軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6 ラスクはみんなでたべましょう

アーシェラ3歳の初夏。

今日は久しぶりに街から少し離れた耕作地に来ていた。

馬車の扉が開けられると、空の光を反射してキラキラした水面が見えた。

風が心地いい。

草の香りが気持ちいい。

わーって走ったらぜったい気持ちいい。

ていうか、走りたい~! 体がわくわくしてる~!

わくわくした気持ちが顔に出ていたのか、ふふっと笑いながらリンクさんが『おいで』と私を馬車から抱きとった。

そして私を一度抱え直すと、そのままスタスタと耕作地の方に歩きはじめた。

あれ? すぐに降ろしてくれるんじゃないの?

降ろして~と言ったら、『後でな』だって。

む~~。

叔父様もリンクさんもすぐに私を抱っこしたがる。

「みんな〜! ご苦労さん!」

私を抱っこしたままのリンクさんが、田んぼの中で雑草をとっている子爵領の領民(農家さん)に声をかけた。

「デイン様! アーシェラ様もいらっしゃいませ!!」

素足で田んぼにはいっていた領民達が手を振ってくれた。

私も力いっぱい手を振り返した。

田んぼだ!

まさか日本の原風景をアースクリス国で見るとは思わなかった。

懐かしい~~

後ろから大きな木箱を抱えた商会のセルトさんがやってきて、田んぼから離れたところに休憩用のシートを敷き始めた。

今日は差し入れを持って来たのだ。

「いや〜稲というのは、ちゃんと育つにはこんなに水が必要だったのですね〜」

分けつして茎が増えた元気な稲を見ながら顎に手をあてて感慨深く頷いているのは、この辺りの領民の取りまとめをしているトーイさん。

こげ茶色の短髪と同色の瞳で『がっしりした体格』という言葉を体現しているような人だ。

30歳になったばかりという、筋肉逞しく、日に焼けた肌が健康的だ。

そして叔父様やリンクさんに農業のことを教えている、いわば指南役だ。

「こんなに茎が増えるとはびっくりですじゃ。しかも水に浸かりっ放しで腐りもせず元気に成長するとは。最初から育て方を知っていたらあんなに苦労せんで済んだと悔むばかりですじゃ」

そう言うのは、トーイさんのお祖父さん。

前世でのお坊さんのような頭をして(ハゲてると言うと激しく怒る)いるが、未だ 矍鑠(かくしゃく) としていて元気に働いている。

田んぼは今の子爵様が数年前別の大陸に(遊びに)行った時にその美味しさに感動して種を購入したのだが、栽培方法を教えてもらわずにきたせいで、今まで収穫まで行くことなく徒労に終わっていたのだった。

しかも戦争になったせいで、当分の間民間レベルでのほかの大陸への行き来は不可能になったせいもある。

昨年私が家の庭で育てていた時、悄然としつつ米の芳しくない生育状況を叔父様に報告にきたトーイさんとお祖父さんが私の栽培中の苗を見て呆然としていた。

それからしばらく私の苗が育ち稲になるまで通いつめた。

それこそ毎日欠かさずに家に通うものだから、その真剣さに若干引きつつもプロとしての気概を感じた。

種もみを撒いてから約半年。

夏に出穂し、秋になり、やっと稲穂となって、稲を刈って収穫。

トーイさんとお祖父さんは黄金色の稲穂をただただ感動しきりで見ていた。

そして自然乾燥させた稲を脱穀、もみ殻をとるためにすり鉢でごりごり。そして糠を取るために瓶に入れて棒で突いた。

実はもみ殻脱穀から炊飯までは、種を買った時に子爵様がレシピを貰っていた。

……まあ。たぶん売った方は育てるとは思わずに食べ方だけを商品につけていたんだね。

私だって前世で商品を買った時、おすすめレシピは載ってたけど、その商品がどう育てればいいかなんて商品説明に載っていなかったもんね。

そして初めての炊飯。

10個あった樽で収穫まで出来たのは8個。分けつして増えた一株からは炊飯した状態でお茶碗約一杯分となる。

だからご飯8杯分だ。だけど一気に全部使うのは嫌だったので、半分だけ。つまりご飯茶碗4杯分が炊きあがった。

みんなでほんの少しずつだったけど食べた。

噛みしめると甘さと旨味が口いっぱいに広がって、日本人だな〜ってしみじみ。いや今はアースクリス国の人間だけど。

私も懐かしさにちょっぴり涙がにじみかけたけど、その時トーイさんとお祖父さんが号泣したのにはびっくりした。

ずっと、試行錯誤して頑張ってきたんだものね。

そりゃあ感動するよね。

今年は子爵様が購入して残っていた種を全て使って、田んぼを作った。

監修という形で私が。

幼児なんだけどね。

ローディン叔父様やリンクさんと一緒に田んぼ作りから始めた。

堆肥を入れて土づくりし田の畦作り、溜池から水を引くための水路作り。

川から水を引いてもよかったけど、冷たすぎるとよくないのだ。

溜池だとお日様の力で生育にちょうどいい水温になる。

昨年の私の成果とその過程を覚えていたトーイさん達は、さすが農業のプロ。

私が言わなくてもほとんど自分たちで考えて田んぼ作りをやってしまった。

うん。よかった。

いろいろ口出しすれば変な幼児確定だからね。

小休憩で皆が田んぼから上がってきたところで、リンクさんに降ろしてもらった私は、一人ずつに瓶入りの差し入れを渡してまわった。

商会のセルトさんが箱を持ってくれてるので私は順番に渡すだけでラクチンだった。

商会のセルトさんは30代後半くらいで品がある。

後ろに撫でつけた黒髪に深い青色の目をしていて、いつもキッチリしている、という印象だ。

以前貴族の屋敷で執事をしていたが、理不尽な責めを受けて職を失ったとのことだ。

しかも手が回されていて、どこの貴族の屋敷でも雇ってもらえなくなったとのこと。用意周到で腹立たしいことだ。

そこで事情を知ったデイン伯爵が商会の叔父様たちに預けたのだ。

執事ともなれば、いろいろな個性のある人たちをきちんと監督出来る。

美しい所作や正しい礼儀作法など、セルトさん自身がとても良いお手本なので、自然と商会の従業員たちは立ち居振る舞いや接客態度が洗練されていった。

貴族の屋敷に仕えるには美醜も重要視されるので、セルトさんももれなく美形だった。

そんなわけで店舗スタッフにも、店舗を訪れる人たちからも熱い視線を送られている。

そしてそんなセルトさんに手伝ってもらって、ラスクを渡したのは全員で20人。

大人の農家さんたちが手足を水路で洗って、用意したシートに全員座ったところで、一斉に瓶を開けてもらった。

「むむむ。こりゃ何だ?」

「カリカリしてて美味い」

みんなが手に取っているのは、大人の指ほどの細長いもの。

今度商会で販売しようとしているもの。

そう。数ヶ月前に私が作ったラスクだ。

「こんなに頂いてよろしいのですか?」

今日はみんなに行き渡る様に、大きな木箱に入れてきたのでけっこうな量を用意して来た。

「ああ。実はこれうちの商会の新商品なんだ。俺は美味いと思うんだが、食べて感想を聞かせて貰いたいんだ」

「美味いです!」

「素朴だけど噛みしめるとほんのり甘い」

「こっちのしょっぱいのも美味い!」

「んん~これはニンニクですか! 元気が出そうな味です!」

リンクさんが上々の意見を聞いて笑みを浮かべた。

「これは軽食・菓子どっちでもいける。もとはパンなんだが、こういう風に加工して瓶に入れると湿気にくいし、10日ほどは余裕で保つ。携帯食としてもいいだろうと今日から売り出したんだ」

「パンか! 言われてみれば」

「この瓶に入れるっていうのも良いですな」

「俺は大きい瓶に目一杯入ったのが欲しいデス」

「瓶のラベル可愛いわ! 字の他に絵も入ってるから字の読めない子どもでもわかるし」

「空いた瓶を店舗に持っていけば中身だけの料金で買えるっていうのもイイ!!」

「あ〜、でもこの瓶可愛いから集めたい〜〜!」

うんうん。ラスクも可愛い瓶も売れそうで嬉しい。

この前のラスクは名前もそのままラスクに決まった。

前世でラスクは『2度焼きしたパン』という意味があった。試しに言ってみたら同じ意味だった。

ラスクは国の機関にレシピ登録・公開された。

私が驚いたことに、今までラスクはなかったのだ。

パンの廃棄は国中の問題だったので、保存性もよく携帯性にも優れたラスクは国の機関で認められて製造方法はアースクリス国全土へ伝達された。

子爵領でもラスクの工房を構えた。

高齢のために店をたたむことになったパン工房を買い取り、数カ所のパン工房から毎日、即日で売り切ることが出来なかった沢山のパンを格安で購入して、ラスクを製造。

パン工房にとっては廃棄するしかなかったパンが救済され、わずかだが収入になる。

また、軽作業なので主に女性の雇用も進められ、生活があまり豊かではない母子家庭の救済策にもなったのだった。

『せっかくのレシピを早々に無料公開しては勿体ないではないか!!』

と子爵様は憤慨したそうだが、叔父様は聞き流していたとのこと。

レシピ保有者は一定期間使用料を割合でもらうことができる。

前世でいう特許使用料みたいなものだ。

うまくいけばそれで財を成すことも出来るのだ。

私としては、ラスクの製造方法なんて使用料をもらうほどのものではないと思う。

それに皆がお腹いっぱい食べれれば、そっちの方が価値があると思うのだ。

だから叔父様が最初から使用料を無料とするレシピ公開を、私に『いいか?』と聞いてくれた時には、すぐに『いいよ』と頷いたのだ。

『ぱんよろこぶ。みんなもよろこぶ。あーちぇもうれちい』

『アーシェ!! 僕の 天使(アンジュ) !!』

叔父様に頬ずりされてぎゅうぎゅうされた。

私にとってはお金より叔父様のあふれんばかりの愛情の方がご褒美だ。

その後、使用料を儲けられなかった子爵様がローディン叔父様を子爵邸に呼びつけて怒りをぶつけたらしい。

そもそもレシピ保有は商会のもので(正しくは私個人で登録された)子爵様のものではないのだけど、自分の作った借金返済に使えたはずだと宣ったそうだ。

叔父様たちもそれが分かっていたので、子爵様には黙って無料公開までやり切った。

すでに無料公開されていてはどうしようもない為、息子であるローディン叔父様に怒りをぶつけたそうだ。

今はレシピ登録の恩恵を受けることは出来ないが、レシピを公開することで、レシピ保有の商会も子爵領の知名度も上がる。

しかも、誰にとっても有益なレシピなのだから、『民の為にあえて無料公開に踏み切った』商会は一目置かれるはずである。

いずれそれが良い方向に向かうはずだからと。

ローディン叔父様は残念な父親を凛として突っぱねたのだ。

『おじしゃまかっこいい······』

帰ってきた叔父様から子爵家での顛末を聞いていて。

思わず心の声が出た瞬間、叔父様が嬉しそうに照れくさそうに破顔した。

そこに、

『ねえ、アーシェ俺は?』

とリンクさんが言ったけど今日の子爵様の件にはリンクさん係わってないよね?

聞こえなかったふりをしたら、シュンとしちゃったので。

『このまえこわいひとやっちゅけたとき、ひーろーみたいだった』

商会に度々訪れるならず者。なぜか常に複数人で来て言いがかりをつけた挙句、暴力に訴える。

数日前、懲りもせず人数を増やして訪れた輩を、リンクさんは一人でやっつけたのだ。

それこそアクションスターのように華麗に。

『うんうん。それで?』

『……すごくかっこよかった』

『そうだよな!』

満面の笑み。ローディン叔父様やローズ母様が『やれやれ』とあきれてリンクさんを見ていた。

私もリンクさんにぎゅうっと抱っこされながらもちょっぴりあきれてしまった。

……言わせたよ。この人は。

カッコいいって……まあ、あの時はお世辞抜きですごくかっこよかったけど。

──うれしそうなのでまあいっか。