軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第2次領有宣言 ㉓

「おい。高度はもう、このぐらいで良いぞ」

「・・・あ。うん」

お母様の声に思考の沼から帰還して眼下の景色に目を向ける。

アテにならない私の目測では、現在の高度は300・・・、いや。400メートルぐらいだろうか?

ここまで魔力の手で高度を上げたのは初めてだな。

真下を見るから高さを実感するのであって、遠くを見れば遮るもののない絶景が広がっている。

絶景と言ったところで、延々と終わりの見えない緑の海と、所々に見える地形の起伏ぐらいだけどね。

ここまで上がればドラゴンが棲むと聞く黒龍山脈が見えるかと思ったけど、500キロメートル以上も離れていると高度の問題ではなく大気の靄で見えないものらしい。

そりゃまあ、高度400メートルぽっちじゃ東京大阪間もの距離を隔てた山々は見えないよね。

旅客機が飛ぶ高度10000メートルでも見えるんだろうか?

国際宇宙ステーション(ISS) が飛ぶ 低軌道(LEO) ぐらいまで上がれば間違いなく見えるだろうけど、そんなところまで生身では上がれないし、遠すぎて認識できなければ魔力制御ができない。

見えたところで、絵の中やモニター映像の景色と同じで干渉できないんだよ。

私のことだから、変に視認できてしまうと行ってみたい願望がムクムクと頭をもたげるかも知れないし、見えなくて良かったのだろう。

目線を足下に落とせば、眼下に見えるものは緑の海を分断して右へ左へと蛇行する青黒い線がナーガ川だ。

川面の波に反射する程度の小さな光では私たちの高度まで届かないらしく、黒っぽい線にしか見えない。

「渡河地点の砦を探すぞ。一定の速度で遡上してくれ」

「・・・分かった」

そんなに急ぐ旅ではないから、向かい風でも普通に目を空けていられる程度の速度に抑える。

原付バイクぐらいしか速度は出ていないと思うけど、時速30キロメートルだと仮定しても1時間ほどで砦の上空へ到着できる。

「・・・このぐらいの速度で良い?」

「ああ。そのまま維持してくれ」

早速、お母様が画板にペンを走らせる音が聞こえてくる。

地上を走る馬と違って空だと避けなきゃいけないものがなくて一直線だからね。

推測よりも少しぐらいは早く到着できるかも知れない。

お母様は眼下の景色に目を凝らして地形の特徴とナーガ川の形状を描き取り、私はナーガ川の流れをトレースしながら接近するものが居ないか警戒を続ける。

「疲れていないか?」

「・・・まだまだ大丈夫」

魔石を通して魔力を制御することも、魔力の手で物理的干渉を行うことも、今の私は意識せずに出来るようになっている。

慣れた山道を歩くのと同じで1時間に1回ぐらい休憩を取れば、1日ぐらいは継続することが出来るだろう。

今日の道程だと渡河地点の砦で休憩かな。

そこからレティアへ帰ってもお昼ご飯の時間までには余裕を持って帰り着くだろうし、ラクネの魔石を農家さんたちに引き渡してスライム畑の段取りも付けてしまいたい。

巨大スライムにダメにされた農地の再生作業も有るし、農閑期なのに農家さんたちも忙しいんだよ。

採掘場の出荷や回収作業は私たちの留守中も猟師さんたちが請け負ってくれていて、エクラーダ系領民の子供たちや若者たちが参加することで人手は足りているらしいからね。

じゃあ、お母様と私の留守中、ルナリアたちが何をしているのかと言えば、ピーシーズやエゼリアさんたちと一緒に風ジェットカッターや魔力の手の訓練だよ。

一歩先んじているルナリアが、自身のお復習いも兼ねて教導役を務めてくれている。

騎士と治癒魔法術師の養成施設用地を開発する伐採作業を兼ねているから、そっちの進捗も見に行かなきゃ。

偵察飛行任務が終わった後も私は忙しい。

夕方が迫って領主館へ帰ったら、遠征中の戦闘報告書も書かなきゃいけないし。

そうして、しばらく川の流れに沿って飛んでいると、お母様が声を上げた。

「おっ。見えてきたぞ」

注意喚起にナーガ川の流れへと目を向ければ、確かに見覚えの有る“コ”の字に川が湾曲していて、縦棒の外側―――、北岸の河岸に“I”の字型の防壁が貼り付いていて、防壁の真ん中付近に“ロ”の字型の人工物が引っ付いている。

周囲に見える景色も防壁の歩廊から眺めたものと上空から見下ろしたものでは大きく印象が違うけど、こんな森の奥に私たちが建てた防壁と砦の他に人工物が有るわけもなく、あれが目的地だと明確に分かる。

私の後ろ、視界の外で、お母様が画板に何か描き込んでいる気配が有る。

「・・・地図の方は?」

「だいたい描けたぞ。帰りに見直して問題がなければ、清書して任務完了だな」

念のため訊いてみれば自信に満ちた答えが帰ってくる。

従軍経験が長く地図を見慣れているお母様が描けたと言うのだから描けたのだろう。

お母様が描いた絵を見たことはないけど、お母様は王都の学術研究院で魔法陣も研究していた時期が有るのだから魔法陣も描ける。

何でも人並み以上にこなすお母様が“画伯”だとは思わない。

“画伯”じゃないよね?

“画伯”というスラングは、常人の理解を超える芸術的センスを持った人を讃える称号で、その独創的かつ超越的な感性を理解するには、見る人にもまた常人の理解を超えた時空の壁をものともしない芸術的センスが必要とされる。

要するに、平凡な感性しか持たない一般人が重要な場面で用いるには、“画伯”が描いた地図は向かない。

まあ良いや。

私はお母様を信じているし、お母様の言葉を私が疑うことなどない。

「・・・じゃあ、予定通り砦に着地して休憩で良い?」

「少しだけ行き過ぎてから砦に戻ってくれ。最後まで気を抜くなよ」

「・・・うん。分かった」

一旦、砦を行き過ぎて数キロメートルほどでUターンした私たちは砦の上空まで戻って来た。

渡河地点にも、建物の周囲にも、ダンジョンの大穴の周りにも、魔獣の姿も人の姿もない。

私たちが撤退したときと何の変化もないまま、無人の砦は河岸から森の一角に噛み込む形で鎮座している。

撤退後に魔獣が侵入した可能性も考えて魔力の手を4本伸ばす。

1本は地面に差し入れてアクティブソナーに。

2本は砦の周辺の森に。

残りの1本は建物内に。

魔力の手を大きく広げて走査する。

「敵影は無さそうだな」

「・・・そうだね。地上にも魔獣の反応はないよ」

お母様の確認に探査結果を報告する。