軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

642 緊急

六百四十二

教皇とヨルヴィレドの対決は、いったいどうなるのか。吹き飛ばされながらもどうにか駆け戻ってきた面々は、その場の空気と状況を前に一旦見守ってみる方を選んだようだ。

そしてミラもまた同じく、その動向を固唾を呑んで見つめていた。

「やーっと目が覚めた?」

禍々しい剣が砕けてから暫く。吹き出した真っ黒な何かも全てが霧散していったところで教皇が呼びかける。

けれどヨルヴィレドは答えない。声に反応して微かに動いてはいるが、そこに意思や人格といったものは感じられなかった。

(ふーむ、中身──魂自体はとうに成仏しておるからのぅ。体はヨルヴィレドのもので間違いないが、本人といえるのじゃろうか)

ミラは、彼の魂が既に死者の世界──祭の境界に至っている事を知っている。ゆえに今そこにあるのは魂の抜けた器であり、無理矢理に魔法で動かされている人形に過ぎない。

それでいて教皇の言葉に反応しているのは、どういう事か。教皇が持つ力によるものか。それとも肉体に残されたヨルヴィレドの記憶がそうさせているのか。

理由は定かではないが、先程まで大暴れしていた状態からすると今はありえないくらい穏やかであった。

「まったく、死んだかと思えば、こんなところにいるし。諌める私の苦労も考えてほしいのだけど──」

そんなヨルヴィレドを相手に、ぶつくさと止まらない小言を浴びせていく教皇。生前の事も詳しく知っているようだ。一年に一回は面倒事で駆り出されていたと、今更のような文句まで連ねていく。

「そもそも、なんで連れ去られているの? そこのところは、もっとしっかり管理しておいてくれないと困るんだけど──」

それはもう、溜まりに溜まった鬱憤まで吐き出そうとでもいうような勢いのまま、次から次へと言葉を続ける教皇。

特に不死者にされて暴れるのは三神将として、また相応の偉人としてどうなのか。何より、アリスファリウスの管理とセキュリティはどうなっているのか。そんな指摘まで飛び出してくる。

なお、どんな言葉を投げつけられてもヨルヴィレドは、そこに佇んだままだ。

ただ、不思議とその表情は優しく見えた。

「──いい、わかった? じゃあ、ほら」

長々と続いた教皇の小言ラッシュ。途中からは痴話喧嘩に近い内容になっていたが、それもやっと言い終えたようだ。

ひとしきりの言葉、そして気持ちを並べ終えた教皇は、最後に両手をうんと広げながら、おいでと微笑む。

するとどうだ。これまではただ立ち尽くしていただけのヨルヴィレドがその場に跪いたではないか。しかもそのまま教皇の胸にそっと頭を寄せて、愛おしそうに腕を回して抱きついた。

教皇は、そんな彼をそっと受け止め、その頭を優しく撫で付ける。

「今度こそ、ちゃんとおやすみなさいね」

そうして最後の言葉を伝えた時だった。彼女の背に回されていたヨルヴィレドの手が力なく下がると、その大きな体は教皇の腕からも滑り落ちて地に倒れ伏した。

三神将ヨルヴィレド・ポラリス。その遺体をそのままにしておくわけにはいかないため飛空船に運び込む。特に死体の処置はお手の物であるソウルハウルが大活躍だ。

彼の指示に従いながら最適の環境を整える。教皇は、その間ずっとそこに付き添っていた。

「さて──」

と、ヨルヴィレドの遺体の処置が進められる中、同時に女公爵への対応も進められていた。

「ねぇ、貴方。私を助けてくれたら、何でも好きにさせてあげる。だから、ほら、ね?」

最強の切り札は破られた。加えて得意の能力は封じられ、周囲には武闘派集団が勢揃いしている。だからこそ、もう勝てる道はないと察したのか。リリムは命乞いをするように、ノインへと枝垂れかかった。

「っ……ちょっ、ま!」

悪魔ながらにその肉体は極めて扇情的な誘惑に溢れていた。特にノインの腕に擦り寄せられたそれは柔らかくも張りがあり、男なら誰もが夢中になってしまうだけの魅力を秘めている。

そしてノインも男だ。やはりそこには抗いがたいものがあったらしい。

「……いや、そう言われても無駄だ」

けれど直後にノインは強い意思を表して、そうきっぱり口にした。邪な情には流されないという断固とした態度をみせる。

なお、その際ノインの目端にミラの姿が映っていたのだが、誰にともなく別にそれは関係ないと心の中で断固否定していた。

「あんなに必死に守ってくれたのになんでよ!?」

彼女にとっては、まさかの拒絶だったようだ。裏切り者、騙された。そんな言葉まで口にしながらノインを睨みつけるリリムは、ヨルヴィレドの剣から庇ってくれたのは自分に惚れたからではないのかと憤慨し始める。

「それは、もとより命まで取ろうって気はないからさ」

素直にノインが答えたところ、余計に意味がわからないと困惑を浮かべるリリム。そもそもこんなところにこれだけの戦力を揃えて乗り込んで来たのは、自分達を殲滅するためだったのではないかと考えていたようだ。

「なにそれ、どういう──」

それなのに命を取るつもりはないなんて矛盾している。では、何のために。と、リリムが疑問を続けようとしたところであった。

『よし、今!』

『お任せを!』

そうこうしている間に準備は整っていた。そう、リリムを浄化するための準備だ。

リリムの注意がノインに向けられている間に、そっと接近していったアンドロメダとダンタリオン。音に紛れ景色に紛れ気配に紛れて、いよいよ一足の位置についたところで、彼女が大きな隙を晒すのを虎視眈々と待ち構えていたのだ。

「えっ、ちょっと、なんなの!?」

アンドロメダが両足を押さえると同時にダンタリオンが背後から拘束し、直ぐにもう一人が目の前に降り立った。

「いいよ、そのまま」

ペネロペだ。裏でしっかり示し合わせていただけあって、タイミングは完璧。何が起きているのかと、もがき戸惑うリリムの感情を置き去りにして浄化が始まった。

白い光が膨れ上がり、ひときわ輝く。そうして瞬く間に落ち着けば、浄化は完了だ。先程までもがいていたリリムは今、静かに眠っている。

「とりあえず彼女──リリムちゃんを寝室にまで運んでおいてもらえるかな」

リリムの様子を確認したアンドロメダは、そんな言葉とともにノインへと向き直る。

「え、俺ですか? 戻る時に運んでいけばいいだけでは」

女公爵との決着もついた。だが、戦場にはまだ魔獣が残っているため、すぐに合流する予定だったノイン。だからこそ、このまま飛空船に戻るペネロペがついでに連れていけば早いと返す。

「なんだか彼女にも気に入られていたみたいだし、適任だと思ってさ」

「いえ、あんなのただの策略でしょう」

どことなく含みのあるアンドロメダの物言い。対してノインは、女悪魔の得意とするものについて相応に聞き及んでいたからこそ、あれは全てが策略だったと言い切る。少しだけドキリとしてしまった事もあってか余計に断言した。

「あのね、眠っている相手を運ぶのってね、結構大変なの」

そう言いながら、むんと両腕を曲げて力こぶを作ってみせるペネロペ。だがしかし、それは悲しくなるほど彼女の腕が貧弱である事の証明にしかならなかった。

「……わかりました」

それならば仕方がない。大盾を扱うだけあって相応に鍛え抜かれたノインの身体。彼はアンドロメダ達の言う通りにリリムを軽く抱き上げ、飛空船へと運んでいく。

「ほぅ、お姫様抱っことは、やるのぅ。よいか、変な気を起こすでないぞー」

「そんなわけないだろ。俺の趣味じゃない」

とても魅力的なリリムだからこそ、やいのやいのと野次を飛ばすミラ。それに対して、どういった感情が浮かんだのか。ノインは少しだけ強めに言い返した。

「ふむ、どうやら間に合ったようじゃな」

女公爵のリリムを浄化してから、数分後。もう一つの戦場の方でも決着がついたようだ。ゴットフリートとメイリン、アシュラオにアルトヴィードが一気に仕掛け、魔獣を貫いていた。

大いに暴れていた魔獣の身体が轟音と共に地に伏せたところでルミナリアの魔術が炸裂。完全に息の根を止めるに至った。

「順調だね。けど順調すぎて、どうにも落ち着かない気にもなるね」

その様子を一緒に眺めていたアンドロメダが、そんな言葉を口にした。

ここに安置してあった骸を奪取した事は、既に魔王も気づいているはずだ。だからこそ直ぐ帰ってくると想定して、こちらでも決着を急いだ。

だが魔王が戻って来る気配もなければ、その配下が追加で様子を見に来るといった反応もない。

「わかる。なんか不穏な感じがする」

そこはかとない不気味さがあるというアンドロメダの感想に答えたのは、ペネロペだった。

これだけ拠点で暴れているのに、その主の魔王が姿を現さないのは落ち着かないと。

と、魔王の動きについて話していたところ──。

『緊急! 全員今直ぐ飛空船に戻って! 急いで早く最速で乗り込んで!』

突然に飛空船のスピーカーから大音量で慌てたような声が響いてきたではないか。

「何事じゃ!?」

飛空船の近くにいたミラは、耳をつんざくほどの音圧にびくりと跳び上がり、何だどうしたと振り返る。

アンドロメダとペネロペもまた相当に驚いたようだが、その声色から緊急性を感じ取ったようだ。直ぐ飛空船に向けて駆け出していた。

何があったのかはまだ不明だが、やはり察したのだろう。見回すと魔獣を囲んでいた皆も、いそいそと戻ってきている。

「早く早く! 足の遅い人はペガサスとかガルーダで運んじゃって!」

突然の乗船指示。しかもよっぽどの事態のようで、飛空船は既に浮上して迎えるように飛んでいく。しかもミラに有無を言わさぬ注文まで加えてだ。

「まあ、よいじゃろう」

その慌てぶりが伝わったからこそ、ミラも直ぐにペガサスにガルーダ、ヒッポグリフを召喚して仲間達の回収を急いだ。

肉体派である戦士クラスの者達は、やはり足腰も強靭だ。次々と飛空船に飛び乗る。

術士とはいえメイリンやルヴォラといった肉体派な仙術士の機動力は高く、宙を駆け抜けてきた。ソウルハウルにカグラといった、足に出来る手段を持つ者も戻るのは早い。

だがルミナリアなど、そうもいかないメンツもいる。ミラは遅れている者達の回収をペガサス達に頼む。

そうして全員の回収が確認されたところで、飛空船は一気に高度と速度を上げていった。ルミナリアらを乗せたペガサス達の加速は、それ以上だ。直ぐに追いついて飛空船の甲板に回収したメンバーを降ろす。

「みな、ご苦労じゃった」

甲板にて迅速な仕事を労い送還するミラ。と、そんなミラに「何だ何だ何があったんだ?」と駆け寄ってくるルミナリア。

「わしも、詳しくはわからんが、とりあえず中じゃ」

何を慌てているのか。とりあえずはミケに聞きに行こうと船室に向かう。

その間も船内は、不安定にぐらりぐらりと揺れる。安定性よりも離脱速度重視のようで、飛空船はエンジン全開だ。甲高い駆動音と共に、そこかしこが軋む音まで響いてくる。

「それで急に何事じゃ?」

強い慣性にふらつきながらもホールにまで辿り着いたミラは、これは何の騒ぎだと声を上げる。揚陸室からも皆が続々と戻って来る中、ミケはそれを口にした。

「先ほど、観測装置が地中の急激な温度上昇を──」

唐突な帰還指示からの緊急退避が始まった理由についてミケが話そうとしたところだ──。

轟と、これまでにないほどの爆音が轟き、大気から海から何もかもを震えさせるほどの衝撃が周囲を突き抜けていった。

「うわっ!」

「ちょっとなに!?」

その衝撃に煽られて、飛空船も激しく揺れて大きく傾く。その角度はゆうに四十五度以上。突然という事もあってか、そこまで急激に傾かれては対応するのも難しい。

ホールに集まっていたほとんどが転ぶ転がるひっくり返るで、しっちゃかめっちゃかの大騒ぎだ。

そしてミラもまた当然のように、すっ転んでいた。

「いったい、何事じゃ!?」

しかしである。それはもう反射的にスカートの裾を整えたカグラと違い、その辺りについては今もまだ適当で愚鈍なミラだ。開いた脚も捲れ上がったスカートも気にせず、何が起きた原因はなんだと騒ぐ。

「──……!?」

なお、突然の事に加えバランスを保つ事を優先していたからか、ノインはそれを避ける事が出来なかった。現在ミラの姿は、ちょうど彼の目の前にあったのだ。あまりの至近距離っぷりに、思わず釘付けになってしまったノイン。

だがミラ本人は、そんな視線に気づかない。色々と知っていそうなミケを探して周りを見回している。

「あぅぅ……」

部屋の角にミラよりも酷い状態になっている者がいた。

ミケだ。まだ戦闘向きであり経験も豊富なミラ達とは違い、技術重視のミケである。ゆえに受け身などとは無縁だった彼女は、転んで飛んで落ちてのコンボで全身をあちらこちらに打ち付けたようだ。

結果、ミラ以上にあられもない姿で目を回していた。

「あ、だめだめ!」

カグラもまた、ミケの状態に気付いたようだ。そしてミラよりもミケの露出を守る事を優先し、見ないようにと促しながら駆け寄っていく。

「ほら、大丈夫?」

ミケの服を整えながら、その容態を確認するカグラ。見た限り大きな外傷はなく、完全に気を失っているというわけでもなさそうだ。

「……あー、うん。結構大丈夫そう。今日のために用意したシールド加工が役に立ったのかも」

どうにか焦点と上下感覚を取り戻したミケは、差し出されたカグラの手を取り立ち上がる。随分と盛大に転がりぶつかっていたが、意外と痛みは感じられないと笑う。そしてその要因は、数多の実験の末に完成した新技術の成果だと喜ぶ。

なお、ホールの中央側には、あれほどの大きな揺れに見舞われながらも一切怯むどころか、バランスすら崩していない者達もいた。

まずはメイリンだ。滝下りに比べれば、まだまだだと余裕そうな笑顔である。

そしてハミィもまた、その柔軟でしなやかな身体能力をもって軽やかに乗り切っていた。だがしかし、彼女はどうにも不満顔だった。

そんなハミィが向ける視線の先には、ミラとノインの姿があった。無頓着に、そして無意識に見せつけているミラと、そこに釘付けとなっているノインだ。

反射的に緊急回避したハミィは、だからこそ思ったわけだ。あのまま皆と同じように転んでいたら、素晴らしいチラリハプニングを自然に演出出来たのに、と。

自然発生、また突発的なハプニングを活かすのは、とても難しい事だ。だからこそハミィは、ミラの見事な見せつけっぷりに感嘆していたのだった。