作品タイトル不明
226 ぽんぽこりんのざれごと
「貴殿が新規事業として興した魔法道具店は順調の滑り出しのようで喜ばしいことですな。我がセレン商会は魔道具に関しては貴殿の商会よりも歴史が古い。分からぬことがあればいつでも相談になりますぞ」
にやにやと小ばかにしたような口調のセレン子爵。
「それに実は我がセレン商会は既存の魔道具部門を拡張しようと思っておりましてな。どうかな? 我がセレン商会と提携するというのは」
私をさりげなく隠しながらリンクさんが『ふざけんな』と小声で呟いた。
――先々代のセレン子爵は優れた人で様々な事業を展開していたとマリアおば様から聞いていた。身分にかかわらず人を重用し、その結果いろいろな街に商会の支店を置くまでに発展したという。
けれど、今のセレン子爵ははっきり言って商売人として最低のことをしている。
もともと今のセレン子爵は、先代のセレン子爵の息子たちが相次いで亡くなった為に、遠い血縁者として棚ぼた的に子爵位と商会を手に入れたに過ぎないという。
商売の適性の無い今のセレン子爵の代になって、一気に業績は傾いた。しばらくすると徐々にセレン子爵の商会は業績を回復してきたが、その頃からセレン商会にまつわるきな臭い噂が立つようになった。
――つまり、手っ取り早く最低な方法を用いて業績の回復を狙ったというわけだ。
腹立たしいことに盗まれたデザインは超一流のものばかりだったという。
セレン子爵は目利きは出来るのだろうが、標的にされた方はたまったものではない。
デザインを盗まれた挙句、訴えると完膚なきまでに叩き潰される。そんな卑劣な行為をセレン子爵はしてきたのだ。
――そして、あの目を見るに今度はバーティア商会の魔法道具店を狙っているということに違いない。
「――魔法道具店は祖父が責任者ですので、魔法道具の件は祖父にお話し願います。私はまだ若輩なので分かりかねる部分が多いので」
ローディン叔父様は感情を出さず無難に切り返すと、セレン子爵は意地の悪い笑みを口端に浮かべた。
「おやおや。子爵様はまだまだ未熟なようだ。祖父に頼り切りとはなんとも情けない。とはいえ、客は元子爵の高名さに寄ってくる。ははは。――バーティア商会はいい看板を持ちましたな。バーティア子爵本人に実力がなくとも魔法道具店はしばらくやっていけるということか。だが今のままでは事業の未来は尻すぼみになりますぞ」
無駄に大きな声がロビーに響き渡り、その声に反応して宿泊客を含めた人々の視線がこちらに向くのは当然のことだった。
酷い。確かにバーティアの魔法道具店は開店したばかり。軌道に乗り始めたところで実績も浅い。
でもローディン叔父様はその為にたくさん努力をしてきたのだ。
それに経営者が必ずその手の熟練者である店はなかなかない。いろんな腕のいい職人が幾人もいて成り立つのだ。セレン子爵だってその手の高度な技術を持つ者には絶対見えない。自分を棚に上げてなんていう事をいうのだ。
――いや、事業提携を口にしたという事は、バーティア魔法道具店を標的にしたという事。その為に周りに悪評をあえてバラ撒いているということか。
ぽんぽこりん狸め。
けれどローディン叔父様は先ほどと同じトーンで静かに言った。
「祖父はその分野のエキスパートですからお願いしたのです」
「とはいえ元子爵様はもうずいぶん歳がいっている。それに多少腕は良くても頭が固いお方だ。時代の流れに対応できるとは到底思えん。それよりも老体をこき使うとは、貴殿はずいぶん酷なことをなさるものですな。元子爵様はとっくに楽隠居してもよいお年なのですぞ。貴殿がまだまだ未熟で頼りないから安心していられぬのだろう。貴殿は元子爵様に悪いとは思わないのか」
どんどん高くなる声にとうとうロビーにいる人たち全員の関心がこちらに向いたのが分かった。
つまりこのぽんぽこりんの金色狸は、ディークひいおじい様の魔法の腕をけなし、ローディン叔父様を若輩ゆえに力不足であると人々に印象付けたいのだろう。
宿泊客の中には『またか』という顔をした人もいるが、『まあそうなの。バーティアの魔法道具店って大したことなさそうね』といった表情をした人もいる。まさに何も知らない人たちにその意識を植え付けたいがためにあえてやっていることなのだ。
卑怯者は人前で相手をやり込めて、自分を優位に見せることに優越感を得るのだ。
――イラっとした。
マリアおば様が貴族名鑑に載っていたセレン子爵の絵姿を怒りのあまり拳で叩いた気持ちが分かる。
ディークひいおじい様は確かにお年を召してても、確実にセレン子爵より身体能力は高いし若い。セレン子爵のように杖もついてない!
あの引きずってる足を思いっきり踏んづけてやりたい~!!
イライラしている私の耳にセレン子爵の隣にいたパートナーと思しき女性がくすくすと笑う声が届いた。
「あなた、仕方ありませんわ。 前子爵(ダリウス・バーティア) 様は放蕩者でまったく子爵としての役割をしなかったそうではありませんか。事業に失敗しては借金を重ねていたというのは有名な話でございましょう。そのせいで傾いた子爵領を立て直すには若き子爵様では手が回らないのでしょう。 元子爵(ディーク・バーティア) 様は責任を感じて老いた体に無理をしてまで働かざるを得ないということではありませんか」
赤茶色の髪の妖艶な女性が赤い口端を上げて嘲るように言った。
ロビーにいる人たちはこちらの声を聞こうと話すのを止めた為、ロビーにはセレン子爵と女性の声が響き渡っていた。
確かにダリウス・バーティア前子爵は騙されやすくまた全く仕事をしない怠け者ということは広く知られていた。それは否定しない。
けれどそれを知っていても少しでも良識のある人なら、こんなに人がたくさんいる前で口にすることはしない。相手を侮辱する行為だと分かっているからだ。
それをあえて公衆の面前で口にする。
この人たちは相手を傷つけることを全くためらわない人間という事だ。大っ嫌い。
この似たもの夫婦を蹴飛ばしてやりたい。――あれ? でもこの女性、赤茶色の髪色ということは貴族の血を引いていないということだよね。
金髪や銀髪以外の髪色を持った貴族夫人はあまりいなかった気がする。そんな貴族は少ないので頭に入っている。それに覚えたばかりの貴族名鑑を頭の中で思い返してみると、セレン子爵の奥様は銀髪だったはずだ。
ということはこの赤茶色の髪の女性はセレン子爵の愛人さんということなのだろう。
それにしても女性の目は獲物を見つけたようなねっとりした感じで私たちを見ていて気持ち悪い。
「ほっほ、そのようだな。バーティア子爵殿、本気で提携話を考えたほうがよいぞ。いや魔法道具店の事業権を売ってくれてもよいな。なにしろわがセレン商会は各地に店を構えている。私の商会の販路を使ってもっと簡単に、もっとよい魔道具を各地に売ることが出来るのだからな」
セレン子爵は手を広げて言い、表情を動かさないローディン叔父様の肩をポンポンと叩いた。
――絶対いやだ。
魔法道具店はローディン叔父様やディークひいおじい様が何年もかけて準備し力を注いで作ったものだ。
他人の技術を盗む人たちに絶対に触らせたくはないし近寄ってほしくもない。
「――黙ってやりすごそうと思ったけど」
どうやらローディン叔父様はぷちっと堪忍袋の緒が切れたみたいだ。
小さく小さく呟いたその言葉は、私やリンクさんに届いた。
ローディン叔父様は普段穏やかだけど、やる時は徹底的に相手をやり込める人だ。
――セレン子爵。ご愁傷様。