作品タイトル不明
599 日之本委員会籠城戦
五百九十九
研究所の一番高いところに展望砦という場所があった。
ミケに教えて貰った通りの順路でそこに到着したミラは、待機していたヴァレンティンとハミィに合流した。
「ふむ、とりあえずは安全そうじゃな」
展望砦は、窓から研究所周辺を一望出来るようになっているだけでなく、複数のモニターも完備されていた。もはや死角なしの展望ぶりだ。
現在、研究所は高さ数十メートルにも及ぶ金属の壁でぐるりと囲まれた状態にある。更に上空には光の障壁まで展開されていた。
見たところ、そのどちらも恐るべき強度を誇っているようだ。悪魔や魔物がこれらを破ろうとしているが、びくともしていない。
これだけの戦力を相手に動じないというのだから、日之本委員会の技術力というのは、やはり群を抜いているようだ。
ただミケが言うに、ここの防衛は防御力に極振りしているため、攻撃面の方はさっぱりだそうだ。
そして、だからこそ日之本委員会には、とっておきの援軍が用意されている。
「──というわけで、五体の悪魔を押さえておいてもらうのが一番の目標となっておる」
展望砦にある通信装置を使い、この場で手早く作戦会議を始めたミラ達。
通信相手は、現在こちらに向かっている途中の援軍、名も無き四十八将軍の内の十五名だ。
ミラは先ほど決めた目的についても含め、この場で全員に説明していく。
まず将軍らには、五体の悪魔をそれぞれに分断して受け持ってもらう事になった。見える範囲で悪魔を浄化した場合、それを脅威と捉えて逃走される恐れがあるからだ。
「そしてわしらは、その間に邪魔にならぬよう魔物の群れを引き付けて片付ける役じゃな」
悪魔を引き離しさえすれば、魔物の群れの殲滅は難しくない。
それが完了した後は、将軍達が受け持つ戦闘領域へと突入。協力して一気に悪魔を押さえ、そのままヴァレンティンが浄化するという作戦だ。
『ああ、了解だ』
『つまり俺達は、悪魔達を引き離して時間稼ぎをしておけばいいわけだな!』
援軍の方にもしっかり伝わったようだ。通信装置からレイヴンとゴットフリートの声が返ってきた。
「この浄化が肝の部分になるのでな。注意深く頼むぞ」
『わかった』
ミラが作戦を伝え終えたところで、通信終了。重要な対悪魔戦についての編成だなんだという細かい部分については、レイヴンが頭役となって調整してくれるだろう。
よって次は、前哨戦となる魔物の群れの掃討作戦についてだ。
「やはり面倒なのは空じゃが、今回はあまり気にしなくてもよさそうじゃな」
地上戦については、ミラの得意とするところだ。そして空もそれなりに適性はあるが、今回は更に優秀なメンバーが揃っていた。
「うん、僕に任せてくれていいよ」
「そうですね、どうにかなるでしょう」
空の敵を撃ち落とすならば、ハンターであるハミィの得意分野だ。加えて退魔術士のヴァレンティンにしてみれば、地上だろうと空であろうと魔物が相手ならばどこも一緒というくらいの強みがある。
この二人が揃っていれば、もう空を気にする必要はない。
ならば後は、地上をどれだけ迅速に殲滅する事が出来るかだ。
ミラはその辺りについても話し合うため研究所の戦闘部隊と合流して、それぞれの役割などを突き詰めていった。
研究所襲撃から数時間が経過した。日も暮れ始め、ほどよく星々の輝きが見えてくる。
「これまた、どこから連れてきおったのじゃろうな」
研究所を囲む悪魔と魔物の群れについては、依然そのままだ。いや、それどころか更に呼び寄せたのだろう、先ほどまではいなかった魔獣らしき姿が確認出来る。
ただそれでいて、研究所の損傷は軽微。特筆するような損害は出ていなかった。
「すっごい、おっきい。でも大きさだけじゃあ、ダメなんだよね」
質量で押し切ろうとでも考えたのか。かなりの巨体を誇る魔獣だが、そんな単純な方法で破れるほど研究所の壁は容易くない。むしろ良い的になりそうだと、ハミィはにんまりとほほ笑んでいる。
「ですが、どこからどうやって連れてきているのかは気になるところですね。うまく浄化出来たら、その辺りも聞きだせるといいのですが」
研究所のある場所は、アース大陸とアーク大陸を隔てる海に浮かぶ島だ。だからこそ悪魔側にもこちらが把握していない技術を使っているのではと、ヴァレンティンは警戒した様子だ。
ただ、そのように色々と仕掛けてきている悪魔達だが、現時点ではまだ研究所側の有利は揺らいでいない。
けれど悪魔達は、これだけ鉄壁な守りを前にしながらも諦める事なく、更にあの手この手で突破しようと画策している。
何か、余程ここを攻め落とさなければいけない理由でもあるのだろうか。実に諦めが悪い。
とはいえミラ達側からしたら、むしろその方が都合がよかった。そしてだからこそ、そう仕向けるような仕掛けまでしていた。
「ふーむ、なんとも見事な調整じゃのぅ」
悪魔達が戦意を喪失してしまわぬように、時折相手の工作が功を奏したように装って、技術者達が障壁を綻ばせたりしているのだ。
そして数体の魔物が侵入してきたところを見計らい障壁を閉じてから、戦闘部隊が慌てたふりをして魔物に対処していく、という流れである。
監視カメラによる情報の伝達速度も相まって、相手の工作に合わせるのは容易。だからこそ今のところは、まだ相手にこちらの作戦であると気づかれてはいなさそうだ。
結果、現時点においても悪魔達が色々と試行錯誤している様子が窺える。
と、そうして注意を引き付けながら時間を稼いでいたところだ。
『こちらレイヴン。標的を目視で確認した。これより作戦を開始する』
いよいよアトランティスからの援軍が現場に到着したという報告が入った。これから水面すれすれの低空より、悪魔達の側面から一気に攻撃を仕掛けるとの事だ。
直後、研究所周辺が一気に騒がしくなった。モニターを見れば奇襲が成功したようで、相手側が混乱する様子が見受けられる。
「よし、わしらも出陣じゃ!」
「よーし、やっちゃおっか!」
「ええ、行きましょう」
当然ながら待っている間に準備は万端に整えてあったミラ達は、レイヴン達の見事な奇襲を確認してから一気呵成に外へと飛び出していった。
アトランティスの将軍達が五体の侯爵級悪魔の分断作戦を進めている最中の事。ミラ達はというと、地上と上空に溢れる魔物の群れの討伐に勤しんでいた。
「三、これで六──はい、十三。ねぇねぇヴァレンティン君。そっちはどんな調子かなぁ?」
素早く見張り塔を駆け上がり上空障壁の上に陣取ったハミィは、ハンターとしての腕前を遺憾なく発揮する。その手から放たれる一矢は、まるで吸い込まれていくかのように空の魔物を捉える。そして何をどうすればそうなるのか、大きな風穴を開けながら次から次へと射落としていった。
「まだ十ですが、ここからですよ」
同じく上空障壁の上に出たヴァレンティンは、そこから更に無数の結界を展開すると、それを足場に中空を自在に跳び回る。そしてこちらも負けず劣らず、その両手に宿した白い炎と黒い炎で、星空ごと塗り潰すかのように魔物達を焼き払っていく。
「いいよいいよ、頑張って頑張って。僕に勝てたら、すっごいご褒美あげちゃうからね」
「いえ! 要らないですからね!?」
悪戯に弾んだ声でハミィが言えば、それを食い気味で拒否するヴァレンティン。
そのように会話は軽めだが、やはり九賢者と名も無き四十八将軍の一人である。その仕事ぶりは目を見張るものであり、観測室では二人の活躍に胸を躍らせる者達が大勢いた。
空はもうヴァレンティンとハミィがいれば問題はないだろう。そして地上の方もまた、十分な戦力が集結していた。
ミラが率いるのは日之本委員会の戦闘部隊に加え、もう一部隊──否、もう一軍団。
「魔獣については、わしとセレスティナ隊で対応する。じゃが魔物の方も、なかなか面倒そうなのが交じっておるのでな。油断せず、それでいて迅速に対応するのじゃぞ」
「承知致しました!」
「お任せください!」
ミラが指示を飛ばせば、アルフィナが力強く答え、またセレスティナもその目にやる気を漲らせた。
侯爵級悪魔が率いてきた魔獣と魔物の群れ。特に魔物の数は千を超えており、岩山地帯を見渡す限りに埋め尽くしている。
こういった多数の敵を素早く殲滅する方法といえば範囲攻撃だが、場合によっては無駄に敵を分散させてしまう事になり兼ねない。
主にルミナリアの仕業によって、それを幾度と経験してきたミラは、だからこそ一つの結論に至っていた。
ならばこちらも数を揃えればいいと。
「出撃!」
ミラが号令を発すると、武装違いのダークナイト千体が七つの部隊として進軍を開始する。
軍勢はその場にて散開した後、研究所の各出口から四方八方に出撃していく。そして研究所を包囲する魔物の群れの殲滅を開始した。
「……ここから先は本当に出番なさそうだな」
「だなぁ」
出入口付近にて武器を構えて佇むのは戦闘部隊の面々だ。魔物を内部に引き入れた際に奮闘していた彼らだが、魔物の群れを相手に圧倒するヴァルキリー隊を前に、もう活躍の場はなさそうだと苦笑する。
「うむ、見事じゃな。素晴らしい一撃じゃったぞ!」
「ありがとうございます!」
魔獣対応に向かったミラとセレスティナ隊もまた非常に安定した戦いを繰り広げ、大きな被害も出さずに討伐を完了した。
中でもセレスティナの必殺技は更に磨きがかかっていた。魔獣の首は落としたが素材としての価値は落とさぬ豪快で鮮烈な一撃といったら実に見事なものだ。
だからこそ称賛するミラの声は、より一層弾んでいた。
地上は軍勢による数の暴力で一気に押し返した。そして上空の方もまたヴァレンティンとハミィの活躍によって、一通り落とし終わったところだ。
「僕は、百十二!」
「百十五です」
作戦の一段階目を終え、念のために周辺の確認を行っていた途中の事だ。二人は、それぞれの戦果を言い合っていた。
「えー!? 負けちゃった! 僕に勝つなんて凄いよー。もう、そんなにご褒美が欲しかったの? 真面目そうなのに、むっつりさんなんだからー。でも、うん、いいよ」
「いや全然違いますからね!?」
今回の勝負についてはハンターとしての矜持もあってか、余程自信があったようだ。けれどそれでも尚、上をいったヴァレンティンに脱帽すると同時、ハミィは彼のやる気を認めて受け止める。
約束通り、ご褒美は後でねと囁き、いやんと頬を赤らめるハミィ。
ヴァレンティンは、それを全力で否定した。
「よし、こっちも落ち着いたようじゃな。ではいよいよ本番じゃぞ!」
「はい、直ぐに行きましょう!」
そうした中でミラが合流すると、ヴァレンティンはこれを渡りに船だと飛びつき、さあ次の作戦の開始だと駆け出し勝負云々についてを闇の中に葬るのだった。
日之本委員会の研究所が誇る技術によって構築された防衛力は大陸一といっても過言ではない。そこに名も無き四十八将軍の戦力が加われば、もはや侯爵級悪魔が相手であろうと十分に対抗出来る。
見事に悪魔達を遠く離れた五ヶ所に分断する事に成功。そのまま将軍タッグが押さえ続けてくれていた。
魔物の群れを殲滅し終えた今、次の作戦は、これらに加勢して一体ずつ確実に悪魔を浄化していくだけ。
しかもミラ達の消耗は軽微であるため、侯爵級悪魔が相手であっても、幾らか余裕を持って戦えるはずだ。
否、はずだった。どうした事か、そこで問題が発生していたのだ。
「え、何、どうしたのさ!?」
一番近くの分断場所に駆け付けた直後、その状況を前にして一番に驚き声を上げたのはハミィだった。
そこでミラ達が目にしたもの。それは、侯爵級悪魔を相手に苦戦を強いられている将軍達の姿であった。
見ると将軍の一人は、ゴットフリート。そこから少し離れた位置にいるのはシモーネクリス。更に離れた位置には魔術士のクラバの姿があった。前衛と中衛、そして後衛という非常にバランスのよい組み合わせである。ゆえに相手が侯爵一位であっても、こんな短時間でここまで押し込まれるはずはない。
「あの様子は……もしや!?」
だが戦況は見るからに不利であり、また何よりも悪魔の状態が異常であった。
現在目の前にいるそれと、先ほど監視カメラで確認した時とでは明らかに様子から姿まで何もかもが違っている。これまで目にしてきた悪魔ではない異形の姿がそこにあったのだ。
そしてミラは、そこにいる異形を以前にも見た事があった。
「ゴットフリート! まさかそやつ、あの時と同じものを飲みおったか!?」
かの犯罪組織『イラ・ムエルテ』の本拠地を強襲した時の事だ。そこにいた公爵級悪魔アスタロトが不利を悟った際に黒い液体を飲んでパワーアップした事があった。
魔属性が凝縮された黒い液体である。そしてそれを飲んだ後、アスタロトの姿が異形へと変じたが、目の前のそれが正にその時の姿に酷似していたのだ。
「ああ、そのまさかだ」
これは面倒な事になったと直ぐにミラが加勢に入ったところ、ゴットフリートは素早くホーリーロードの壁盾の裏に滑り込みつつ、ミラの予想通りであると頷いた。
「もしかして悪魔界隈で既に流通しているとかじゃないだろうな」
ところどころ傷つきながら不敵に笑うも、今後の悪魔戦が全部こうなったらどうなるんだと苦笑するゴットフリート。
なお戦い始めた時点では、十分に戦力は拮抗していたそうだ。だが相手にしてみれば、それがもどかしかったのだろう。堪えかねて憤慨し始めたかと思えば、黒い液体を取り出して飲み干したとの事だ。
「あの場所で作られたものが出回っておるのか、それとも別の製造場所があるのか。これは厄介じゃのぅ」
黒い液体の製造については、ニルヴァーナ側より幾らかの調査結果報告が入っていた。
いわく、あの場所にあった特殊な設備を使い、多くの魔物や魔獣から抽出したものだそうだ。
あれほどの設備のみならず、材料についても簡単に用意出来るようなものではない。だからこそ別の場所にもあるとは考えづらいが、黒い液体が悪魔の手に渡っていたのは事実。
とすれば、もしかしたら他の四ヶ所でもまた同じ状態に陥っているかもしれない。
「とにかく、まずは目の前のこやつを早く済ませるとしようか」
このような切り札を使ってくるとわかったら、ここであまり長い時間をかけるわけにもいかない。予定より手荒でも作戦を最速で終わらせる必要がありそうだ。
「うん、そうだね」
直撃させた矢が折れ曲がったのを確認したハミィは、そこで冷静に答えた。
また離れていても聞こえていたのか、悪魔を牽制してくれていたシモーネクリスとクラバも『了解』だと合図を返してくる。
「そう、ですね。仕方がありませんが、そこは後で謝りましょう」
ヴァレンティンは浄化後の事も考えていたが、このままでは被害の方が大きくなりそうだというミラの言葉も理解したようだ。炎の色を更に黒く染めていった。