軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

私の人生にあなたはいらない。

時が、戻ったのかもしれない。

そう思った。それか、きっと私はおかしくなってしまったのだ。

叩いた頬は未だにヒリヒリと痛み、これが現実であることを私に教えてくる。

(どこから……どこまでが、真実?)

唖然としていると、カティアが恐る恐る声をかけてきた。

「お嬢様、体調がお悪いのではありませんか?本日のティーパーティーは欠席された方がよろしいのでは……」

「……ううん。大丈夫。心配してくれて、ありがとう」

私は、つぶやくように答えた。

確かに彼女の言うとおり、鏡の中の自分は顔色が悪い。白を通り越して、真っ青だ。

私自身、動揺していた。

(……夢、だったのかな)

とても、現実味のある、夢。

だけど、それがただの夢ではないことを──私は、その後すぐ、知ることになった。

ベルライン伯爵家主催のティーパーティー。

本来は、私のエスコートは婚約者のウィリアム様が行うべきなのだが、彼は時間に姿を現さなかった。その代わり、届けられたのは一通のメッセージカード。

カティアに手渡されて紙面に視線を落とす。

そこに書かれていたのは、記憶通りの文字列だった。

『急用ができていけない。きみが、楽しい時間を過ごせますように』

招待や誘いを断る時の定型句だ。

彼からそのメッセージカードを受け取った時、過去の私はそんなに驚かなかった。

だけど今は──驚いている。

彼からそのメッセージカードが届いたことではない。書かれている内容が一語一句、記憶通りだからだ。

(あれは……ただの、夢じゃない……?)

疑惑が、確信になるのを感じた。

ウィリアム様が、私のエスコートを断るのはこれが初めてではない。夜会やティーパーティーで、彼は私のエスコートをすることが決まっているのだが、決まって当日。彼は断りの手紙を届けてくる。以前、一度彼に聞いたことがある。

どうして、当日に断るのか、と。

当日に断るくらいなら最初から受けなければいいだけの話だ。詰め寄った私に、彼は腹立たしそうに答えた。

『きみのエスコートを断れると、本気で思ってるのか?そんなの、父上が許さないだろ。……それに、仕方ないんだよ。キャサリンは会場でひとりになることに不安を感じるんだ。彼女は公爵令嬢という立場でありながら、正妃にはなれない。……お前がいるから。だから、いつも不安なんだ、彼女は』

そう言って、ウィリアム様は私を責めた。

彼女が、キャサリン様が心細く思うのは私のせいだ、と。

『ルシアがいるから、彼女は常に怖い思いをしている──』

私が、宝石姫なんてものだから、仕方なく婚約者にしているが、こころはキャサリン様にある。だけど、キャサリン様は宝石姫の私が怖くて仕方ないのだという。

まるで、不当に力を得た罪人のような言われようだった。

淡々と責められて、言葉をなくした。

(私だって──)

私だって、好きで宝石姫に生まれたのではない。

好きで、彼の妻になるのではない。

確かに、彼の妻になることを、彼の妃になる未来を望んでいた。待っていた。

そうなる日が、早く来ればいいとすら思っていた。

だけど──それも、キャサリン様が現れるまで。キャサリン様と出会ったウィリアム様は、彼女にこころを奪われた。

彼は、自然、彼女を正妃にできない現状に鬱屈とした感情を抱いたのだろう。

ルシア(わたし) のせいで。

ルシア(わたし) がいるから。

だから、キャサリン様と結婚できない。

何度となく、言われた言葉だ。

それでも、私は彼の婚約者であることをやめなかった。……やめられなかったのだ。

彼に疎まれても、嫌われても、拒まれても。

それでも、私には、彼の妻になるほかなかった。

だって、私は宝石姫だ。

宝石姫だから、彼のそばにいなければならない。

宝石姫だから、彼を支えなければならない。

そう、思ってきた。

──だけどそれは、結局のところ、私のひとりよがりに過ぎなかったのだ。

メッセージカードを見つめていた私に、カティアが控えめに声をかけてきた。

「あら……。まったく、王太子殿下にも困ったものですわ……。仕方ありませんわね、お嬢様。ジェラルド様にお声掛けしますか?」

カティアの言葉もまた、私の記憶通りだった。

ウィリアム様が、当日に断りのメッセージカードを送ってくることは、もはや日常茶飯事。よくあることだった。

宝石姫(わたし) は、ウィリアム様に愛されなくても構わないのだ。

私は、宝石姫 である(・・・) からこそ、価値がある。

誰も、私とウィリアム様の関係に期待などしていない。

「……ええ、お願い。お兄様を、お呼びして」

ジェラルドは、兄の名前だ。

ウィリアム様にエスコートを断られて、お兄様に代わりをお願いする。これも、いつものこと。ここまで、記憶通りなら、きっとティーパーティーでも同じことが起きる。

……私はまた、ウィリアム様に存在を否定され、キャサリン様に失望されなければならないのだろうか。

──もう、頑張らなくても、いいんじゃないかな。

ふと、そんなことを思った。

宝石姫として生まれ、宝石姫として生かされた。それなのにこんなことを考えるなどきっと、許されないことだ。

今までの私なら、そう思っていた。

でも──。

「……ねえ、カティア」

私は、言葉を撤回することにした。

(そうだ……。今さら何をしたところで、ウィリアム様が私を憎く思っていることは変わらない)

このままいけば、きっとまた私は殺されてしまうのだろう。

あの結婚式の夜。

夜の寝室で、私は彼に殺された。

『僕はお前なんか必要としていないし──そもそも誰も、お前なんか必要としていない』

きっと、あれは紛れもない、彼の本心。

(……良かった、のかな)

最期に、彼のこころの声を聞けた。

本心を聞けたからこそ、私は。

(私も……自分に素直になれる)

素直になってもいいと、思える。

あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。

仄かな恋心はぐしゃぐしゃに潰れ、無惨に散らされた。彼の手によって。

幼い頃の憧憬は、彼に殺されたのだ。

彼が剣で私を斬り殺した時。

きっと、ほんの僅かに息づいていた初恋の欠片も──私の命とともに消滅したのだ。

私は、顔を上げた。

声をかけられたカティアは、不思議そうに私を見ている。

……緊張で、少しだけ喉が渇いた。

「……今日のティーパーティー、私は欠席するわ。……調子が、優れないみたいなの」