軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三人目の転生者

「リク、こっちのスライムもやってくれないか」

「いいけど、やり方教えたろ?」

「教わったけど、スライムなんてほとんど見た事ないだろ。それこそ100年以上生きてきて、ここ2、3年のことだよ、スライムを見るようになったなんて」

リクは肩をすくめた。リクだってスライムなんてこっちの世界に来て初めて見たのだ。それこそ、ここ2、3年の事なんだけどなと思う。

リクは転生者だ。正確に言うと、女神と名乗る怪しい女性に無理やりこの世界に連れてこられた。

電車の脱線事故で意識がなくなったと思ったら、転生部屋だったというわけだ。ラノベかよ。

しかし一番恥ずかしいのは、そのラノベのような展開に浮かれて、いい大人なのにはしゃいでしまった自分だった。

残りの女性二人もぽかんとしている中、異世界転生とか、剣と魔法の世界という言葉に浮かれて、転生して生きるということがちゃんと考えられなかったのだ。

今、こうしてこの世界で暮らしていると、女神の言った3つの願いについて、瞬時に答えられたあの女性は本当にすごいと思う。実を言うとリクはその女性に釣られて同じような願いになってしまったことを、言ってしまった後で一瞬後悔した。もっとチートなものにすればよかったと。

しかし、あの女性の願いは、健康でそばで支えてくれる人がいれば、後は自分次第なのだと、異世界であっても生きるということは同じなんだということを教えてくれた。

「だからさ、よく見ててくれよ。いっつも俺がいるとは限らないんだからさ」

リクは二軒隣のおじさんに言い聞かせる。

「ほら、ちょん、と。酸を吐き出したらもう一回ちょん、と。そしたらもう、何も吐かないからそうしたらこの鉈でさ、しゅっと」

ぷるぷるのスライムはあっという間に形をなくしていく。リクは魔法で水を出し、残った魔石を洗って拾った。魔法って、いつ使っても楽しいと思いながら。

「いいじゃねえか。リクだっていい小遣い稼ぎだろ」

「そういうことじゃないんだ。これだけスライムが増えたんだから、怪我をしないように、みんながこのやり方を身につけないと」

「ああ、ああ。大丈夫だって。ありがとな」

おじさんは手を振って行ってしまった。100歳を超えて見た目は中年にさしかかってるおじさんのほうが、よっぽど子どもみたいなんだとリクは思う。

リクがおじさんを見送りながら、そのまま周りを眺めると、そこは整然とした麦畑だ。右手の奥の方の丘には柵が囲ってあって、何十頭もの牛がのんびりと草を食んでいる。

これが俺がここに落とされてからの3年間の成果。リクの心が静かな満足感に満ちる。

まだ肉類の自給には程遠いけれど、それは、本当にゆっくりとやっていけばいい。バターやミルクが少しは安価に手に入るようになって、食事が楽しくなったとみんなに好評なのだ。他の領に輸出もしていて、代わりに平原では手に入らない物が手に入るようになった。湖沼の干し魚なんて、ごちそうだという。

ここだって海の魚なら簡単に手に入るのに、淡水の魚をありがたがるなんておかしなものだけど。

「こうしてね、からからに干した湖沼のこの干し魚を一晩かけて水に戻してね、それをミルクで煮込むと、魚がほろほろほどけて、おいしいスープになるのよ」

そう言ってくるくると料理を作ってくれるのは三軒隣のマリアだ。時々料理を作りに来てくれる。この料理の時だけは、サイラス父さんも困った顔をしながらも素直にごちそうになっている。早く結婚すればいいのにとリクは思っているのだが、男二人の生活も悪くはない。

そんなリクがこの世界に落とされたのは、寒い夜だった。雪こそ降っていないけれど、月明かり以外まったく明かりのないそこは、草原のようで、丈の高い草がかさかさと音を鳴らしていた。自分に目をやると、シャツにズボンにベストにブーツ。いかにも村人らしいその恰好をした自分は、自分とは思えないほどに小さくて。なにより、

「寒いんだよ! 冬に落とすなら上着くらいくれよ!」

思わず大きな声を上げるくらい薄着なのだった。

「まったく、よく考えたら三つの特典も何も、俺たち殺したのあいつだし、ちょっときれいだからってうっかり女神様なんて思ったけど、実際こんな状況だし、俺怒ってもいいんじゃねえ?」

寒風にぶるぶる震えながら、リクはともかくも周りを見渡した。何もないように見えるが、よく見ると、ところどころ黒い影になっていて、光がチラチラと瞬いているのは、どうやら家の明かりが漏れているらしい。

「人家だ! なんとかあそこまで歩ければ」

ぐずぐず言ってたって仕方ない。リクは必死に歩いた。歩いているうちに暖かく、

「ならないよなー、むしろ風が俺の体温をどんどん奪っていく……。そうだ、走ればいいんだ」

リクはガタガタ震えながらそう気づき、だいぶ近くなってきた明かりに向かって走った。近くに来てみるとそれは結構大きい家で、リクは玄関と思われる大きいドアをドンドンと叩いた。呼び鈴をならせ? 見えないんだよ、そんなもの。そう一人で突っ込みながら、力いっぱい叩く。

「なんだ、こんな夜に」

ドアは急に開いた。明かりと共に、温かい空気とおいしそうなにおいがふわっと漂ってきた。

「すみません、あの」

しまった、どう説明するか考えてこなかったとリクは焦った。出てきたのはがっしりした男だった。30代だろうか、自分よりも年上で、少し目つきは悪いが頼りがいがありそうだ。

「見たことのない顔だな」

「あ、おれ、ここ、わからなくて、えと」

「まあ、入れ」

男は体を半分斜めにして、リクが入れるように場所を空けてくれた。中に入ろうとしたリクは、一歩進んだとたん膝をガクッと落とした。思ったより体が冷えていたようだ。ガタガタと震えるリクに思わず手を差し伸べた男は、見た目通り薄着のその体を不審そうに見たが、とにかく肩を支えて暖房の前に連れて来た。

男が買っておいてよかったと思う、最新式の魔道具のストーブだ。テーブルから椅子を動かし、暖房の前に持ってくると男はリクをそこに座らせた。暖かい部屋にほっとしながらも、表面をあぶるような熱を当てられても体の芯から冷気が抜けずリクの体が大きく震える。男はバタバタと毛布を持ってきてリクに巻き付けると、温かいスープを持ってきてそのカップをリクの手に握らせた。

「飲め」

ぶっきらぼうにそう言うと、リクが一杯分を飲み干すまで手を支えていてくれた。体の内側に温かいものが入ることで、やっと震えが止まるとともに、どうしようもなく眠気が襲ってきた。がくり、がくりと首が揺れ、やがて男に寄り掛かって寝てしまったリクを、男は無表情で抱き上げ、ベッドに運んでいく。

「服は汚れてはいない。着替えさせるより、このままだな」

男はリクから毛布をはがすと、客室のベッドにそっと置き、リクに布団をかぶせてさらにその上にその毛布をかぶせた。

「迷子という風ではなかった。たまに来る流れ人ほど薄汚れてもいないどころか、清潔。上着も着せずに、放り捨てられたとしか思えないんだが。いったいなんなんだ」

男はほんの少し苛立ったように顔をしかめた。しかし、現にここにいるのだから仕方がない。男は、やっと顔色の戻ってきた子どもの目にかかる前髪をそっとよけた。少し癖のある、長めの髪。細い顎に、意志の強そうな口元。

「ファルコ」

いや、ファルコはもう50になっただろう。ただ三歳で連れていかれたあの子が、大人になった姿はどうしても思い描けないというだけで。いなくなってから一度も姿を見たことのない息子に思いをはせる。手元に置きたくても置けない子だっているのに。

「いらない子なら、俺がもらってもいいんだな」

もし誰かがこの子を捨てたというなら、自分が手元に置いてもいいはずだ。男は静かに決意を固めた。