軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

98 竜巻の中

九十八

近づいてみれば、より一層その竜巻の途方のなさが見て取れた。

人工的に発生したからか渦巻く風は一切の乱れなく制御されていて、確かに付け入れる隙は存在しない。だがその分、周囲への被害はそれほど見られず、二十メートル手前まで接近する事が出来た。

そして、その地点から見上げた竜巻は正しく風の龍と呼べるもので、周辺は一段と暗く、低く響いてくる風の音は、まるで威嚇する龍の咆哮であった。

「こいつは、無理そうだな」

その目ではっきりと確認したアーロンは、その圧倒的光景を前にして深いため息をつく。目の前で渦巻く暴風は疑う事無き天災級であり、一介の冒険者どころか、そもそも人が太刀打ち出来るようなものではなかったからだ。

「ああ、そうだろう」

アーロンの隣で乾いた笑みを浮かべるクモは、ここ数日間の試みを思い出しつつ、そう返した。

「これは走り抜けられないなぁ」

「 岩石人形(ロックゴーレム) も、これは耐え切れない」

サソリとヘビもまた竜巻を見上げて、第一印象を口にする。自身の能力では手の打ちようがないと。

それからクモとアーロン、サソリにヘビは、増えた人員の力も加えてどうにか出来ないかと、あれやこれやと対策を考察し始める。

その後ろ。四人の話に耳を傾けながらも、ミラは顎先に指を添えたまま、竜巻を睨み考え込んでいた。

絶対的な風力であらゆる進入を阻む風の龍。状況から考えて、キメラクローゼンが関わっているのはほぼ確定だろう。そしてこちらが立ち往生している間にも、中では何かの作戦が進行しているのもまた間違いないと思われる。

つまりは待っていても後手に回るだけだ。しかし四人の話し合いは平行線を辿り続け、どうにもまとまる様子がない。

(やってやれん事もないかのぅ)

実際に傍で竜巻を観察してそう感じたミラは、アーロン達の前に一歩踏み出した。

「わし一人だけならば、どうにか突破出来るかもしれん。お主らは待機しててもらえるか」

どうしたものかと唸る四人に振り返りそう口にしたミラは、再び竜巻を見上げて二歩三歩と進んでいく。

「まてまて、俺達が手を尽くしてどうにもならなかったんだ。一人だけってそんな事──」

「ほんと!? じゃあもし出来たら竜巻の解除もお願い!」

呆れたように反論するクモを遮って、サソリは期待に満ちた表情をミラに向ける。

ヒドゥンの力を合わせても、結局打開策を見出せなかった。だが、その考えに至ったサソリは代わりに、希望をミラに見出していたのだ。

「奴等の謀の阻止を優先するつもりじゃが、……ふむ、考慮しよう」

キメラクローゼンが何かしらの方法で竜巻を生み出しているなら、その発生源は易々と近づけない場所、つまり竜巻を越えた先にあるはずだ。だが、それを探し回っているうちにキメラクローゼンが目的を果たしてしまっては意味がない。ゆえに一考したミラは、何か思いついたのか自信満々に考慮すると答えた。

「いや、だからな……」

「竜巻の規模から見て、発生源は大きい。内部ではなく山肌のどこかだと思う」

今度はヘビが反論を続けようとするクモを阻む。道中に規格外な力を垣間見せてきたミラならば、確かに風の障壁を突破出来るかもしれないと感じたからだ。

「これは、負の精霊の力を封じる道具。投げてぶつけるだけで大丈夫」

そう言ってヘビはポーチから掌サイズの球体を取り出し、希望を託すかのようにミラへ手渡す。

「ふむ。これを発生源に使えという事じゃな」

竜巻を人工的に発生させるといっても、それは当然簡単な事ではない。特に目の前に聳える天災級となれば、極々一部、それこそ九賢者クラスの術士でなければ不可能である。

だが、これだけの現象を生み出せる者は、他にも存在した。

それは精霊である。しかもキメラクローゼンが関係している以上、目の前の竜巻は精霊の力を利用していると見て間違いはないだろう。それも精霊の望まぬ形で、だ。

「出来るならお願い」

そう答えたヘビは、苦悶に満ちた表情でミラを見つめ、願うように頷く。球体を受け取ったミラは、そんなヘビの手を力強く握り「わしに任せておけ」と余裕の笑みを浮かべた。

「なんなんだよ……」

二度も言葉を遮られたクモは、分かり合っているような三人の輪に入っていけず不貞腐れる。

「実際に見なきゃ、あの嬢ちゃんの力は計れねぇさ。気にするな」

そう言って、励ますようにクモの背を叩くアーロンもまたその輪の一員であった。

「って言われてもなぁ」

クモは鬱陶しそうに身を捩りながら、流行の魔法少女風の衣装に身を包んだミラをじっと見つめた。

慢心とまではいかないが、クモは自分と仲間の実力を信じている。そして、その力を結集しても打開策が生まれなかった。それにも関わらず、突破出来ると事も無げに言ってのけたミラ。サソリ達の信頼を信じるべきかという気持ちはあるものの、クモは初対面という事も相まって信じきれないようだ。

「わしはわしで、手を尽くさぬと気が済まぬ性質でのぅ。すまぬが、やれるだけの事はやらせてもらうぞ」

ミラは、クモ達の気持ちを汲みつつも我を通すと口にして、クモの視線を真っ直ぐと見返し不敵に微笑む。するとクモは少々面食らった様子で顔を逸らし「分かった。好きにしろ」と言ってため息交じりに竜巻を見上げた。

「ん、どうした。耳が赤いぞ」

「なんでもない」

どこか茶化すようにアーロンが言えば、クモはフードを深く被ってそっぽを向いた。

「では、やってみるとしようかのぅ」

そう言って、ぎりぎりまで竜巻に近づいたミラは、風の障壁を越えるための術を発動する。

【共鳴召喚:シルフィード】

発動と同時に浮かび上がった魔法陣は、足元からミラを包み込むように上昇したあと、そのまま風となって四散する。

それは、これまでの召喚とは違う法則で組み上げられた術式だった。

(ふむ、身体が軽いのぅ。現実で使えば、このような感覚になるのか)

ミラは全身を包む、自身のものとは違う力を感じていた。そして同時に確信も得る。これならば竜巻を抜けられると。

そう思えば行動は迅速だ。一気に駆け出したミラは、そのまま暴風圏に飛び込んでいった。

見た事もないミラの術に驚愕したサソリ達は、そこに確かな可能性を見出していた。

ミラが上手い事やれば、そのうち竜巻が解除される。その時、素早く行動に移れるように、クモは報告のため全メンバーの下に向かい走り出す。

「おいおい、ありゃあなんだ?」

アーロンとサソリ、そしてヘビはその場に止まり、ミラが消えていった巨大な風の壁を見つめていた。

「詳細不明」

半笑い気味のアーロンに対し、ヘビは表情無く、だが瞳を輝かせてそう答える。そしてサソリが「ミラちゃんが本気を出すと、どうなるんだろう」と呟けば、三人揃ってぞくりと全身を震わせるのだった。

竜巻の中。そこは轟音と理不尽なまでに暴力的な風で支配されていた。しかし、そんな中にありながらも、ミラはそれこそどこ吹く風といった様子で駆け抜ける。

荒れ狂う風が、ミラを避けていた。

その理由は、ミラが使った先程の召喚術である。

共鳴召喚。それは、精霊の力を一時的にその身に宿すという特殊な術式であり、ミラは今、それによって風精霊の力をその身に宿している状態だった。

かなり高等な技術であるため、維持出来る時間は一分にも満たず、マナの消費も多い。

だが当然、様々な恩恵がある。その一つが、風による害の除外という効果だ。これによってミラは竜巻の中でも無事でいられるのだ。

そうして風の力を纏ったミラは、荒れ狂う風の障壁を問題なく抜けて行く。

竜巻の向こう側、目の前に広がる景色は聳え立つ遺跡で埋め尽くされていた。巨大な岩山をそのまま削って作られたその遺跡は、かつての生活感と想像を絶する彫刻の技術を内包した、人知を超えた人の手による芸術品であった。

(こうして見てみると、とんでもないところじゃのぅ)

岩山へと続く緩やかな坂道の途中。ミラはその圧倒的な迫力を前にして感嘆する。ゲーム時代に幾度となく見た場所であるが、確かな質量を伴った今、その存在感は情報の津波となってミラの胸に去来した。

(見張りは、おらぬのか)

改めて遺跡を一望したミラは、誰一人としてそこに存在しない事に気づく。それだけ竜巻の障壁に自信があるという事だろうか。

ならばその原因はどこかと思い、念入りに見回したミラであったが、竜巻の発生源らしきものもまた、どこにも見当たらなかった。

外から見ただけでは分からないところ。つまり遺跡の陰などに仕掛けられているのかもしれない。そう考えたミラは岩山遺跡を一望する。

「やはり、仕方がないのぅ」

視界に収まりきらぬほど高く広大な岩山を探し回るのは流石に無茶であり、そんな時間もない。そう判断したミラは、手分けするために探索の適任者を喚ぶ事にした。

「団長、かちこみですかにゃ?」

召喚術が発動し魔法陣が地面に浮かび上がれば、そこから、にゃんこ座りでふてぶてしく構えるケット・シーが現れた。その肩に背負ったプラカードには、『初代猫組 結果上々』と書かれている。どこで見聞きしたのだろうか、アウトローにかぶれたようだ。

「いろいろと突っ込みどころ満載じゃが、まあ、よい。団員一号よ、良く聞くのじゃ。周囲を包む竜巻の発生源がどこかにある。お主には、それの処理を頼みたい」

ミラはケット・シーの挙動もろもろを全て受け流す事に決めて、そう手早く用件を伝えた。

「お任せくだせぇですにゃ、団長」

いつ改造したのだろうか、仕込み杖になっていたプラカードから刃を僅かにちらつかせながら、ケット・シーはニヒルに笑う。

「これをぶつければどうにかなるはずじゃ」

下手に踏み込まず、ミラはいつも通りといった様子でヘビから受け取った球体を手渡す。

「承知ですにゃ。確かにブツは預かりましたにゃ」

ケットシーは球体を肉球の手で器用に受け取り、どこからともなく取り出した風呂敷に包んで背負うように結んだ。

「では、頼んだぞ」

ミラがそう声をかけると、ケット・シーは「タマ取ってくるですにゃー」と意気揚々に声を上げて遺跡へ突撃していく。背にしたプラカードには可愛らしい猫の絵が描かれており、その下に『タマ違いに注意』と記されていた。

「さて、わしも行くか」

ケット・シーを途中まで見送ったミラは苦笑気味にそう呟いてから、ペガサスを召喚する。そして無言のまま頬を摺り寄せてくるペガサスを撫で返しながら遺跡の中腹にある一際大きな門を見据えた。

「久しぶりになるが、頼むぞ」

ミラがそう声をかけて背に跨れば、ペガサスは嬉しそうに嘶き翼を羽ばたかせ、中腹の門に向かい飛翔していった。