軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

使者

エドガーはそれ以上何も言わず、そのまま入口で待っている。

ショウはハルと一瞬顔を見合わせたが、何も言わずエドガーの後に続いた。

一階の食堂に降りると、夕食の時間をだいぶ過ぎているのに、たくさんの人が集まってざわめいた。

その真ん中に、囲まれるように導師が座っている。治癒師や薬師、それにデリラのお父さんなど知っている人もちらほらいた。

だが、大人の中で目立っているのはやはり子どもである。守るようにそばにサイラスが控えている。

「リク!」

「ショウ! ハル!」

リクがはっと顔を上げると、安心したように二人の名前を呼んだ。

そして食堂の注目も同時に集めてしまった。

だが、ショウはこんなことには慣れている。エドガーを後ろに従えるようにして、ショウとハルは堂々と導師とリクのもとに歩いて行った。まるで道が開くように人垣が割れる。

「セイン様」

「ショウ、ハル」

導師は立ち上がると、珍しく二人をぎゅっと抱きしめた。いつもそうしたいと思っているのに、ファルコとレオンに遠慮しているのと、二人が恥ずかしいだろうと思って控えてくれているのを知っているショウは驚いた。

「いったい何がありました?」

「それがな」

話し始めたのは、導師ではなく向かいに座っていた人だ。ショウはその人に何となく憶えがあった。

「確かアンファの……」

「そうだ。あの時、腰を治してくれてありがとうな」

治癒した人のうちの一人だったようだ。

「俺は使者殿を案内してきただけなんだが。使者殿は疲れて先に休んでしまったんで、代わりにここに出てるんだ」

事情は分かったが、使者とは何だろうか。ショウは悪い予感がした。

「端的に言う。ノールダムで、魔物があふれた」

「ファルコ!」

叫んで入口に飛び出そうと動いたショウの肘をハルがつかんだ。その手は震えている。

その手を見て、その手の先のハルを見て、ショウははっとした。

大きな目に、あふれそうな涙。震える口元。それでも、強い光をたたえる目。

今、外に走り出てどうなる。やっと乗れるようになった馬を駆ってアンファまで行ったとして、それでどうファルコの役に立つ。

「ハル、ごめん」

「いいの。わかるから」

ハルは首を横に振った。

「セインさま、すみませんでした。もう少し話を聞かせてください」

そう言ったショウとハルのために、リクとサイラスが椅子を用意してくれた。

食堂に集まった人々は、ショウとハルが呼ばれたことも、そしてその二人の行動も不思議に思った。しかしショウとハルを置いて、養い親がノールダムまで魔物討伐に行ったのだという事情がひそひそと食堂を駆け巡り、ショウとハルに同情的な視線が注がれた。

「今年の魔物の多さは異常で、そのため魔物があふれるということは予想がついていたそうだ。そのためにノールダムでは、魔法師と狩人が組んで、あふれること前提で計画を立てていたと、この手紙に書いてあった」

導師は、目の前のテーブルに置かれた手紙を指し示した。

「口頭では事情が正確には伝わらない可能性があるからと、手紙がたくさん書かれたらしい。型どおりに書かれた手紙と、それから我らあての手紙と」

「読んでもいいですか」

ショウは手紙を受け取ると、二種類の手紙をハルと交互に読んだ。

「伝承通りなら、アンファを過ぎてしばらくしたところで魔物は力尽きる。おそらくカナンまではたどり着かず、たどり着いたとしても魔物の量はかなり減っているだろうと書いてあります」

「そう予想されているようだな。だが、せっかくこうして前もって知らせてもらったのだ。魔物がたどり着いた場合の最悪を予想し、その対策を立てねばならぬ」

二人は頷いた。

導師は立ち上がった。

「まずこれは言っておくが、魔物に立ち向かおうとしてはいかん。これは絶対だ!」

これはさすがに意外だったようで、おそらく自衛団を組織して魔物に対処しようとしていたカナンの町の人たちはあっけにとられた。

「町の者は、魔物の来襲の警告が来たら、家に閉じこもって外に絶対に出ないこと。対策はそれに尽きる!」

「なぜだ! せっかく連絡が来たのに、立ち向かわずにどうする!」

「家に閉じこもっていては、畑がだめになってしまうではないか!」

町の人たちは口々にそう言った。

「ダメなんだよ! 無理なんだ! 俺たちじゃ!」

立ち上がって町の人に反論したのは、意外にもアンファの町の人だった。

「俺らはな、すでに導師とこの小さい治癒師さんたちに一度救われてんだ。アンファは、この春、ハネオオトカゲの群れに襲われそうになったんだよ!」

同じ平原の町が既に魔物に襲われていたと知って、皆静かになった。

「俺たちも外に出るなと言われていた。だけど出たさ。この小さい子どもたちが町の外で俺たちを守ろうとしてる。俺たちだけ家の中に閉じこもっていていいのかって、そりゃ思うだろうよ、なあ」

まさにカナンの町の人たちもそう考えていたところだった。もっとも、アンファでショウたちが魔物に立ち向かっていたというのは想定外のことだったが。

「けどな、魔物ってのはな、トカゲみたいな小さなもんじゃねえ。俺たちが外に出たのは、もう魔物が町から離れたところだった。でも、草原はな、深森の狩人が倒した魔物で、足の踏み場のないほど埋め尽くされてた」

誰かがごくりと唾をのんだ。

「一頭一頭がな、大人の半分の大きさがあるんだ。俺たちは剣なんて持ってねえ。鍬に鋤、鎌。それに短剣。そんなものを振り回して、俺たちがやられる前に、いったい何匹倒せるって言うんだ。その前に多量の魔物にたかられて何もできずに死んじまうか、お互いの振り回した武器にやられて倒れるのがオチなんだよ」

あの後、ちゃんとそんな風に思ってくれたのなら、アンファで体を張って頑張ったかいはあったとショウは胸が少し暖かくなった。

「まして、今度岩洞から下ってくる魔物は、クロイワトカゲだ。アンファに出たハネオオトカゲの二倍、つまり大人と同じくらいの大きさがあり、重く鋭い爪と固い皮を持っている。訓練した剣士でないと、倒すのはまず無理だ」

導師の静かな言葉に、立ち上がっていた町の人たちは一人また一人と腰を下ろしていく。

「じゃあ、どうしろって言うんだよ……」

ここからが対策の始まりだ。

「魔物が町の外で止まってくれるとは限らない。町の中や畑に入り込んでしまった時のことを考えるべきだ」

襲われた時、そして襲われた後どうするか。何日も家の外に出られないかもしれないこと、そして教会に行けない状態で怪我をしてしまった時のことを考えていかねばならない。

魔物は来ないかもしれない。町の手前で力尽きるかもしれない。しかし、町に来るかもしれないのだ。来るとしたら、最短で一週間ほど。

時間はない。

その現実が、徐々に町の人に染みこんでいくのを、ショウとハルは眺めるしかなかった。

いずれにしろ、ショウとハルの役割は決まっている。特にハルは。

ショウはハルのほうをそっと眺めた。不安に揺れていたハルの目はもう落ち着いて、覚悟を決めている者の目をしていた。

学院を卒業した魔術師としての役割。

つまり、防衛の最前線。

導師と共に、町の外で体を張ることになる。

ショウは、膝の上に置かれたハルの手をそっと握った。

「私も一緒だから」

その二人の手に、大人にしては小さな手がかぶさった。

「俺も一緒だ」

その三人を後ろから包み込むように、エドガーの手が抱え込んだ。

治癒師だけれど、薬師だけれど、剣士でもあり、魔術師でもある。

北の町で暮らすということは、そういうことなのだ。

さあ、胸を張ろう。役目を果たすために。