軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

150 ジェンド国のじょおうさま 3

アースクリス国からジェンド国のイブリン王女様率いる反乱軍への軍事的援助については、近くに控えていた書記官が文書を作成して、そこに二人の署名を書き込めば終了となる。

文書の作成を待っている間、気になっていたことをお願いしてみよう。

「いぶしらしゃま。じょおうさまになったら、もうだれも、あーすくりしゅのひと、もういじめにゃいようにちてね?」

誰も隠れ里に逃れてこなくてもいいようにして欲しい。

二度と混血児が迫害されて辛い目に遭わないようにして欲しい。

そう言うと、イブシラ様と侍女さんが目を細めて微笑んだ。

「ええ。新しいウルド国王の宣言はとてもいい参考になったわ。アースクリス人との混血児を迫害しない。そしてアースクリス国に対して侵略行為をしない―――と。どちらも愚かな我が国を正すことが出来る誓約だわ」

これまで、自ら他国に侵攻したことのなかったアースクリス国が、ウルド国を標的にして侵攻した事実はジェンド国を震え上がらせた。

それも、わずか一か月半という短い期間でのウルド国陥落は衝撃以外のなにものでもなかった。

5年前から三国は共闘してアースクリス国を攻めたが、アースクリス国は落ちなかったというのに。

ウルド国との戦争が終結したら、ウルド国という国が無くなるのだとイブシラ様は思っていたという。

けれど、勝利したアースクリス国は新しいウルド国王に自治を認めた。

それで、現政権を倒すためにアースクリス国の助力を得たとしても、ジェンド国にも国を存続させる希望が見えたのだと話していた。

ウルド新国王アルトゥール王が即位と同時に宣言したのは、アースクリス国への侵略行為をしないという『誓約』だった。

それを犯せばウルド国は滅びを受け入れるというものだった。

イブシラ様は、私に向けていた目を、クリスティア公爵とアーネストおじい様に向けた。

「―――私は学術国のグリューエル国、そしてアースクリス国で、長い間に渡り勉強をさせてもらいました。アースクリス国で特に長く滞在していたのはデイン辺境伯領で、7ヶ月ほど過ごさせてもらいました。私はデイン領でアースクリス国の度量の広さを見せられた気がします。―――『敵国の民を受け入れて保護する』ことなど、ジェンド国では絶対に出来ないことでした」

逆に、これまでと同様に迫害してしまったでしょう、と話す。

「私は、ジェンド国の誰もが教育を受けられるようにしたい。そう思っています。デイン領の教会で読み書きを覚えた難民の子供や大人たちが明るい笑顔になっていったのをこの目で見ました。読み書きを覚えたら仕事の幅が広がる。そうしたら底辺の仕事だけではなくいろいろな可能性が広がる。そうしたら食べて行くことにも困らなくなるでしょう。―――すべては、教育から始まる。そう身に沁みました」

デイン領ではたくさんの難民が読み書きや計算を勉強していた。

三国では文字を覚えるために学校に行くのはお金がかかるため、ほとんどの民は無学。デイン領では自領の民だけではなく、難民にも無償で教育を受けさせていたのには本当に驚いたのだそうだ。

難民の世話をしたいと希望し、加工場で働くことを選んだイブシラ様が驚いたのは、加工場にいた難民の女性たちが働いたお金で本を買ったと喜んでいたことだ。

絵本、小説、算術の本など、みな人それぞれだが、文字を読むことが出来るようになった難民たちは皆笑顔だった。

難民の中から難しい算術を覚えて事務員として雇用された者や、興味のあった本を読みこんだ結果、深い薬草の知識を得て薬師に認められ弟子入りした者もいた。

加工場で働いている女性たちも、増え続ける商品の為に、自分たちで仕事の手順書を作って掲示板に貼り付けていた時は本当に驚いた。

―――教育を受けた者は、自らの才覚で自らの人生を切り開いていける。

それを難民たちが体現していた。

グリューエル国で『大事なのは民に教育を受けさせることだ』と教わってきたが、本当の意味では分かっていなかった、とイブシラ様は言った。

それが、アースクリス国のデイン領で、教育を受けた難民たちが『成長』していく姿を目の当たりにして、教育が大事だということを、本当の意味で理解できた―――そうイブシラ様は言った。

―――ああ。

やっぱりデイン伯爵やマリアおば様、ホークさんやカインさんたちが難民を助けて、手厚く保護してきたことは間違いではなかった。

「―――そして、フラウリン領に来て強く、私たちジェンド国をはじめとする三国の罪を思い知らされました。―――ここは、三国で迫害を受けた為に、民が逃れて来た所ですから」

デイン領から一番近いセーリア神の神殿はこのフラウリン領にある。

セーリア神殿に詣でる為、初めてフラウリン領を訪れた時に、ジェンド国や他の国の民を見かけ―――フラウリン領が隠れ里であることを知らされて衝撃を受けたそうだ。

アースクリス国の人を愛しただけなのに、祖国に住むことが出来なくなった人がこんなにいることに、イブシラ様は改めて現実を突きつけられたという。

フラウリン領は、三国で迫害を受けた人たちの隠れ里。

それゆえに混血児も多いし、外国人も多い。

それは平和的に移住してきた結果ではない。

ここでなければ安心して生きて行けなかったからなのだ。

「―――逃げなければ生きていけないようなことを平気でしてしまうのは、好戦的な因子を受け継ぐゆえであるということも知っています。母や私の代で迫害をただの『法』で禁じたとしても、私たちの子孫がこれまでと同様のことをしでかす可能性が大きい。おそらく、ウルド国のアルトゥール新王はそれを分かっていて、誓約をし、時間をかけて好戦的な因子を薄めようとしているのですね。―――それは英断だと思います」

誓約をしたことで、今後ウルド国ではアースクリス人との混血児がウルド国に根付くことになるだろう。

一般的に混血児はアースクリス人の特徴を受け継ぐと言われている。

代を重ねていけば、好戦的で攻撃的な因子を少しずつ薄めて行けるだろうと思われている。

「私は―――アースクリスの女神様に命を救われた者です。『女神様に仇なす行為はしない』という誓約はもちろんのこと。―――そしてこの戦いが終結した後は、新たに国からの宣言として、『アースクリス国に仇なす行為はしない』と誓約を加えます。―――これは、両親や同胞の重臣たちと決めたことです」

誓約。ウルド国とジェンド国では、文言は違うけれど、『アースクリス国への侵略行為をしたら国が滅びる』ことを受け入れるという意味となる。

イブシラ様から『誓約をする』との言葉が出てきたことに、クリスティア公爵とアーネストおじい様が驚いて目を瞠った。

すると、イブシラ様は『本当は現政権を倒してから誓約の話はお話しするつもりだったのですが』と前置きをした。

「過去の歴史を見れば分かります。我が国は何度も何度も愚かな行為をしてきました。『ここでいったん戦争を終わらせる』だけではだめなのです。きちんとこの行為を終わらせなければ、同じ愚を繰り返す。そしてその度に苦しむのは民なのです」

「―――実は、この誓約をすると言ってきたのは母でした。半年ほど前、解毒薬により奇跡的に回復した時―――母に『啓示』が降りて来たそうです。―――『やり直しは一度きり』だと」

◇◇◇

―――半年ほど前、イブシラ様を通し、アースクリス国王家から菊の花の解毒薬がもたらされた。

秘かに繋がりを持ってきたとはいえ、敵国である国からの薬。

イブリン様が飲むのを躊躇うのは当然のことだろう。

けれど、デイン領で女神様の花に助けられたイブシラ様の説得により、イブリン様はアースクリス国からもたらされた薬を飲むことを決断したという。

イブリン様が薬を飲んだ瞬間、薬と共にふわりと白い光が身体の中に入ってきたような感じがしたと話したそうだ。

その光は身体の中心から外側へと放たれ、身体の内側から黒いモノが一気に光にはじかれるように消えて行く感じがしたと。

その光はイブリン様の身体を縦横無尽に駆け巡った。

それと同時にいつもあった重だるい不快な痛みと嘔吐感が消えていったのが分かった。

毒が回り、感覚が無くなっていた足に、ちりちりと痛痒さが戻って来たのに驚いた。

そして―――体をめぐっていた白い光を瞳の奥に感じて、眩しさに強く目を瞑った瞬間。

―――イブリン様の脳裏に、不思議に響く声が響いたのだ。

『―――やり直しは一度きりよ―――』

―――と。

その声に驚いてイブリン様が目を開けると、毒のせいで白く濁っていた視界がクリアになっていた。

そして、イブリン様の脳裏に響いたその不思議な声は、イブリン様の手を握っていたマーレン公爵にも届いていたようで、マーレン公爵も驚愕の顔をしていたという。

そして、目を開けたイブリン様やマーレン公爵は更に驚くものを見た。

毒のせいで血管が傷ついて内出血し、全身の肌に出ていた紫斑がみるみるうちに消え綺麗な肌に戻って行ったのだ。

しかも、壊死寸前で歩くことも出来なくなっていた足も機能を回復していた。

毒を消すことが出来ても、損傷した部分は治せないのが当たり前であるのに。

実に4年もの長い間イブリン様を苦しませてきた毒は、たった一つの薬によって、跡形もなく消え去った。

その薬はこの大陸の女神がもたらしたという花から作られたもの。

そしてイブリン様の娘であるイブシラ様を助けてくれたという花。

イブリン様はイブシラ様が偽りを言ってはいないと思っていたけれど、完全にその話を信じていたわけではなかった。

けれど、その花を用いた薬は―――奇跡を、イブリン様の身に起こした。

死出の舟に片足をかけていたボロボロだった身体を、生の世界に戻した。

―――そんなことが出来るのは人間ではありえない。

そして、イブシラ様が語ったことがまぎれもなく真実であると、分かった。

『―――ああ。イブシラを護ってくれたのも、 そ(・) う(・) い(・) う(・) こ(・) と(・) なのだ』とイブリン様は思ったという。

『やり直しは一度きり』

その意味は。

―――女神様は、『女王となり、ジェンド国を正しき道へと導け』と、自分とイブシラにその機会をくれたのだ―――と悟ったという。

そして、その機会は『一度きり』なのだと。

長い間、ジェンド国は過ちを犯し続けた。

これほどまでに強大な力を持つ女神様であれば、ジェンド国を滅ぼすことも容易だろう。

そして、女神様の強大な力をこの身で感じたゆえに、確信した。

開戦後、凶作にみまわれたのは、女神様の天意―――怒りであったことを。

ジェンド国はアースクリス大陸に受け入れてもらった立場であるのに、アースクリス国へ反旗を翻し、あまつさえアースクリス国の民を長い間迫害してきた。

そして、この卑怯極まりない戦争を仕掛けたのだ。

一方的に戦争を仕掛け、数多の命を失わせた罪は、―――重いのだ。

イブリン様は、女神様が与えてくれた自らの命、そして『やり直しは一度きり』という神託に―――自分が何をすべきか、考えを巡らせた。