軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

生態系の覇者 ⑰

常温の外気に晒されて2ヶ月間も放置されていれば当然ながら体組織も傷むんだけど、空気が乾燥しているせいか”腐敗した”というよりも”干からびた”状態かな。

黒っぽく変色した体組織は明らかに傷んではいるけど、冷蔵庫の中に忘れていた食材というか、熟成させすぎた枝肉というか、あんまり死体死体した感じには見えない。

どのみち、死体を見慣れた人ばかりが揃っているのだから、驚くどころか、この場には顔色を変える人すら居なかった。

首も両腕も囓り取られていて、ブラジャー販売用のマネキンみたいな形状かな。

ものの例えが死者に失礼かも知れないけど、冒涜する意志は無いし、客観的な感想だよ。

「この位置だと囓られたのは心臓の上ぐらいか?」

「・・・うん。背中というか、腰の上というか、その辺りから、ひと囓りされた状態でコレなんじゃないかな」

背骨も噛み砕いて引き千切ったときに、心臓と繋がっている肺なんかも引き千切っていったんだろうね。

崖上から観察していたときにはよく見えていなかったけど、胴の正面側よりも背中側の方が残っている部分が少なく、顎の痕だと思われる鋭い傷痕は脇の下―――、胴の側面から噛み込んだことが分かる。

”ヤゴ”というものは広汎な俗称で、実際には蜻蛉の仲間全般の幼体を指す。

哺乳類をはじめとした動物の顎は縦に開くが、虫の類いは横向きに顎が開くものが多い。

ヤゴも例に漏れず横向きに顎が開くタイプの構造をしていて、その形状はトラバサミを横向きに寝かせたようになっている。

特にヤゴの顎は特殊な機構を持っていて、獲物を捕食する際に顎をニュッと伸ばして噛み付くんだよ。

ヤゴの体の構造を思い浮かべて、なるほどと納得していると、目を厳しくしたドネルクさんが低く唸る。

「デカいな」

「・・・顎の大きさから推測するに、頭部の大きさは一抱えほど有るよ。その大きさから考えて、ヤゴの全体像は3~4メテルぐらいの体長になるんじゃないかな」

ドネルクさんの感想に大人基準のサイズ感で答えたけど、具体的には直径50~60センチメートルほどの軽く押し潰したような球形だろうね。

頭部の大きさから全体像の大きさを推測すると、そうなる。

ナーガ川本流に棲む巨大ヤゴが、本当に私が小川でカゴ罠のエサに使っていたヤゴが大きく成長したものであるのなら、頭部の大きさは6~7頭身の比率だったような記憶が有るから断定的な物言いになる。

私の推測に疑問を呈したのはバルトロイさんだ。

「なぜ、そんなことが分かる?」

「・・・もっと小さな個体なら採掘場近くの小川にも棲んでいて、川魚を獲るときのエサに使ってたからです」

「魔獣をエサに魚を獲っていたのか・・・」

エサに使えるなら魔獣も普通の虫も関係ないよ?

自然界の食物連鎖でも関係がないから、ヤゴだって体が小さな頃はナーガ川本流ではなく支流に棲んでるのだろうし。

それにしても、あのヤゴって、どうやって本流と支流を行き来してるんだろうか?

同じ水脈なんだから、どこかで繋がっていることは間違いないのだろうけど―――、と考えて気付いた。

ふぅん・・・。

「・・・なるほど。ダンジョンか」

「何?」

私の呟きに反応したのは、またしてもバルトロイさんだ。

「・・・ああ、いえ。採掘場の小川で育ったヤゴが、どうやって10キロメテルも離れたナーガ川本流に移り棲むことが出来るのかと考えまして」

「君はどう考えたのだ?」

私を見下ろすバルトロイさんを見上げる。

バルトロイさんは答えにくいことを訊いてくることが多いけど、この件については迷わずに答えられる。

バルトロイさんの問いに対する明確な仮説を私はすでに持っている。

「・・・迷宮ですよ。おそらく、地下でナーガ川本流と採掘場の小川は繋がっているのではないでしょうか」

「なるほど。採掘場周辺が迷宮化しているという仮説も信憑性を帯びてくるな」

答えが出てスッキリとした、という顔でお母様がポンと手を打つ。

分かる分かる。私もスッキリしたもの。

ところが、バルトロイさんは眉間を険しくして私たちを手で制しようとする。

「ちょっと待て。採掘場というのは領有を宣言した魔の森で発見した岩塩鉱床のことか?」

「順序が逆だ。フィオレが発見した岩塩鉱床を確保するために領有宣言に踏み切ったんだ」

「・・・その通りです。お爺様たちやお婆様たちの英断ですよ」

お母様と私の反論にバルトロイさんは首を振る。

「そんなことはどっちでも良い。ウォーレス家は迷宮で岩塩を採掘し、迷宮の魔獣を食肉扱いしていることになるのだぞ」

「何か問題が有るのか? 塩は塩に過ぎんし、肉は肉に過ぎん。フィオレの罠技術が岩塩採掘の安全確保と食肉の確保を可能にして、その技術のお陰で王国は国家崩壊の危機を乗り越えられた。現実を直視しろ」

ああ言えばこう言う。

ポンポンと反論を返すお母様を前に、バルトロイさんは頭痛を堪えるようにこめかみを揉む。

「お前こそ現実を理解しているのか? ウォーレス家は迷宮の真上で暮らしている可能性が有るのだぞ」

「まさに要衝だな。初代レティア卿の慧眼には感服するほか無いじゃないか」

お母様の解釈にルナリアと私もポンと手を打った。

「・・・なるほど。その可能性も有るんだ」

「すごいわ! さすが初代様ね!」

ウォーレス家は“魔の森”の脅威と隣国の脅威を抑え込んでいただけじゃなく、ダンジョンの脅威にも蓋をする要衝中の要衝に砦を築いたと。

それがレティア卿の意図したところでは無くっても、奇跡的な偶然というか、運命的なミラクルさえ感じてしまう。

ファインプレーどころの騒ぎじゃないよ。

この世界に運命というものが存在するのなら、レティア卿という女性は、よほど運命に愛されていた人物だったんだな。