作品タイトル不明
第2次領有宣言 ⑱
ナーガ川には砦を築いた渡河地点とは別に、100キロメートルほど上流にも渡河地点が有ると聞いている。
誰がいつの時代に確かめたのかまでは聞いていないけど、30キロメートルを遡上するだけで兵力を損耗する“魔の森”を、100キロメートル上流まで踏み込んで攻めに来られるものならやってみれば良い。
領有宣言の地図に砦の位置を示す必要はない。
採掘場のときにも位置情報は示さなかったはずだ。
示さなくても間諜を通じて大体の位置情報は漏れるしね。
部隊単位の兵員を送り込んでも大損害を受ける“魔の森”に位置情報を調べるための間諜を密かに送り込んだとすれば、どれだけの犠牲者が出るか分からないのだから、領軍か猟師さんたちの中に間諜が紛れ込んでいるんだろう。
もちろん、明確な証拠が見つかって間諜で有ることが露見すれば速やかに処理されるだろうけど、問題なく働いている内はこちらとしても員数に数え上げるだけだ。
それは冒険者も同じ。
さっきもお爺様がすんなりと納得していたのは、敵対行為が露見するまでは間諜の潜入を防ぎようがない現状を理解しているからだよ。
どのみち、“魔の森”とナーガ川という物理的な障壁を乗り越える手段を敵が見出さない限りは、こちらも情報が漏れる以上の被害を被ることがない。
ガハハ! 勝ったな! ってヤツ?
悔しがるんだろうなあ。ざまあ見ろだ。
私が“お隣さん”に脳内勝利していると、思案顔で首を傾げていたバルトロイさんが口を開く。
「今さらなんだが、冒険者を使うのは良いとして、冒険者だけでレティアと砦を行き来できるものだろうか?」
「なぜだ?」
バルトロイさんの疑念にお父様が首を傾げる。
「渡河地点までの道程は決して平穏なものではなく、100人の兵力を擁する我々でも魔獣の襲撃に手を焼いた。街道を付けはしたが、“魔の森”が危険な場所であることに変わりはないだろう」
「それは確かにな」
バルトロイさんの指摘にお父様も頷く。
王国の最高戦力が顔を揃えた部隊構成でも危ない場面は有ったのだから、正論だよね。
でもまあ―――。
「・・・問題ないと思いますけど」
「何をもって問題ないとする?」
バルトロイさんとお父様の目が私に向く。
「・・・簡単な話ですよ。魔獣と戦わず逃げれば良いんです」
「戦わない? 魔獣に襲われてもか」
逃げる。ただそれだけ。
今までの私の口からは出たことがなかった言葉に、お父様たちが驚いた顔をする。
別に私は好戦的なわけでも魔獣の殲滅に熱意を持っていたわけでもないよ?
私が魔獣の襲撃を迎え撃っていたのは、お肉を得るためと、身を守るための逃げ場がなかったことが理由だもの。
クズ魔石は採れるにしても、お肉が獲れないラクネの殲滅にそこまでの魅力は感じていない。
冒険者だっておカネにならないラクネの群れと戦う意味は薄いだろう。
だったら最初から戦わなければ良い。
「・・・今までの戦闘は魔獣を倒したのが切っ掛けで、死の気配を察知したラクネが反応することによって連鎖的に戦闘の規模が大きくなったと考えられます。そもそもの切っ掛けを作らなければ連鎖も起こりません」
「ふむ?」
バルトロイさんの首の角度が深くなる。
思い出してみて欲しい。
1匹殺せば戦闘が連鎖する構図は往年のファンタジー作品に出て来た“腐った海”みたいだけど、私たちのときも触角ヘビや蜻蛉と戦うまではラクネも襲って来ていなかった。
いや。襲う対象に私たちが含まれていたかも極めて怪しいんだよ。
「・・・連鎖と大規模化を引き起こしたラクネの目的はエサとなる死体なのですから、襲って来ても獲物を譲って逃げれば連鎖も大規模化も避けられた可能性が高いと考えます」
避けられた戦闘を私たちは避けなかった。
なぜ避けなかったのか?
魔獣の生態を知らず、逃げ切れる状況が確立できていなかったからだ。
でも、私たちは生態を知り、馬が使える環境を整えた。
地を這うラクネや触角ヘビよりも馬の脚は速い。
襲撃を受けたとしても戦闘は十分に避けられる。
「そう考えることも出来るか」
学者肌のバルトロイさんは一から十まで説明しなくても理屈を理解してくれる。
思案顔で顎先を撫でていたマルキオお爺様が私に目を向けてきた。
「街道はすでに使用可能なのだったな?」
「・・・はい。道幅は馬車1台が余裕を持って通行できる程度に抑えていますが、双方向のすれ違いがなければ普通に走れるはずです」
報告書にまとめて提出するつもりだった情報を口頭で報告すると、お爺様は満足そうに頷いてくれた。
「速度で襲撃を振り切れるのだな」
「・・・そのつもりで街道を敷きました」
馴致されて道を歩くことに慣れていれば、馬というものは道の上を歩いてくれる。
それは馬車馬も同じだろう。
直線道路にまではできなかったけど、緩やかなカーブ程度に抑えた一本道なら馬も迷わず走ってくれるはず。
事故を防ぐ上でも道幅は広い方が良いのだろうけど、街道を敷くことを最優先にした妥協の産物とはいえ通行には支障がない。
「道幅の拡張は追々で良かろう。戦闘を避けることで人員を行き来させられるのなら拠点として十分に機能する」
「うむ。砦も完成しているのなら、兵站の搬入を進めつつ安全性を確かめれば良かろう」
マルキオお爺様だけでなくハインズお爺様の承認が下りたことで計画は確定した。
領有宣言書の地図作りが終われば、渡河地点とダンジョンの件は私の手から離れることになるだろう。
私は他にも急ぐ案件をいくつも抱えているからね。
一族の長が承認したことで実務者の長であるお父様が締めに掛かる。