作品タイトル不明
233 カレン神官長にはみえていました
エスト警備隊長の指示を受けて、魔法省の魔術師が指輪の一つを抜こうとセレン子爵に手を伸ばした時、バチン! と音がして魔術師の手がはじかれた。
「「うわっ!」」
同時にセレン子爵を拘束していた騎士二人が、何らかの力を受けてはじかれた。
その瞬間、左手中指の 青い月長石(ブルームーンストーン) の指輪が鋭く光った。あの石の力で抵抗しているのは疑いようがない。
「抵抗すればさらに不利になりますよ」
魔術師が説得するが、指輪を奪われまいとセレン子爵が抵抗を続ける。
その表情は先ほどまでの余裕は一切なく、必死の形相だ。
まさか今日ここで罪を暴かれるとは思っていなかっただろう。
闇の魔術師が作った魔導具も、反射魔法の魔導具も一介の魔術師には見破れない。それを20年近くも体感して絶対に暴かれることはないと自信を持っていたものが、カレン神官長という、見通す力をもった存在によって一瞬で覆された。
ああ、だから、カレン神官長がロビーラウンジに現れた時にびくりとしたのだ。
四大属性を凌駕する力を持った存在は、セレン子爵の隠しているものも容易に見通すことが出来るのだから。
『――闇の魔導具で僕の作った楔を隠しているんだ。隠蔽の魔導具が奪われれば己の罪が露見するし、遮断魔法の魔道具が奪われればこれまで遮断してきた痛みが一気に襲い掛かる。あの狸が一番恐れているのは、遮断魔法の魔導具を奪われることだよ。――あの魔導具を着けるまでの痛みを思い出したら、絶対に奪われたくないだろうね』
抵抗を続けながらも完全に不利な状態に陥ったセレン子爵を見ながら、リーフ・シュタット少年は呟く。
『――僕が撃ち込んだ楔はそもそもあいつが死ぬまで抜けないし、四大属性魔法の治癒は効かない。光魔法ならいけたかもしれないけど、あんな外道に神官長のような光魔法の使い手が力を貸すわけがない。それにあの狸だってなぜ楔を打ち込まれるようになったか、自分の罪が露見する危険性は冒せない。だから痛みを感じなくするように闇魔法で遮断したんだ』
そう呟くリーフ・シュタット少年の姿を、ちゃんとカレン神官長は視ていた。
闇の魔術師が作った魔導具を見抜くカレン神官長は、リーフ・シュタット少年がここにいることを、ロビーラウンジに入って来た瞬間から捉えていたことを知っている。
そして今も、彼の声も聞いていたのだろう。
明らかに彼のいる場所を見つめていた。
そして頷くように静かに目を瞑ると、視線をセレン子爵へと戻して言った。
「――なるほど、左手中指の指輪は攻撃魔法ではなく、防御。でも、ずいぶんと相手に返る力は強い。『防御は 最(・) 大(・) の(・) 攻(・) 撃(・) である』ということね」
カレン神官長がそう言うと、セレン子爵がびくりと震えた。
「ええ。押収された魔導具と同じ力のようですね。しかしどうしたものか。この魔導具のせいでセレン子爵に触れることも出来そうにありません」
抵抗すればするほど罪は重くなるというのに、セレン子爵はそのことを考えている余裕はないのが見て分かる。
彼の頭を占領しているものは、痛みへの恐怖。
闇の魔術師が作った魔導具を奪われることで襲い掛かる痛みを回避したい、その一心なのだから。
その証拠に痛みを遮断していると判断された指輪を奪われないようにと隠し押さえ続けている。
「いいわ。私が抜きます。この指輪に 私(・) が(・) は(・) じ(・) か(・) れ(・) る(・) こ(・) と(・) は(・) な(・) い(・) のだから」
さっきまでセレン子爵に触れようとしても、魔術師も騎士も触れることすらできずにはじかれていた。
けれど、カレン神官長は手を伸ばし、見えない力にはじかれることなく容易にセレン子爵の手をとった。
「ひいっ」
さらに抵抗するセレン子爵の手を捻り上げてするりと指から指輪を抜き取った。それも闇魔法の四つの指輪だけでなく、真ん中の指輪も。
あっという間の出来事に、ここにいる全員があっけにとられた。
さっきまで何人もの屈強な騎士や魔術師が出来なかったことをほんの一瞬でやってのけたのだ。なんらかの魔法を無効化したのは分かったが、そんなことより自分の体格よりはるかに大きい男性の腕を捻り上げた技に皆驚いたのだ。
そして、カレン神官長は四つの魔導具から噴き出している禍々しい黒い靄を白と金色の光で一気に消し去った。
――闇の魔術師が作った魔導具から力が消え去った瞬間。
「――ひ、あァああああああッ!!」
セレン子爵が耳をつんざくような悲鳴を上げた。
なぜ、とは誰も言わない。
なぜなら、黒い靄が消え去った後には、中指の指輪にはめられていた石と同じ色をした『楔』が右足の甲にぐっさりと刺さっているのが誰の目にも見えたからだ。
「い、痛い!! 痛い!! 痛い!! 助けてくれ!! 早く指輪を、指輪を返してくれーっっ!! あああああぁあーーっ!」
痛みに全身を支配され、セレン子爵はその場で足を抱えてのたうちまわった。
「――ああ、なるほどな。あれは痛い」
「ぐっさりいっちゃってるもんな」
「今まであれを隠蔽魔法で隠して、遮断魔法で痛みを消していたんだな」
「ぎゃあぎゃあうるさいな。気絶させるか?」
「いや。防音魔法でいいだろう」
「確かに。痛みを忘れさせるなんて親切すぎるよな」
ロビーにいる魔術師さんや騎士さんの見捨てる言葉がすごい。
「『彼』の被った辛さをその身で思い知るといい」
殆どの人が事情を知っているのだろう。
冷たい表情でセレン子爵が転げまわり泣き叫ぶさまを見ている。――あまりにうるさいので防音魔法を施して音を消しているが。
悲痛な声を上げるセレン子爵を無視して、中指の指輪をカレン神官長と数人の魔術師が鑑定する。すぐに答えが出たらしい。
すぐさまルベーラの指輪もカレン神官長が抜き取った。
反射魔法の力は光魔法を持つカレン神官長には効かないからだ。
そして、カレン神官長はルベーラに見せつけるように、楕円形の 青い月長石(ブルームーンストーン) の指輪二つをその場で破壊して見せた。
四大魔法をはじき返す反射魔法のアイテムは、女神様の代弁者であるカレン神官長の力で、その力を無に帰したのだ。
ルベーラは悔しそうに、ぎりりとカレン神官長を睨みつけた。
「「――無事、破壊を見届けました」」
騎士とエスト警備隊長が声を揃えた。
最初からあれが何か分かって来ていたらしい。目的を果たしたと頷いていた。
『――よかった。ちゃんと壊してもらえた』
リーフ・シュタット少年は心から安堵したようにため息をついた。
彼はずっとセレン子爵から離れられずにいたため、自分の作った魔導具がどんな使われ方をしていたのか知っていたのだ。
だからずっとずっと『誰かこれを壊して使えなくしてくれ』と願わずにいられなかったという。
彼が作ったのは『相手の魔力を反射して倍にして返す』魔導具。
それをセレン子爵はターゲットにした店に仕掛けたのだ。
店側がどうしても守りたい機密を隠した場所にかけた、侵入者への攻撃魔法を『反射』して、『倍にして返す』ことで、自滅するようにと。
魔法の痕跡は、被害を受けた側が『自分たちがかけた侵入者への攻撃魔法』のものだけ残り、侵入者や強奪者の痕跡は残らない。
犯罪者にとっては夢のようなアイテムだ。
セレン子爵は自分が継いだとたんに傾いた業績を上向きにするため、正攻法ではなく限りなく卑怯な手を選択した。
セレン子爵が少年を拉致監禁し、彼の特殊能力を魔導具に込めて己の計画に利用し、多くの人たちに被害を与えた。
今あるセレン商会のすべてはリーフ・シュタット少年を犠牲にし、他人の優れた能力を長年にわたり卑怯な手段で横取りしてきた結果なのだ。
「さあ、ネラル・セレン。これからは長きにわたるお前の罪を暴く時間だ」
エスト警備隊長の言葉に、リーフ・シュタット少年は安堵の笑みを浮かべた。
――20年以上に渡る、彼の苦しみはやっと、終わりを告げることとなったのだ。