軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

238 ぜつぼうてき?

神殿の厨房に行ってみると、食事当番の神官さん達は予想通り天手古舞していた。

私たちを含めて突然30人近くが押し寄せた為に、その分の食事の用意を急にしなければならなくなったので、わたわたするのは当然のことだろう。

実際に厨房の入り口付近に私たちが来たことにも気が付かずに右往左往している。

「追加分のパンを焼かなきゃ! ああ、夕食までに間に合うかな。それに明日の朝食分と道中の昼食分のパンも明日早くに仕込まないと!」

「さっきお肉屋さんが来ましたが、雪まつりでそっちに商品が流れていて、今人数分確保できるのが鶏肉だけだそうです。とりあえず置いていってもらいました」

「鶏肉だけ? じゃあ、今晩はメニューどおり鶏肉のソテーと、ジャガイモのポタージュでいいかな」

「明日の朝食と、昼食のお弁当はどうするの?」

「朝はいつもスープとパンだけよね」

「でも私達と同じような食事では駄目ですよね。なにしろ半日で王都に帰られる強行軍だから、しっかりとお腹に溜まるものじゃないと」

「お弁当も用意しなければいけないし。朝早く起きてサンドイッチ作らないと」

「いつもの倍以上の料理と、お弁当も用意しなきゃいけないんですね」

「うわあ、やることがたくさんだ」

「こんなこと初めて。明日の朝まで起きて準備しないと間に合わないかも」

などと話している。

厨房担当は年若い神官達中心で、7名ほど。

ここに案内してくれたこの神殿の神殿長さんが言うには、他の十数名は宿泊の為の準備を整えたり厩舎で馬の世話をしたりと大忙しらしい。

神殿には外部から雇い入れた下働きはおらず、掃除や洗濯、食事の用意や厩舎の仕事もすべて神官が行うという。

この厨房にいるのは、銀髪や金髪の貴族出身の神官と、茶髪や黒髪の平民出身の神官さんたち。

ふむ。貴族出身ということは、今までしたことのなかった料理をすることになった、いわばピカピカの調理一年生たちという事だ。

茶髪の女性神官がじゃがいもをするすると皮むきをしている隣で貴族出身であろう金髪の女性神官二人が手元が危なっかしい状態で一生懸命皮むきをしている。――ううむ。その分厚い皮の剥き方ではじゃがいもの食べられる部分が少なくなってしまうではないか。

なるほど。

遅々として進まないこの状況では、神官さん達が準備が間に合わなくなると心配しても仕方がないかもしれない。

でも完徹は止めた方がいいよ。睡眠が足りないと正確な判断が出来なくなってくるし、ケガのもとになる。

貴族出身の年若い神官たちが料理を覚えるまで時間がかかるのは仕方がない。

そして経験が浅いという事は、緊急事態に対応する力が乏しいことにリンクするのだ。

当初のメニュー通り、いつもの人数分なら何とかいけるが、イレギュラーなことに対応できない。今まさにこの状態のことである。

段取りの会話をしつつポタージュスープ用のじゃがいもの皮をむいていた神官さんの一人が急に思い出したように声を上げた。

「神官長様はものすごくお食べになるんだった!」

どんなに用意しなければならないの! と、ちょっと絶望的な声音に思わず笑ってしまった。

うん。ポタージュスープだとカレン神官長一人で全員分飲み干してしまう勢いだろう。

もっと具沢山で噛み応えのあるものでなきゃいけないと思う。

食事の支度をしている神官さん達の言葉に苦笑するカレン神官長と、お付きの神官さんふたり。

「突然来たのだから慌てるのも仕方ないわよね」

「まあでも、炊き出し訓練も兼ねていると思って頑張ってもらいましょう」

金髪にくせっ毛の男性神官、ライナスさんがそう言うと、長い銀髪の女性神官のドリーさんが。

「なぜメニュー通りにポタージュスープにしようと思うのかしら。具沢山のスープに変更すればいいのに。柔軟性がないのは問題ですわね」

と言った。

うむ。カレン神官長のお付きの神官さん達は冷静である。

でも、若い人たちが多い厨房ではそこまで頭が回らないようである。

彼らはまだ神官になって日が浅い。経験が少ない上に突然雲の上の存在だった神官長様ご一行が訪れたため、驚いた上に、することがあれもこれもと一気に山積みになって思考回路がパンクしてしまって他のことが考えられなくなっていたらしい。こういう時は軽くアドバイスをして導いてやればいい。

カレン神官長やお付きの神官さんの会話で厨房の入り口にいた私たちにやっと気づいた神官さん達。

「! 神官長様! いらせられませ!!」

一斉に頭を下げる神官さん達。

カレン神官長から厨房担当の神官さん達に、ローディン叔父様やリンクさん、ローズ母様が調理を手伝うことが告げられた。

そしてローディン叔父様が、強行軍でやってきた人たちに合わせて食事のメニューを変えることを提案した。

神殿の厨房に他人が入ることを嫌がる人もいるかもしれないし、決まったメニューを変更されることに抵抗するかも、と懸念したけど、若い神官さん達は素直に受け入れてくれた。

これもカレン神官長の口添えのおかげだよね。よかったよかった。

――では最初にとりかかるのは。

「おこめある?」

パンを今から仕込むより、お米を炊いた方が早いし簡単だ。

「そうね。パンより時間がかからないからお米を炊きましょう」

ローズ母様がそう言うと、神官さん達が封の切られていない米の袋をよっこいしょ、と持ってきた。

持ってきた袋の他にもまだまだ在庫はあるという。

よし、それなら主食はすべてパンから米に移行しよう。

「あ、あの。実は上手く炊けなくて焦がしたり、べちゃべちゃになったりしてて、このごろ手を付けていなかったんです」

なるほど。確かに水加減と火加減をちゃんとしないと失敗するよね。

市販しているお米にはどこの領も共通して水加減と火加減を記載した紙を付けているけど、なくしたのかな? ふむ、今度は包装袋に印刷を試みてみよう。

「こんなに量があるなら十分ね。コツを教えるから炊き方を覚えましょう」

「「はい!!」」

うむ、いいお返事だ。

捏ねていたパン生地は別のものに使うことにし、パン作りをしていた神官さん達にはジャガイモの皮むきをしてもらうことにした。

お米はローズ母様に任せて、私はローディン叔父様やリンクさん、カレン神官長たちと一緒に食品庫を確認する。

よし、醤油や味噌などの調味料も全部あるし、大丈夫だ。

「んーと、じゃがいもはいまかわむきしてるから、あとはにんじんとたまねぎ。あとのこってるぶたにくをつかう」

肉だけのメインディッシュにするには量が少ないけど、他の野菜と一緒にするならこれで十分だ。

「ん? この具材なら肉じゃがだよな?」

さすが、リンクさん。具材でピンポイントで料理名を当てた。好物は分かるみたいだ。肉じゃがは商会の家でよく作っていた定番のメニューである。

「あい。じゃがいものぽたーじゅじゃなくて、にくじゃがにする」

「いいね。具材や調味料の旨味がしみたじゃがいもがまた美味いんだよね」

ローディン叔父様も好きな一品だ。

「まあ、肉じゃがというお料理ですの? 美味しそうですわね!」

カレン神官長も興味津々だ。

「んーと、つぎは」

騎士さんと魔術師さんたちは殆ど男性ばかり。

当初の予定通りパンにポタージュスープ、そしてチキンソテーだけでは物足りないはずだ。

だから、パンより噛み応えのあるご飯に。飲み物のようなじゃがいものポタージュスープより、同じじゃがいも料理なら肉じゃがにしようと思ったのだ。

――そして、チキンソテー用に大量に納品された鶏肉を見たら、チキンソテーではなく、ニンニク醤油と生姜のきいた熱々のから揚げが無性に食べたくなってきた。

――いやいや、ちょっと待とう私。チキンソテーの方が焼くだけで手間がかからない。から揚げは二度揚げしなきゃいけないし。

だけど、一度から揚げが食べたい思ったら、どうしてもから揚げが食べたくなってしまった。

あう。どうしよう。

「ん? 鶏肉を睨んでどうした? アーシェ?」

「あーちぇ、ちきんそてーよりとりのからあげがたべたい」

「鶏のから揚げ? 揚げっていうことは揚げ物だな? いいぞ!!」

揚げ物が好きなリンクさんが即答した。同時にローディン叔父様も。

でも、焼くより揚げる方が時間がかかる、と言ったら、

『焼くのも揚げるのもあんまり変わらない』

『もう揚げ物の気分になったしな』と言って二人とも譲らない。

それは私も同じことだが。

まあ、考えてみたらチキンソテーは焼いてからソースを作ってかける手間がある。

味付け済みのから揚げを揚げる時間とどっこいどっこいだろうか。

いやそれでもから揚げの方が時間はかかるよね。

でもパン作りにかける神官さん二人分の時間と手間が、ご飯に切り替わったことで空いたから、その時間を揚げる時間にあてようかな。

だって私も無性にから揚げが食べたいんだもん。

よし、採用!

鶏肉の揚げ物を作ると言ったら、リンクさんとローディン叔父様がものすごく喜んだ。

「揚げ物ということは、衣は?」

ローディン叔父様は揚げ物イコール衣をつけると認識している。

「確かに。食事用のパンが不足している状態で、パンを使うフライは出来ないよな」

「からあげはとりにくに、にんにくとかおしょうゆであじつけして、それにこむぎことかたくりこをまぶしてあげる。そとがわがかりっとちておいちい」

「にんにくと醤油か。それは絶対に旨いだろうな!」

「今までと違う衣だね」

うん。フライはソースを後がけして食べるけど、から揚げは味をつけているのでそのまま食べられるんだよ。

カレン神官長が『私も調理を手伝いますわ!』と言って近くにあったナイフをとろうとしたのを、お付きの神官であるライナスさんとドリーさんが慌てて止めた。

「また何を言っておられるのですか! 指が無くなってもいいというのですか!!」

「そうですよ! 神官長様のせいで誰も作業が進まなくなります! 絶望的に不器用なんですから大人しく見ていて下さい!!」

『絶望的に不器用』って……

カレン神官長の不器用さは誰もが知ってるけど。

お付きの神官さん達の言葉は容赦ないなあ。

思わず皆で吹き出し笑いしてしまったよ。