・色々な動物が居るけど、大多数の動物は親指が退化していて足跡に指が4本しか付かないんだよ」

「へぇ~。5本の指が足跡に付く動物って少ないんだ?」

足首周りに蹴爪だとか狼爪だとか呼ばれる“親指”を残している動物は多いんだけどね。

呼び方は色々だけど、尻尾を退化させた人間の尾てい骨のように使わなくなった器官を退化させる生物は幅広く存在する。

4本指や3本指に見えても大抵の動物は骨格を見れば退化した器官の名残を残しているし、1本の鰭に見える鯨の前肢だって骨格を見れば5本指から退化したことが分かる。

「・・・5本は猿系と熊系ぐらいだよ。猿と熊じゃ体格が違うから、爪痕を見るだけである程度は何の動物かが絞り込める」

「そうなのね!」

さてと。ルナリアが納得してくれたところで目の前の問題に向き合おうか。

これは問題だぞ。

あの高さに前脚の爪が届くってことは、体長が4メートルぐらい有る大きな個体じゃないかな。

体長4メートルと言えば、採掘場のシカやバンダースナッチよりも大きい。

何より、熊という無用な生物は打たれ強い上に弱点というほどの弱点がない。

崖下で発見した足跡の大きさから言えば、あのシカの体格はこの熊よりも大きいのだろうし、何かもう、全体的に大きさがバグってるよね。

南部の魔獣でも地球の動物よりも大きいのに、北部に近い森に棲んでいる魔獣はさらに大きいのだと実感した。

こんなのに対抗するには、ククリ罠で使う材料も蔓では引き千切られるんじゃないだろうか?

もっと引っ張り強度が有るピアノ線か金属ワイヤーが欲しいな。

本格的に向き合わなきゃならなくなる前に上位互換の狩猟道具を開発しておきたい。

東部地域に優れたガラス職人がいるとドネルクさんから教えて貰ったばかりだけど、製鉄や金属加工が出来る鍛冶職人の伝手も欲しいな。

ともあれ、状況は悪いことばかりじゃない。

獲物のサイズが特大なんだから、攻撃型のワナでの 的(マト) が大きくて 中(あた) りやすいと考えることも出来るよね。

バンダースナッチは時間を掛けてワナを仕掛ける場所を調整すれば処理できるだろう。

シカは―――、後回しで良いや。

このマーキングを中心に殺戮空間キルゾーンを置いて寄せエサを仕掛け、崖上ギリギリの周辺をククリで埋める。

ヨシ。これで行こう。

必要な情報が揃ったなら長居は無用だ。

準備も整っていないのに敵と遭遇するリスクを冒す意味は無い。

「・・・だいたい分かったから町へ帰ろう。今日中に準備を終えておきたいし」

「そうだな。詳細に作戦を詰めておくとするか」

お母様に意見を伝えると了承が出る。

「・・・じゃあ、マリッドさん。撤収で」

「はっ。―――、撤収!」

新領地の指揮権を持っているのはマリッドさんだからね。

名目上の領主は私だけど、今後も代官をお願いしたいからマリッドさんの頭上を飛び越えての指示は出さない。

現場の部隊指揮官であるマリッドさんが領軍の騎士様たちに号令を発して、速やかに町へ向けての行軍に移る。

崖の階段を下りるときには最上段から数段分を一旦撤去して、バンダースナッチに移動ルートを与えないようにしておいた。

私たちの方が森歩きに慣れているから大人のペースに合わせて黙々と歩く。

森の出口が近付いてきて安心感から心に余裕が出てきたのか、ドネルクさんが私の隣に並び掛けてくる。

「今日中に準備を、ということは明日には作戦を発動するのか?」

「・・・ピーシスガードはもちろん、レティアの猟師さんたちもワナ猟の訓練を受けていますから、作戦が決まればすぐにでも出動できますよ」

無意味に時間を掛ける必要はないんだから、準備が整えば実行するに決まってるじゃん。

即応しなきゃいけない状況なんて今までだって何度も有ったし、うちの猟師さんたちや新人さんたちを舐めて貰っては困る。

ていうか、みんな慣れてるでしょ。

慣れてるよね?

「冒険者を雇わずとも、本当に領民を戦力に数えられるんだな。育成のコツがあるのか?」

「・・・コツですか?」

別に機密情報でも何でもないと思うけど、一応、チラリと視線を向ければお母様が頷く。

「北部も魔獣が多い地域だからな。教えてやれ」

オーケー。しっかりと覚えて帰って貰おうか。

ドネルクさんがしっかりしてくれれば、その分、エゼリアさんが楽になるはずだ。

ドネルクさんも新領地を預かったようなものだし、領民と地場産業の育成は一からのスタートになるだろう。

「・・・どんな産業でも同じですけれど、平時から採算が取れる形で市井の産業として育てれば良いんですよ。それでも今回のように人手が足りなくなることが有りますから、私は冒険者も必要だと考えていますよ」

ドネルクさんは冒険者を管理するギルド長だし、良い関係を作っておきたいから冒険者の必要性にも理解を示しておく。

私の思惑を見抜いたらしいドネルクさんは、器用にクイッと片眉を上げて見せてから言葉を繋ぐ。