作品タイトル不明
560 もう一人
五百六十
すったもんだの末、マリアナのみならずリリィの同行も決定した。なんといっても今回の招待は、国交にも少なからず影響があるためだそうだ。
そういった、いわば難しい話も心得ているリリィがいた方が色々と円滑に進められるという事である。
マリアナも優秀ではあるが、その能力は塔の管理とミラの世話にのみ特化していた。ゆえにこれは必要な措置であると押し切られ、ミラは承諾する他なかったわけだ。
「──というわけで後一人分の空きがあるけど、他に連れていきたい人はいるかい?」
「むぅ、特にはおらんな……」
リリィとマリアナが揃った今、不足どころか過剰気味にすら感じているミラは、もう一人と言われたところで誰も思いつかなかった。
本来ならば、ここに護衛役なども加わるところなのだが、このミラである。自前で幾らでも護衛を召喚出来るどころか、そこらの兵士どころか、小隊が相手でも軽く打ち破れる実力者。手練れの賊に襲われたところで、あっという間に返り討ちだ。
ゆえに同伴者は、これで十分か。と、そう決定しようかといったところだった──。
「ちょっと邪魔するぞ」
不意に扉が開いたかと思えば、ソウルハウルが飛び込んできたではないか。
「おお、何じゃ!?」
急な事でビックリするミラ。だがソロモンはというと、もはや慣れたといった態度でソウルハウルを見やり苦笑している。
「また逃げてきたのかい? 一度くらい相手してあげればいいのに」
更には訳知り顔で、そんな言葉を口にした。対してソウルハウルは「やなこった」と答え、暫く奥を借りるぞと続ける。
いったい、何がどうしたというのか。ミラがそんな二人のやり取りを疑問顔で眺めていたところだ。
「あれ、長老も来てたのか」
余程慌てていたのだろう、ソウルハウルは執務室奥の給湯室に向かう途中で、ようやくミラがそこにいる事に気づいた。
「うむ、おったぞ。して、それよりも何をそんなに慌てておる?」
いつも落ち着いた姿勢を崩さないソウルハウルが珍しい事もあったものだ。では、一体何が彼をここまで慌てさせているのかと気になったミラ。
だが何か言いにくい事でもあるのか、ソウルハウルは顔を顰めるばかりで答えようとはしない。
と、その直後だ。今度は、扉をノックする音が響いた。
「っと……!」
その音を耳にしたところでソウルハウルは一気に駆け出して給湯室へと──それこそ逃げるように飛び込んでいった。
「失礼します」
次にやって来たのは、どことなく見覚えのある女性だった。
(む、この者は確か……)
その女性はお淑やかな所作でお辞儀をすると、日頃の礼のような言葉を並べてソロモンに感謝を伝え始めた。
だがその直後、一通り言い終えたところで表情が一変する。
「ところでソロモン様、こちらにソウルハウル様はいらっしゃいませんでしたでしょうか!?」
その女性は突如目の色を変えて室内を凝視し始めたのだ。恋する乙女というべきか、それともストーカー寄りのそれというべきか。彼女の目には、並々ならぬ感情が秘められていた。
そしてミラは、その様子から、ようやく彼女の事を思い出す。
(あー、ソウルハウルが助けたあの者か)
以前目にした時に比べて、それはもう活気に満ち溢れた状態とあってか印象がまるで違う。そう、彼女は白亜の城で仮死状態になっていた張本人だ。
神命光輝の聖杯によって無事に復活した後については伝え聞いていた程度ではあるが、ミラもある程度は把握していた。
色々とリハビリ中であるという事。そして、命を救ったソウルハウルに対して色々な想いがあるという事も。
「あ、貴女は! 途中で協力して下さったと聞いております。その節は、ありがとうございました」
途中ミラの姿を目にした彼女は、姿勢を正し直してあらためるように礼を口にした。
ミラの事を知っているようだ。そして神命光輝の聖杯制作の過程でソウルハウルと共闘した事についても把握しているらしい。その態度からは感謝が滲み出ていた。
「なに、あの男が頑張っておったからちょいと手を貸しただけじゃよ」
全てはソウルハウルあってこそ。そのようにミラが答えたところ、彼女はますます感謝を募らせていった。そして、その張本人であるソウルハウルを捜しているが、どこかで見かけなかったかと真摯に問うてきた。
何でも、ソウルハウルに『本当の愛』というものを教えたいそうだ。
ソウルハウルの尽力によって、その命を救われた女性。ゆえに彼女は今、ソウルハウルに対して多大な恩義と好意を抱いているようだった。
しかし当のソウルハウルは、根っからの不死っ娘愛好家である。それはもうこれでもかというくらいに倒錯した愛を持つ男だ。
そして、そんな彼を真っ当な道へと導く事こそが今出来る最大の恩返しであると彼女は考えたらしい。
(なるほど、ソウルハウルも逃げ出すわけじゃのぅ)
ソウルハウルからしてみれば、これほど厄介な者はいないと言えた。とはいえ『本当の愛』云々はともかく、彼のそれが逸脱気味であるのは確かだ。
もしもソウルハウルが生きた女性を愛したとしたら、それはいったいどんな女性なのだろうか。
そう気になったミラだが、今はまだ欠片も想像が出来なかった。
「ところで、訓練の方は順調か?」
何だかソウルハウルの気配がと女性が訝しげに見回し始めたところで、素早くそんな話題をふるソロモン。
彼女は神命光輝の聖杯の力によって、その身に秘められた神の力が安定した状態だ。そして今は、その力を活用出来るようにと、ここで日々訓練していた。
「はい、お陰様で少しずつですが、コツが掴めてきました」
訓練は順調のようだ。女性は感謝と共に弾むような声で答えた。今回得た力は何よりの縁だと思っているそうだ。
「だが、今はまだ訓練の時間だろう。丁度休憩時間か? どちらにしろ、そろそろ戻った方がいいのではないかな? 彼を見かけたら少しは話を聞いてあげるよう、それとなく言っておこう」
「あ、そうでした! ありがとうございます、お邪魔しました!」
ソロモンが柱時計にちらりと目をやったところで、彼女も随分と夢中になってしまっていた事に気づいたようだ。礼を言って、そのままバタバタと帰っていった。
「話を聞くつもりは一切ないからな」
女性の気配が遠くへと過ぎ去ってから少ししたところで、ソウルハウルが給湯室から出て来た。
なお、話していた内容は一部始終聞いていたのだろう、開口一番にその可能性を否定する。
「なんじゃなんじゃ、素っ気ないのぅ。あれほど熱心なのじゃから少しくらいは聞いてやったらどうなんじゃ?」
「見てわかるだろ、あれは聞いたら最後のタイプだ」
女性の熱心さと情熱を目の当たりにしたミラは、少しくらいならと彼女の肩を持った。だがソウルハウルの姿勢は一切崩れない。何といっても、今のみならず以前の彼女の事もよく知っているからこそなのだろう。断固拒否するの一点張りだった。
「ところで二人揃って何の話をしていたんだ? ……旅行にでもいくのか?」
この話は終わりだと強引に切り上げたソウルハウルは、二人の間にあるテーブルを見据えながらそんな問いを口にした。
そのテーブルの上にあったのは、三神国のグルメや土産物特集が記載された旅行雑誌だった。しかも一冊や二冊どころではない。十冊以上は置かれていた。
そう、招待されていくわけだが、ミラは当然それだけで済ませるつもりは毛頭なかった。存分にグルメを堪能するつもりであり、ソロモンもまた三神国土産を楽しみにしていたのだ。
ゆえに招待がどうこうという話が終わり次第、二人はその先について徹底的に話し合うつもりだった。どのグルメが美味しそうか、テイクアウトは可能か。どのような土産物があるのか、どのくらいの予算があれば全て買えるのかと。
「こっちはまあ、ついでの方じゃよ。今回は精霊女王として招待されてのぅ。それについて色々と話しておったところじゃな」
一番の楽しみではあるものの、あくまでもグルメと土産はついでだ。そう言い訳しつつ、ミラは本来の用件を答えた。精霊王の関係で三神国から招待されたのだと。
「あー、そういえば色々来てるって話だったな。で、いよいよ抑えきれなくなったわけか」
諸々とソロモンの方で対応していた事について、ソウルハウルもある程度は知っていたようだ。そして三神国の要望を断り切れないくらいにまで噂やら何やらが広がったと理解した様子である。
「三神国か……」
状況を把握したソウルハウルは、ふと考え込み始めた。そしてそれから数秒した後。
「とすると、ついでにあの神器のチャージも出来そうだ。長老も、そう考えていたよな? なら、それに俺も付いていけないか?」
暫くここから離れたいわけではない、丁度よさそうだから──といった態度で、そんな提案を口にしたソウルハウル。
先日の事。出国するだけでも色々と面倒な九賢者だが、ソウルハウルも厄介な手続きを済ませて、ようやく日之本委員会に行けたそうだ。
そしてアンドロメダと会い、しっかり神器を預かってきたという。
「聞いたところ、三神国の中でもかなり特殊な場所に行かないとチャージ出来ないんだろ? こういう機会でもなければ近づくだけでも面倒そうだからな」
彼の言う通り三神の力のチャージは、どこでもというわけにはいかない。かなり中枢近くにまで踏み込む必要があった。
とはいえ、これについてはそこまでは大きな問題ではない。
決戦と神器。アンドロメダが言うに、これについては教会の中枢を担う者達に神託として伝えられているそうだ。つまりは神器そのものを証拠とすれば、そこへ通してもらえる手筈が整っているわけである。
しかしそれは同時に、目立つ事でもあった。そして目立てば、 敵(・) に何かを察知されるかもしれない。そうなったら、いったいどのような妨害工作が始まるかわかったものではない。 場合によっては、周囲にまで危険が及ぶ事も考えられた。
だが今回は、三神国と教会での騒動を解決するために精霊女王が招待されたという形になっている。流れ的には十分な説得力があるため、チャージ出来る場所に近づくにも都合の良い隠れ蓑になるわけだ。
だからこそついでにとソウルハウルも考えたようである。
「うむ、一応はそのつもりじゃったが、確かに一緒に済ませてしまった方がよいかもしれぬな。同行枠もまだ一つ空いておるから、そこに組み込めば行けなくもなさそうじゃが……?」
「将軍位が同行者は、なかなかだね……」
ミラがちらりと窺えば、やはりソロモンの表情は芳しくなかった。
同時にチャージを済ませてしまうのは確かに良い案である。とはいえ問題は、当然ながら彼が九賢者だという点だ。同行者枠というものがあろうと簡単に組み込めるはずもない。
『ミラ殿、いい事を思い付いたぞ』
何かいい方法はないだろうか。そう考え込んだところで、ふとミラの脳裏に精霊王の声が響いた。
かなりの名案を閃いたようだ。精霊王が是非ともソロモンとソウルハウルにも聞いて判断してほしいという事で、ミラは二人に向かって両手を差し出した。
「うん、これなら向こうも納得してくれそうだ。むしろ是非ともって希望してくるかもしれないね」
「あれからそこまで進展させるとは、流石は精霊王か。面白そうだ」
ソロモンは、これなら問題なく三神国入り出来そうだと納得した。そしてソウルハウルはというと、同時に驚きと好奇心を垣間見せる。
精霊王が提案した事。それは、精霊王降臨を三神国で行ってしまおうというものだった。
以前に聖域の守護者とするために依代を作ってリーシャを宿らせた事があったが、その術式は何といってもソウルハウルが開発したものが基礎となっている。
そして何よりも精霊王がその術式を研究していたのは、いずれ自分の手足に出来ないかと考えての事だ。
現時点においては、まだまだ自由自在には程遠い状況にある。けれど、ある程度の親和性を確立出来るまでには進展していた。
とはいえ精霊王の依代に出来るようなものなど、当然簡単に用意出来るものではない。だが、ここにはそれを可能とする者がいた。
ソウルハウルだ。全ては彼が開発した術式から成り立っているため、これに合わせるのも十分に可能というわけである。
つまりは、ソウルハウルが依代を作り、そこに精霊王が同調して話し動かすくらいならば実現出来るわけだ。
これまではミラと手を繋いで声だけを聴く形であったが、ソウルハウルがいたならば、その姿を前にしながら、その存在を大いに感じつつ声を拝聴する事が出来る。
しかも今までにミラが行っていた『拝謁』よりも更に上等に仕上がったとも言えるため、三神国だからこそという特別感も加わえられる。
これならば三神国側の面子なども保て、更にはソウルハウルが同行する口実にもなるというものだ。
限定不戦条約の失効を明日に控えた日。ミラはアルカイト城敷地内にある飛空船の発着場にいた。
敷地面積の問題もあって、あまり広くはないところだが仕方がない。その分、設備はしっかり整っている。
待機室にてナッツオレを楽しんでいたところ、飛空船が着陸態勢に入ったと係員が告げる。
「お、時間通りじゃな」
ナッツオレを飲み干したミラは、さあ行こうかと立ち上がり振り返った。
「なんだかドキドキしてきました」
そう言ってミラに続くのはマリアナだ。特に今回は他国への出張に同行するとあって少し緊張気味だった。しかしミラと一緒に初めての旅行という面もあるためか、その目は喜色に染まっている。
(着陸後、補給と点検を挟んで出発までに一時間。向こうに到着する予定は真夜中でしたね。早速この新作パジャマをお召しになっていただくチャンスが!)
にこやかな笑みを絶やさず、二人の後ろを追うのはリリィである。今回ミラの世話という点においてはマリアナに譲り、外交面の対応が主な役割だが当然それだけで終わらせるつもりはなさそうだ。その手には立派なキャリーケースがあった。
(聖墓について、何かわかれば万々歳だな)
折角堂々とアリスファリウスに入れるとあってか、ソウルハウルは神器のチャージのみならず他にも幾つか目標を立てていた。
中でも一番は、歴代の王と将軍が眠る墓所のようだ。古くから存在する特別な墓場には、死霊術にとって有用な要素が秘められていたりする。それもあってか今回の同行については、ソウルハウルもかなり乗り気だった。