軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

601 その名は

六百一

「──納得しろっていう気はないけど、そもそもあの状態になってしまったら私達に出来たのはあれくらいしかなかったからね。だから自分を責める必要なんてないんだよ」

浄化した悪魔が目覚めるのを待っている間の事だ。ずっと落ち込んだ様子のヴァレンティンを見兼ねたのか、アンドロメダが彼を慰めていた。

今回予定としては、来た悪魔全員を浄化するつもりだった。けれど結果救えたのは、たった一人だけ。

だがその原因は、ヴァレンティンの力不足などという事では決してない。あの黒い液体こそが全ての元凶である。

しかし、何かと背負い込んでしまうヴァレンティン。自分ならもっと早く気づけていたかもしれない、そうなる前に打つ手があったかもしれないと勝手に落ち込み続けていく。

と、そんな話を繰り返していたところだ。

「──あれを使うかどうかを選択したのは我々だ。君が気に病む必要はない」

ふとヴァレンティンに、そんな言葉をかける男がいた。

それは、誰にも聞き覚えのない声。はて誰のだろうか。声がした方向に目を向けたところ、そこにはゆっくりと身を起こす悪魔の姿があった。

そう、唯一浄化する事が出来た悪魔が目を覚ましたのである。

そんな彼はまどろむ意識の中で、悔やむヴァレンティンの言葉を聞いていたようだ。だからこそ起き上がって直ぐ、そんなヴァレンティンに優しく微笑みかけながら「お陰で助かったよ。ありがとう」と、感謝の言葉を口にした。

「いえ、元に戻せてよかったです」

悔いは残る。けれども一人は救えた。それを実感したのか、ヴァレンティンはようやく落ち着いたようだ。その顔には安堵が浮かんでいた。

「よしよし、目が覚めたんだね。よかったよかった」

少しは気も晴れたようだ。アンドロメダは、そんなヴァレンティンの頭をくしゃりと撫でてから悪魔に駆け寄っていった。

「これでようやく話が聞けるな」

直ぐに続いたのはレイヴンだ。なお、彼以外の将軍達はレイヴンに全て任せ研究所の方で遊んでいる。

「どんな情報が得られるか、楽しみじゃのぅ」

ミラもまた残ったミックスナッツオレを飲み干して、いよいよかと立ち上がった。

浄化出来た悪魔との会話は、簡単な自己紹介から始まった。

彼の名は、イーヴェロウ。なお、一緒に来ていた悪魔達の名については、まったく知らず聞いてもいなかったそうだ。

それというのも出会ったのが最近な事に加えて、そもそも名前を教え合うような仲でもなかったからだという。

そんなイーヴェロウ達が研究所を襲撃した件については、やはりというべきか、魔物を統べる神の骸が関係していた。

「先日こちら側で確保し、そのまま隠していた分が奪われたという話が飛び込んできたんだ──」

イーヴェロウが口にしたそれは、ミラ達がかかわった件についてだろう。悪魔デラパルゴが隠していた、あの骸だ。

彼が言うに、それこそが今回の襲撃の要因だったという。

何でも悪魔側には、魔物を統べる神の骸が秘める波動的なものの痕跡を探りどこまでも追う事が出来るという特別な力を持つ者がいるそうだ。

しかもその者は、骸が完全な封印状態になければ、これを遠くからでも察知してしまうらしい。

つまり地脈の封印から動かした時点で、追跡可能になってしまうわけだ。

ゆえにどれだけ追跡対策をしたところで、これを運べば始点から終点まで全て見抜かれるとの事だ。

その結果として、この研究所が見つけ出された次第である。

「なんと……そんなとんでもない能力持ちがおるとはのぅ」

追跡については、かなり慎重に対策していた。けれどそれらは全て関係なく、問答無用で追跡されてしまうとなったら厄介な事この上ない。

今後の作戦にも支障が出そうな情報である。

「それで奪われた後の事なんだが、ここで緊急事態が発生する。その特別な力を以てしても、理解出来ない事態だ。ここに持ち込まれたそれの反応が、突然希薄になったと騒ぎだしたんだ。しかも、それから更に暫くしたところで波動が完全に消滅したと言ってね。かなり慌てた様子だったよ」

イーヴェロウが話してくれたのは、きっとミラ達が骸を処理した時の状況だろう。

特別な力とはいえ、神域──つまり月まで離れてしまえば希薄に感じられるようだ。そして波動が感じられなくなったのは、きっと神器によって処理が完了したからだ。

つまりはこれで魔物を統べる神の骸の消滅を、二重で確認出来たという事にもなる。

「ところで希薄というと、正確な場所まではわからんかった、という感じじゃろうか?」

後はその能力持ちが、どこまで気づいたか。そのあたりについて更に追求してみたところ、イーヴェロウは、暫く思い出すように考え込んでから答えた。

「確か、どこか遠くに感じると、そう言っていたかな。薄すぎて方向なんかはわからなかったみたいだ」

どうやら正確な場所──そこが月であったという事までは、まだ向こう側も気づいてはいなかった様子だ。

一先ず問題はなさそうだと安心したミラは、けれどもそこまで離れていても感じられるというのは、やはりとんでもない力であると改めて驚いた。

それからもイーヴェロウの話は続く。

何といっても彼らがこの研究所にきたのは、その消滅した秘密を探るためだったそうだ。

彼を含む五体の侯爵級悪魔がここの調査に駆り出された事からして、余程の危機感を抱いたのだろう。またイーヴェロウも、爵位級の自分達をこんなに動員するなんて何事だと少し戸惑いがあったらしい。

「とはいえ、知っているかどうかはわからないけど、俺達みたいなのは集団行動が苦手でね。準備だなんだで、まあ大変だったんだ」

研究所の調査という同じ目標ではあるものの、彼ら侯爵級悪魔達は互いに仲間というような感覚を持ち合わせてはいなかったそうだ。

むしろ出し抜いてやろうとすら考え、それぞれが色々と画策していた事で、調査開始までに余計な時間がかかる事となった。

「──で、そんな時だ。もう一つ、こちら側で把握出来ていた分があったんだが、それが動いたって報告が入った」

やはりというべきか。悪魔側は大聖堂にて封印してあった骸についても、既に把握済みだったようだ。

ただイーヴェロウがいうに、悪魔側の手札や情報などを出来るだけ見せないようにするため、これについては一先ず見張るだけに留めていたそうだ。

場所さえわかっていれば、後はいつでも回収出来ると。ゆえに、悪魔側は残りの部位の調査と確保を優先して動いていたという。

だが、場所を掴めていたそれが突如動き出した。しかもそればかりか、例の研究所に運び込まれる。

「とまあ、俺達が勝手に対抗し合って準備に手間取っている間に、いつでも確保出来る状態にあったもう一つが、同様に消滅したわけでさ。まあ、そうなればかなりご立腹でね。早くやれ直ぐやれ今やれと、もう怒号が止まらなくて。ならもういっそ作戦なんて立てず、ここを全部破壊してから調べようという事になったんだ」

その結果、即座に動かせる手札としてそれぞれが確保していた魔物の群れと魔獣を総動員して、この研究所を襲撃するに至ったというわけらしい。

「まさか、結果がこうなるなんて思ってもいなかったけどな。ただ俺としては、むしろ運がよかったって事になるか」

たかが研究施設一つだ。あれだけの戦力に加え、統率は取れていないとはいえ侯爵級が五体もいる。ここを襲撃する前は、むしろ過剰なほどだと思っていたそうだ。

しかし、それが大誤算。研究所の守りの堅さといったら、もはやただの施設の域を超えていたと、イーヴェロウは苦笑する。

しかも、そこで手こずっている間に、これまたとんでもない戦力が援軍として到着。更に気づけば、連れてきていた魔物と魔獣は、どこからともなく現れた軍団に殲滅させられている。

続けて自分らも遠い場所に引き離されて、それぞれ強敵を相手にギリギリの戦いを強いられた。

「だからこそ、焦って使ってしまうのも無理はないってものだ」

数ヶ月前の事。特別な能力を持つその者に、いざという時に使えば危機を乗り越えられると言われ、黒い液体の入った瓶を渡されたそうだ。

ただそれは、鮮明なくらいの悪寒が走るものだった。けれど一目見ただけで、その液体からは膨大な力も感じられたという。

だからこそ、安易に逆転を狙ったからこそ、皆がそれを飲んでしまった。だがこれは自分達の判断した結果であると、イーヴェロウは特に強調した。

「俺は見事に邪魔されて苦戦し続けていたわけだけどな。結果的には一番の当たりを引いたわけだ。だからこうして元に戻れた事、君には感謝しかないよ」

ここまでの経緯を話し終えたイーヴェロウは、そう締めくくりながらヴァレンティンに微笑みかける。

イーヴェロウからしても、ヴァレンティンが自分を責めているのが気になったのだろう。今一度その事に触れて、きっぱり責任はないと言い切る。

「……うん、ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ」

流石のヴァレンティンも、ここまで気に掛けられたとあっては悔やみ続けてもいられないようだ。そう答えた彼の顔には、決意を新たにする光が宿っていた。

「とまあ、そんな感じで大手を振ってここにきたわけだけど、こうして見事に全滅したからなぁ。だから今は、次にあの者がどう動くかが心配だね。やっぱり」

侯爵級悪魔五体による日之本委員会研究所の襲撃。そこに至るまでの話が終わった次は、この先どうなるかという問題に触れていく。

浄化後の状態にも個人差があるのか完全とはいかないまでも、直近の出来事くらいまでならば、ある程度は思い出せるそうだ。

そしてその記憶の中には、先ほどからちらほらと登場する存在についての情報もあった。

かなり厄介な者であるため、このまま大人しくしているはずがない。きっと近いうちに何か仕掛けてくるはず。だからこそ何か対策を講じた方がいい。そう進言するイーヴェロウ。

「そう、それじゃ。確か、魔物を統べる神の骸の気配的なものを察知出来る能力を持っている、とかじゃったが、そもそもそ奴は何者じゃ? 話を聞くに、爵位持ちの悪魔までも従わせているような感じに聞こえるのじゃが」

先ほどまでは、話の進行を妨げないよう一先ず追及はしなかった。だが、ここでならもう幾らでも構わないだろうと、ミラはずっと気になっていたそこに踏み込んでいった。

他の悪魔の配下という形となった場合、悪魔は爵位を失う。だがイーヴェロウ達が爵位を持っていた事は、研究所の者が目視で確認済みだ。

つまり、その者は悪魔ではない。と考える事が出来た。

だが、侯爵級の悪魔を動かせるような者とは、いったいどんな存在だというのか。

「なんと言えばいいのか。人間? いや、見た目はそうなんだがどこか違う。種族も……なんなんだろうな。あと、悪魔なはずもない。ましてや精霊や神徒といった類とは何から何まで一致しない。正直、どれもぴったりこないな。ただ一つ確かなのは、恐ろしく強い事だ。そして何より、どう言い表せばいいのか。こう、抗い難いというのか、不思議な何かが感じられる、そんな存在だな」

ミラの問いに対しての答えが、そんな曖昧なものだった。つまるところイーヴェロウもまた、それが何者なのかを詳しくは把握していないというのだ。

「何ていうか、不気味だね」

イーヴェロウ達悪魔を動かせる立場にあるのは、正体から何からまでも不明の存在。これに対して、不気味という感想を口にしたのはアンドロメダであった。

天魔族である彼女は、精霊王達よりも更に古い時代より存在している。だからこそ歴史に強く、あらゆる存在についての知識も深い。

そんなアンドロメダが不気味と称した事もあってか、その場には更に不穏で粘りつくような気味の悪さが広がっていく。

敵と見て間違いないからこそ、いったい何者なのかと。

「ちなみに先ほどから、特別な力を持つ者や、あの者に、あの存在といった感じの呼び方ばかりしておるが、そもそも名前みたいなものはないのじゃろうか」

誰もが気味悪さを覚えている中、ミラは次にそんな質問を口にした。

その存在について、何と呼べばいいのか。そう考えていたところ、イーヴェロウが名前らしきものを一切口にしていなかった事に気づいたのだ。

その者は、名前すらないというのだろうか。それとも秘密主義で、誰にも名前を明かしていないのだろうか。

たとえイーヴェロウが知らなくても、名前についてはある程度の説明がつく内容だ。謎の存在となれば、匿名がお約束でもある。

「いや、名乗ってはいた。けどまあ、その名前っていうのがなぁ……」

ただ今回は、そういうわけでもなさそうだ。これまで口にしてこなかったイーヴェロウだが、その者自身が名乗っていた名前というのがあったそうだ。

「何じゃ何じゃ、その名前がどうかしたというのか?」

後は気になるその名を言ってくれればいいだけなのだが、イーヴェロウの表情は、どうにも複雑そうだ。言ってもいいが言ったところでと、ぶつくさ呟いている。

だが彼はそれから数秒後に、まあ自称していただけだと苦笑しながら、

「えーっと、魔王フォーセシア、って名乗っていたな」

と、その名を口にした。