軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

本当の名前

「ハル」

導師は床にしゃがみこんだ。そうすると大柄な導師も、ハルの顔を見上げることになる。

「お前は間違った場所に落とされたのだ。この世界は寿命が長く、なかなか子どもは生まれない。だから生まれた子どもは大事にされるし、親のいない子どもだって大事にされる。ハルは大事にされるべきなんだ」

信じていいのだろうか。ハルはショウを見た。ショウは真剣な顔で頷いた。導師はふっと笑ってこう続けた。

「それにショウの姉妹みたいなものだろう。それなら深森の町にとって、もう一人かわいい子が増えるにすぎない。安心して本当に落ちたはずの場所に戻っておいで」

「本当の場所」

ハルはつぶやいた。

「そこで一緒に、誰かを守る力をつけようよ」

ハルの言ったこと、覚えていてくれた。

「二人で考えたら、きっと中二病的な新しい魔法が開発できるよ」

「それはいやだ」

今度はハルははっきりと言えた。ショウと導師はほっとした。

「よし、じゃあ治癒を始めるよ」

ショウはハルに、

「ベッドに座ってね」

と指示を出した。

ショウはベッドに座ったハルの前にひざまずいた。

「両手を出して」

ハルは恐るおそる両手を出した。

「魔力を流すよ」

そのショウの言葉と共に、暖かい何かが流れ込んできた。魔力と言っていたが、これは魔術師の使う魔力ではない。純粋なエネルギーそのものだ。なんて明るいんだろう。そう思ったら体が抵抗した。こんな薄暗いところで生きて来た自分が、こんなまっすぐな光を受け入れる価値があるのだろうか。

「逃げないで!」

ショウの大きな声にびくっとした。

「つらい環境にいたことは自分の責任じゃないでしょ。ミハルは誰かを傷つけたの?」

そんなわけはない。ハルは首を横に振った。

「一生懸命生きて来ただけ。何にも恥じることはない。さあ、リセットしよう。もう一度生きなおそう。そのために、受け入れて」

さあ、深呼吸して、ショウのエネルギーに身を任せて。

「右の腿、一応治っているけど不完全。右の肩と鎖骨。つなぎ方がずれてる。背中。斜めに大きな切り傷。それから……」

ショウの声が震えた。

「代わるか」

「セイン様、大丈夫です」

ショウは一度目を開けて、ハルを見上げた。

「とりあえず、この大きい傷だけ治療するね。そうしたら、馬車での移動がつらくないから」

「うん、お願いします」

ハルはまだ成長中だから、左右のゆがみもない。ショウは魂の形を反転させ、コピーしていく。女神様、あなたが連れて来た私たちなんだから、ケチらずにエネルギーをよこしなさい。

ハルは眉をしかめている。痛くはないはずだ。でも大量のエネルギーで補修していく魂は、体を熱くさせるからつらいことはつらいだろう。

肩を治す。鎖骨をきれいにする。腿の骨をしっかり戻す。背中は真中からきれいに反転させコピーする。これで痛みを感じる部分はほとんど消えたはず。ショウはそっと目を開いた。

「ハル、いいよ。腕を上げてみて」

「うん、あ、痛くない!」

「よかった。大きいところは治ったからね」

エネルギーを足したハルの体は少し生気を取り戻していた。導師の目が優しく細められる。

「見事だ、ショウ」

「ありがとう、ショウ」

ハルも嬉しそうにお礼を言う。

「癒した後は疲れるからね、今日はよく寝て。それから、治らないふりしていてね」

頷くハルを布団に押し込め、うとうとし始めたのを見届けると、ショウと導師はハルの部屋を出た。

「ショウ、どうだった」

「すごい数の傷があって」

ショウは思わず口元を押さえた。

「さっきの反応を見たら、治癒師にかかるのにも慣れていないし、ポーションの使い方もちゃんと知っていたのかどうか。私たちの国では怪我をしたら傷が残るのがあたり前だったの。痛みがなくなったらもうポーションを使ってなかったんじゃないかな。少ししか使えなかったらちゃんと治らないのに。そんな感じの傷だった」

「治りそうか」

「完全には無理かも。でも側にいて、私がしっかり管理すればだいぶ良くなると思う」

「そうか、そうしてくれるか」

「もちろんです、セイン様」

力強く頷くショウだったが、気配を感じてファルコが迎えに来た。

「ショウ、終わったのなら休もうぜ」

「うん、ファルコ。セイン様、お休みなさい」

「お休み」

今日はファルコと二人部屋だ。いつもならすぐに膝の上に乗せようとするのだが、今日のファルコはベッドに座っている横に座った。そしてそっと私の両手を握った。

「ん? 癒してほしいの?」

「違う」

ファルコは一度深呼吸をするとショウを見て、

「ショウ、クォ」

と呼んだ。あ、聞いていたんだね。

「しょうこ、だよ」

「ショウクォ」

「しょうこ」

「ショウ、コ」

「そう」

ショウはファルコのお腹にギュッと抱きつき、目をつぶった。

「ショウコ」

「うん」

「ショウコ」

「うん」

日本でだって、ショウと呼ぶ人の方が多かったし、全然気にしていないつもりだった。でも翔子と本当の名前で呼ばれることが、こんなにうれしいことだとは思わなかった。

優しく背をなでるファルコが、もう一度、

「ショウコ」

と呼ぶ。ショウは顔を上げて、にっこりと笑った。

「ショウでいいんだよ」

「だがな」

「ショウでいいの。この世界で生まれなおした私には、ファルコが最初に呼んでくれたショウという名前でいいの」

「ショウ」

「ありがとう、ファルコ」

少し照れるファルコの膝に乗りなおすと、ファルコもしっかり支えてくれる。ショウは背伸びしてファルコの頬にちゅっとキスをした。

「おまっ、え、な」

「お礼だよ?」

ファルコは真っ赤になって私を抱えたままベッドにあおむけに倒れ込んだ。私はファルコのお腹の上でくすくすと笑った。ショウでいいんだ。