軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

185 アーシェの決断

転移門。

ディークひいおじい様から魔法の授業の時に教えてもらった。

転移魔術は魔力を用いて場所と場所を結んで移動する手段。

人や物を転移させる魔術は、魔力を相当量必要とするために、力の強い結晶石を用いた上で魔術師が行使する。たいていは魔術師数人がかりだ。

そして転移門は、『核』を用い、特定の場所に転移の為の魔術陣を固定させたもの。

遠い昔に転移門の鍵を複製し、転移門を悪用し事件を起こした者がいたため、王宮以外のすべての門の魔術陣を破壊。その後新たに転移門を作ることはなかった。

今回の転移門の『核』には、あらかじめ利用する者の鍵となる魔力を入れておく。それは決して他の者が複製することのできない鍵だということだ。

「ご褒美が転移門……」

ローズ母様が小さく呟く。驚きすぎて声が震えている。

「ちゃんと陛下や四公爵たち、カレン神官長やレント前神官長からの同意も得たわ。ご褒美として相応しいと納得してくれたのよ」

王妃様の言葉にクリスウィン公爵とクリスフィア公爵が頷いた。

「これだけのことをしてくれたのだ。思いついたら、転移門以上のご褒美を考えられなくてな」

「それに女神様の否定もなかったしな」

話し合いは国王陛下夫妻と四公爵、レント前神官やカレン神官長同席のもとで行われたそうだ。

その昔、アースクリス国に数か所存在していた転移門がすべて破壊されるに至ったのは、当時の神官長に神託としておりてきたゆえのものだった。

転移門を排除したのは女神様のご意思。故にそれ以降、転移門を配置することはなかったのだそうだ。

その転移門が再び作られるとなったら、女神様に否定されるかもしれない、と思ってレント前神官長とカレン神官長は、女神様の水晶を前に置き、話し合いをしたけれど、否定もなくすんなりと話は進んだとのこと。

「去年アーシェラちゃんを王宮に保護しようと決めようとした時の、女神様の否定はおっかなかったからな~。それがなかったってことは、転移門を作っていいって仰っているということだ」

「レント前神官長があえて、『かつてあった場所に転移門を復活させて良いか』と問うた時はきっちりと否定されたがな」

私のご褒美の転移門のことに関しては否定をしなかったけれど、他の転移門を作る話の時には結晶石が黒く濁り、否定を返したのだという。

「アーシェラのご褒美になら作ってもいいと仰られたということよ」

「―――てんいもんがあったら、ろーでぃんおじしゃまやりんくおじしゃまにあえりゅ?」

「ええ。アーシェラが会いたくなったら、会いに行くことができるの」

「まいにち?」

「魔力を結構使うから毎日は難しいかもしれないわ。でも、戦争に行って何ヶ月も会えなかったことを考えたら、いいでしょう?」

王妃様が私の手を取って優しく撫でた。

「転移魔術も転移門も魔力をたくさん使うの。転移門の方が『核』のおかげでだいぶ軽減されるけれど、それでも魔力が潤沢でなければ開かない。この門はそもそも三人の魔力でしか反応しないから、頑張って開けれるようにしましょうね。―――大丈夫よ。アーシェラは女神様に祝福をもらっているから。そのうち難なく門を開けるようになるから」

さらりとハードルの高いことを言った。魔力をいっぱい使うって。

「でも、あーちぇ、まだまりょくちゅかえにゃい」

座学はやっているが、実践はまだだ。ディークひいおじい様と王妃様は以前私が魔力切れで倒れた後、魔力の実践での訓練は5歳の誕生日を過ぎてからにすると決めたのだ。魔力切れは命に係わるからと。

確かに、意識を飛ばした後で体験した―――体中の力をごっそり持っていかれたような感覚は今思い出してもきつい。あんな時に命を狙う者に出くわしたら抵抗できずに殺害されてしまうだろう。

「アーシェラはまだ幼くて体力がないから。意識を飛ばした時に魔力切れで倒れたでしょう? あれは本来成人近くでなければ出来ないのよ。それをわずか4歳でやってのけた。とてもすごいことなのだけど、身体にとても負担がかかってしまったから、本格的な魔力訓練はもう少し待った方がいいと思ったの。―――だからね、もう少し大きくなって魔力をきちんと使えるようになったら、転移門を開いていつでも大好きなおじ様に会いに行けるのよ。それなら、少しはさみしくないでしょう?」

「……」

クリステーア公爵家に行くことが前提になっている上でのご褒美。

それは、私が当然ローズ母様と一緒に行かなければならないのだと、言われているようで、つらい。

だって、ローディン叔父様が好きなのに。リンクさんが好きなのに。ずっと一緒にいたいのに。

―――でも、ぐるぐるした気持ちの端っこに、『それはいつか決めなければならないことだ』と、冷静に言う自分がいた。

アーネストおじい様やレイチェルおばあ様は、私がどう答えるのかを心配そうな表情で待っている。

ローディン叔父様たちと離れたくないと泣いた私に、『どうしたらいいのだ』とオロオロしている。

―――私はたぶん、クリステーア公爵家に行った方が一番いいのだと思う。

大好きなローズ母様と一緒に。

アーネストおじい様やレイチェルおばあ様は私をとても大事にしてくれる。―――そう思う。

ローディン叔父様やリンクさんはいずれ結婚して家庭を持つ。

そして次代に子爵家を受け継がせなければならない。

私がいつまでも一緒にいては、障害になってしまうことが分かる。

―――それに、私も。

何故かは分からないけれど、アーネストおじい様に会うたびに、私の中の何かがひきつけられるような感覚がある。

『帰らなければ』という思いが私の中の何処か深いところから湧いてくる。

―――だから、たぶん私はクリステーア公爵家にゆかりの人間なんだろうと思う。

―――だれが私の本当の血縁の家族か分からないけれど。

もう一度ローディン叔父様にぎゅうっとしがみつくと、顔を上げてローディン叔父様の綺麗な紫色の瞳を見て言った。

「おじしゃまとりんくおじしゃま、あーちぇ、だいしゅき」

「ああ。私もアーシェが大好きだよ」

「でもりんくおじしゃま、いちゅか、ふらうりんりょうにいっちゃう」

「―――そうだな……」

リンクさんは数年後には子爵位を継ぐ為にバーティア子爵領を去る。それは変わることのない未来だ。

リンクさんとローディン叔父様と離れたくない。

―――だけど、ずっとずっとみんな一緒にいることは、たぶん出来ない。

―――だから。

私の為に転移門を作ってくれるのだから、―――私が決断をしなければ。

―――みんなが前に進むことのできる最善の道を。

「あーちぇ。あいにくりゅ。りんくおじしゃまにも。おじしゃまにも」

「アーシェ」

ローディン叔父様の綺麗な紫色の瞳が悲しそうに翳った。

「まりょくいっぱいちゅかえりゅようになって、てんいもんちゅかって、おじしゃまにあいにくりゅ」

「だから、おじしゃまも、あーちぇにいっぱいいっぱいあいにきて」

言いながらも、私の目からぼたぼたと涙が落ちていく。

会えないわけではない。死んでしまうわけではない。

ただ、いっぱいいっぱい愛情をくれた人たちから離れてしまうのは悲しい。

『転移門を受け入れる』ということは、『もう一緒には暮らせない』ということ。

朝起きてご挨拶して。

一緒にご飯を食べてお片づけをして。

商会の隅でローディン叔父様やリンクさんがお仕事するのを見て。

夜は一緒にベッドで眠る。

そんな、毎日繰り返されてきた、当たり前だったことが、そうじゃなくなる。

それがどうしようもなくさみしい。

―――これから先の未来のことを考えたら、仕方がないことだけれど。

ローディン叔父様が強く強く私を抱きしめた。その腕が小さく震えているのがわかった。

―――ローディン叔父様もそれを分かってる。

「アーシェ。私とずっと一緒に暮らしてもいいんだよ?」

でもそんなことしたら、ローディン叔父様は結婚から遠のいていってしまうかも知れない。

それはリンクさんも同じことだ。

私はローディン叔父様やリンクさんに幸せになって欲しい。

私は子どもだけど、前世の記憶を持っていて、大人の理性的な感情も持ち合わせている。

だから、みんなが前を向く選択をしなければ。

―――それがどんなに悲しくても。

―――だから。

「あーちぇ。かあしゃまといっしょ」

そう決めた。

「でも、いっぱいいっぱいあいにいく。おとまりもたくさんしゅる!」

今はまだまだローディン叔父様やリンクさんから『親離れ』出来ない。

だから、転移門を使っていっぱい会いに行くのだ。

一緒にごはんを食べて、一緒のベッドで眠るのだ。

今までと同じように。

私のいる場所は、家族がいる場所。

ローズ母様も、ローディン叔父様も、リンクさんも、私の大事な家族。

家族がいる場所が、私が帰る 場所(家) だ。

「あ。あーちぇ。いっぱいおうちがありゅ」

心を寄せる場所がいくつもある。そう思えればいいのかな。

―――そう思うようになるまでは、まだまだ。

―――そう、まだまだ先は長いけど。

「ああ、ローディンのいる家もリンクのいる家も、アーシェラの家だ。もちろん、デイン家もアーシェラの家だ。いつでも帰っておいで」

ローランドおじい様がそう言って、私の頭を撫でた。

「あい」

「―――まだ、気持ちの整理はつきませんが。……分かりました」

私の髪に顔をうずめていたローディン叔父様が顔を上げ、複雑な表情でアーネストおじい様とレイチェルおばあ様を見た。

「ですが、アーシェは私にとって、大事な子です。万難を排してからでなければクリステーア公爵家に行かせるわけにはいきません」

そう話すローディン叔父様の表情は、心の中に渦巻く様々な感情を何とか抑え込んでいるようだった。

その言葉を受けて、アーネストおじい様とレイチェルおばあ様が真剣な顔で頷いた。

「もちろんだ。アーシェラにとってもローズにとっても安全に暮らせるようになってから迎えることにする。それまではふたりをこれからもよろしく頼む」

「―――はい。もちろんです」

あれ? 何となく表情と声音から『頼まれなくても』という言葉が、ローディン叔父様から副音声で聞こえてきたような気がするよ。

ローディン叔父様も、私と同じで気持ちをまだまだ受け止めきれていないようだ。

でも、その日がくるのはまだ先。

だから、その日まで。いっぱい一緒にいようね。