軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

95 精霊達の再会

九十五

湖中の横穴を抜けた先。そこにあった秘密の礼拝堂で繰り広げられた戦闘は、収束へと移りつつあった。

片腕を失った骸骨は全身から精霊を蝕む黒い霧を噴き出し、怒りに任せて暴れ始める。

ミラは即座に距離をとり、ポポットワイズもまた範囲外に逃れ隙を窺う構えだ。そしてガルムはといえば、そんな骸骨と激しい攻防を繰り広げていた。

冷静さを欠いた骸骨の動きは単調で、ガルムに襲い掛かるものの即座にいなされ、奇声を発して突き出した腕は空を突くだけで届かない。そしてとうとう骸骨は、ガルムの爪による強烈な一撃で地に叩き伏せられた。

その時である。骸骨の虚ろな目は、草むらの中に取り落とした聖剣を捉えたのだ。瞬間、その目に暗い光が宿る。

骸骨は、一心不乱に聖剣へと手を伸ばす。何かに取り憑かれたようなその姿はまるで中毒者のそれと同様で、狂気にも似た気配に満ちていた。

だが、その手が届くよりも先に、アルラウネの蔓が聖剣に絡みつく。そしてそのまま茂みの中に引き込んで、見えないように隠した。

それでも骸骨は、聖剣を求めて駆け出す。もう既にその目には聖剣しか映っておらず、ガルムの正面を無防備に走り抜けた。

直後、紅蓮の柱が逆巻き、轟音を上げて横薙ぎに振るわれる。それは炎を纏ったガルムの尻尾だ。身体を反転させ勢いを最大に乗せた激烈なその一撃は、弾ける火の粉を撒き散らし爆音を轟かせ炸裂した。

骸骨の身体が勢い良く吹き飛び礼拝堂の最奥に衝突すれば、衝撃で壁面にヒビが入り、周囲がずしりと揺れた。

「ほぅ、随分な威力じゃな」

ミラは力なく崩れ落ちる骸骨の姿を見ながら感心したように呟き、褒めるようにガルムの鼻先を撫でる。するとガルムは嬉しそうに喉を鳴らし炎の尻尾をぶんぶんと振り回した。

「よしよし、分かったから落ち着かぬか」

ミラは激しく舞い散る火の粉を振り払いつつ、骸骨に目を向ける。

少しして、礼拝堂を燦々と照らし出していた炎が霧散し、同時に静寂が場を包む。と、そこに乾いた音がからりと鳴った。

立ち上がったのだ。炎の爆発力と、ガルムの膂力を合わせた必殺ともいえる一撃を受けてなお、骸骨は二本の足で地面を踏みしめていた。

だが次の瞬間、その頭蓋骨がふらりと揺れる。骸骨の胴には無数のヒビが入っており、相当のダメージを受けている事が窺えた。

ミラは振り返り蔓に巻かれた聖剣をちらりと確認したあと、再度骸骨を見据えて、ふっと息を吐き一歩前に歩み出る。

「恐ろしくタフじゃが、剣に気を使う必要がなくなった今、手加減も不要じゃな」

ミラがそう言葉を口にすると、それに呼応するようにガルムとポポットワイズが示し合わせたように大きく後方へと下がった。そして代わりに緑が蠢く。鬱蒼と茂る草むらの中から数十もの蔓が伸びて、飛び掛ろうと身構える骸骨に巻きつき拘束していった。

骸骨は唸り声をあげてもがき、蔓を引き千切っていく。だが蓄積した傷も相まって、幾重にも巻かれた蔓は容易く解けるものではない。

そしてそれは、骸骨にとって致命的な隙となった。

ミラがゆっくりと掌を骸骨に向ける。するとそこに現れたアルカナの制約陣が、瞬時にロザリオの召喚陣へと変化した。

それは上級召喚の準備であったが、これまでと少し違うものだった。

『大海より出でし光彩。この空の果て、絢爛に盛る始祖の焔。その鼓動鳴り止まず、その吐息尚絶えず、千界万天満ちる時、暁よ、二度輝け!』

【召喚精霊術:ケルビムハート】

紡がれる言葉に呼応して光を増した召喚陣は、途端に赤々と輝き紅蓮の炎を吐き出した。するとその炎は、まるで生きているかのように渦巻いて、瞬く間に人の形を作り出す。

それはミラのマナで作られた、炎の大精霊ディミアルゴスの依り代であった。

召喚精霊術。それは莫大な大精霊の力を一瞬だけ行使する、人の域を遥かに超えた術である。

揺らめく炎は人の形となり、ミラの動きを模倣するかのように正面を見据え、紅蓮の腕を骸骨に向けて突き出した。

瞬間、灼熱を秘めた球体が骸骨を飲み込んだ。赤ではなく白く燃え盛るそれは、まるで小さな太陽のようである。

吹雪のような低い音を発し、強烈な光を放つ炎球は、それでいてまったく熱を感じさせなかった。

それは、術の性質によるものだ。<召喚精霊術:ケルビムハート>とは、指定した領域内のみを炎で埋め尽くすという効果で、その範囲が狭ければ狭いほど威力が増すという特徴がある。ゆえに、範囲外には良くも悪くも熱による影響はないのだ。

そして今回の範囲こそが最小であり最大の威力であった。

眩しいくらいに照らされる礼拝堂。やがてその光源が消え去れば、草木の茂っていたそこには、丸く削り取ったかのような跡と焼け焦げた臭いだけが残っていた。

「ふむ、どうやらこれには耐えられんかったようじゃな」

圧倒的な熱量で焼かれ、流石の骸骨も原形を留められなかった。それを確認したミラは、満足げに微笑んだ。

居たはずの場所には、ただ真っ黒な灰が散らばり、僅かな霧が残ってはいるものの、その元凶たる存在の気配は微塵もなかった。

ミラ達の勝利である。

それを証明するかのように隣でガルムが勝ち鬨をあげれば、ミラの肩に留まったポポットワイズは「ほめてほめて」とねだり、アルラウネは甘えるようにそっとミラの胸元に身を寄せた。

「うむ、お主等も良くやった」

ミラはそう三体を褒めてから「ご苦労じゃったな」と言ってそれぞれを送還する。ガルムは誇らしそうに吠え、ポポットワイズは嬉しそうに翼を広げ、アルラウネは照れくさそうにクネクネしながら帰っていった。

「友を取り戻していただき、ありがとうございます」

「ありがとう」

周囲を覆っていた茂みが幻のように消えると同時に、ワーズランベールとアンルティーネが下りてくる。二人はミラの前に並び、今にもはちきれんばかりの喜びを浮かべ深々と頭を下げた。

「礼などよい。それよりも早く友人のもとにいってやれ」

ミラはそう言って二人に微笑みかけ、礼拝堂の隅に横たわる聖剣にちらりと目を向けた。念願叶い、ようやく友人が解放されたのだ。今はその事を思い切り喜ぶべきだろう。

精霊の二人はミラの気遣いに今一度礼を返し、喜び勇んで聖剣に駆け寄った。

「サンちゃん。サンちゃん」

「サンクティア。もう大丈夫だよ、サンクティア」

アンルティーネが聖剣を大切そうに抱き寄せ、ワーズランベールはその柄にそっと手を添えて呼びかける。

変化は、緩やかに始まった。それこそ眠りから目覚める時の呼吸のように、ゆっくりと光の粒子が周囲に浮かび上がる。

するとどうだろう、聖剣が僅かに震え、光の粒子が途端に眩い光を放つ。そして次の瞬間、聖剣の傍には、初めからそこに居たかのように立つ女性の姿があった。

「おお! 霧が晴れてるー!」

その女性は勢い良く両手を振り上げて、はつらつとした声でそう叫んだ。

「サンクティア!」

「サンちゃん!」

ワーズランベールは感極まった様子で手を握り、アンルティーネは安堵から涙ぐみその女性を抱きしめる。どうやら彼女が聖剣に宿る武具精霊、サンクティアのようだ。

「なんか久しぶりー!」

対してサンクティアはといえば、驚きに加え晴れ晴れとした笑顔で二人を強く抱き返した。

(感動の再会、でよいのじゃろうか)

ミラはどことなく温度差のある三人を見つめながら、まあ嬉しそうなので問題なしかと笑った。

「助けてくれて、ありがとう!」

二人から説明を受けたサンクティアは勢いよく振り返り、そう叫びながらミラに飛びついて、感情のままにぎゅっと抱きしめる。

「あー、うむ、無事でなによりじゃった」

聖剣の武具精霊という事が関係しているのだろうか、サンクティアはヴァルキリーのような鎧を纏っており、その硬い胸部装甲を頬に押し付けられたミラは、嘆息交じりに答える。

「サンクティアです。本当にありがとう!」

しっかりと感謝の抱擁を終えたサンクティアは、数歩下がってから改まるようにそう言って頭を下げた。白を基調として青い布地と金の装飾が栄える彼女の鎧は、いかにも聖騎士然としていて、ショートカットに整えられた金髪は、それをより凛々しく纏め上げている。

しかしサンクティアは快活な性格で、凛とした見た目に反しちぐはくな印象があった。だが、それもまた彼女の屈託のない笑顔を際立たせてもいた。

「わしはミラじゃ。この程度、どうという事はない」

初めて見る聖剣の武具精霊。当然といった様子で答えたミラは、顎先に指を添えたまま、サンクティアをまじまじと見つめる。

「本当にありがとう。是非お礼をしたいのだけど、ミラさんは何か希望はあるかな。私達に出来る事ならなんでもするよ」

余程嬉しいのだろう、ワーズランベールは喜びを満面に浮かべ寄り添うようにサンクティアの隣に並び、弾んだ声でそう言った。

「ふーむ、そうじゃのぅ……」

希望を聞かれたミラは、そう呟きつつ考え込む。

「これなどいかがでしょう。どれも歴史的価値の高い宝です」

礼拝堂の奥から、大きく重そうな箱を抱えてやってきたアンルティーネ。ミラの前に箱を置いた彼女は「是非持っていってください」と言い箱の蓋を開ける。

中には、それこそ金銀財宝と聞いた時、頭に浮かぶようなお宝がぎっしりと詰まっていた。

「ほぅ、これはなんとも。億は軽く超えそうじゃな」

眩しいくらいに輝く余りにも豪華絢爛なその中身に度肝を抜かれたミラ。だが、そこに入っていたのは、良くも悪くも金銀財宝ばかりだ。特別な力が宿った術具や、冒険に役立ちそうな装備品といった、ミラ好みの品は一つもなかったのである。

「ふーむ、お宝というのなら、わしは聖剣の方に興味があるのじゃがなぁ」

箱の中を一通り確認したミラは顔をあげて、そのままサンクティアに視線を移す。

ミラの目には強い興味の炎が宿っていた。それを受けたサンクティアは、きょとんとした様子で「え、わたし?」と言って首を傾げる。

「やはりそうですよね。わかりました。恩人であるミラさんがそう望むのなら」

「そうね。彼女のおかげで救われたのだから、その恩に報いるべきよね」

ワーズランベールとアンルティーネは少し寂しげな表情を浮かべて、どこか悟ったように頷き合うと両脇からサンクティアをぎゅっと抱きしめた。

「ミラさんに迷惑をかけてはだめだよ。あと知らない人についていってもだめだからね。あ、好き嫌いもしないように」

「サンちゃん。がんばってきてね。あと、たまには連絡してね」

そう言い聞かせるように囁き、薄らと涙を浮かべる二人。それはまるで、都会に行く娘を見送る田舎の両親のようであった。

アンルティーネが別れの言葉を続ける中、一人離れたワーズランベールは、礼拝堂中央の台座から何かを手にして戻ってくる。

(うん? 何やらこれは)

どうにもおかし流れだなと感じ始めたミラ。そしてそれは、次の瞬間に確信に変わる。

「サンクティアを、よろしくお願いします」

そう言ってワーズランベールは、台座から取って来た鞘をミラに差し出す。見事な装飾に、サンクティアの鎧と似た配色のその鞘は、正しく聖剣を収めるためのものであった。

呆然とした様子で、ミラはそれを見つめる。この場合、鞘を受け取るという事は、すなわち聖剣の持ち主となるという意味だろう。

だがそもそもミラは召喚術士であり、聖剣を貰ったところで使いこなせるはずもないのだ。ゆえに答えは決まっていた。

「あー、いや。わしは術士じゃからのぅ。聖剣などもろうても持て余すだけじゃ」

そうミラが受け取りを拒否すれば、ワーズランベールは間の抜けたような表情を浮かべ、

「あれ? しかし先ほど、興味があると」

と言って、ミラの言葉を脳内で反芻した。どこかに聞き間違いはあったかと。その後ろでは、アンルティーネもサンクティアを抱いたまま首を傾げ疑問符を浮かべていた。

「なるほどのぅ。そういう事じゃったか。すまぬな、言い方が悪かったようじゃ。興味があるのは、武具精霊であるサンクティアの方じゃよ」

ワーズランベールの行動に納得がいったミラは、そう謝罪してから再びサンクティアに視線を向ける。

湖の中を進んだ先の礼拝堂にひっそりと眠る聖剣。しかもそれに宿った武具精霊。どちらも初見であるミラだが召喚術士であるという点において、聖剣の武具精霊というのは、特に興味を惹くものであったのだ。

「サンクティア自身に、ですか?」

黙っていれば美しい容姿であるが、それは女であるミラに関係あるのだろうか。そう考えた次の瞬間、百合咲き誇る花園を幻視したワーズランベールは、新たな扉が開く音を確かに耳にした。

「え、もしかして私の事を!? そんな、でも、うん、優しくしてください」

どうやら当事者本人の思考もそこに辿り付いたようで、サンクティアは恥らうように頬を赤らめながら、まんざらでもない様子で頷いた。

「まだ寝ぼけておるようじゃな」

艶っぽい瞳で見つめてくるサンクティアを睨み返したミラは、呆れ顔でため息をついて、説明を始める。

「わしは召喚術士で、お主は武具精霊じゃろう? しかもわしの記憶にはない、聖剣の武具精霊というではないか」

そう口にしながら歩み寄っていったミラは、サンクティアの前で立ち止まり見上げて、その目を妖しく輝かせ、にやりと口元を歪めた。

「契約出来るかどうか気にならぬか? 聖剣の武具精霊召喚。わしは気になるのぅ。当人のお主はどういうものか知っておるか? のぅ? どうなるのじゃろうなぁ?」

同意を求める、というより押し付けるような口調で、何かにとり憑かれたかのように迫るミラ。

「えっと……。した事ないから、分からない、かな……」

「ならば初めてという事じゃな。ふむ、興味深いのぅ。実に興味深いではないか」

常軌を逸し始めたミラは、食いつくようにサンクティアの肩をがしりと掴んで一層笑みを深めていく。

「なんだか、怖いんだけどー!」

ミラの召喚術に対する妄執は人一倍だ。その迫力に気圧され気味のサンクティアは友の二人に助けを求めた。だが、ワーズランベールとアンルティーネは数歩下がって、恩に報いるチャンスだと声援を送るだけであった。

「ほれ、ここで出会えたのも何かの縁じゃ。出来るか出来ないかだけでも、どうじゃ。良いじゃろう?」

聖剣の武具精霊とは契約が結べないのかもしれない。だが、した事がないというのならば試した事がないという意味でもある。そこに可能性を見出したミラは、サンクティアの初めてを求めてなおも迫っていく。

「うん……。分かった。上手く出来るか分からないけど頑張るよ!」

ミラが見せる執念は理解出来ないまでも、その熱意だけは感じ取ったサンクティアは決意して、きりりとした顔で頷き答えるのだった。